第3話 聖女見習いは尋問される
日もとっぷり暮れた夜、王都に到着した。まあ、最後は馬車に搭乗していたので非常に楽だったのだが。
王都城壁の外には野営している商人や旅人がたくさんいた。魔獣がおらず治安も良いのだろう。
王都を遠くから見たとき結界をもとにした真円形ではなく、
王都外壁の一角にスラム街のあばら家がびっしり張り付いていたのである。スラム街の一番高い部分は城壁の上まで届いている。
マリアンヌ様が解説してくれる。
「タルタ人です。かつては魔王から逃れて西方からやってきた難民でした。当初は国も彼らを支援していたようですが、働かないし迷惑行為を繰り返すしで、王都民との関係は劣悪でして…、魔王討伐を機に故郷へ帰そうとしたのですが、帰っても住む場所が無いとして居座りはじめ、支援を打ち切ると暴動をおこし、王都を追放されるとあのように外壁にあばら家を作って住むようになったそうです。」
「魔王討伐から50年。いまや生まれも育ちも王都スラム街の者が大半じゃろうな。」
「スラムにしては野営している方々に無体を働かないのですね。」
「タルタ人は王都で買い物ができないので通行する商人が生命線なのだそうです。」
「働きもせんのに商人と何を取引しとるんかのう。アリシア、ここで魔法を学ぶのか?攻められれば王都は一瞬で滅ぶぞい。」
「めったなことを申すでない!って叱るのはおじいちゃんの役目でしょ。」
「タルタ人が間者として動いているということでしょうか。」
「証拠はありませぬ。ただ、商人が何の利益もなく取引するなどありえませぬ。」
「父に伝えましょう。」
王都の巨大な門は閉ざされているが、貴族の通用門がほかにあった。
リーゼヴェルト伯爵家の馬車は簡単なチェックで入れる。そこで、盗賊に襲われたことを報告し、首級を差し出す。
護衛も含め一人一人
≪鑑定≫していた職員がビクッ!と反応して隣の職員とボソボソ話し始めた。隣の職員もわたしを≪鑑定≫する。感じ悪いなぁ。
今度は盗賊の首級を≪鑑定≫。
「あのー、盗賊のほとんどの者が“訓練中の失敗で圧死”となっているのですが…?」
「ああ、訓練中に盗賊と出くわしたのじゃ。捕まえて訓練につかわせてもろうた。」
「盗賊たちがわたくしを襲ったのは間違いございません。それから、どのくらい後になるか存じませんがわたくしの私兵が後始末をして後ほど参ります。おそらく盗賊のような格好で血まみれですが良しなに御取り計らいを願います。」
「なるほど。盗賊のアジトに潜入して掃討していらっしゃるのですね。」
「畏まりました。平民の通用門にも通達いたします。」
なんだか良いように解釈してくれた。
入場審査をパスして馬車に戻るころ、話し声が聞こえてきた。
「アリシアって娘やべぇ!“訓練中の失敗で圧殺”が何人もあったな!」
「強化魔法の
「「ははははは」」
…聞こえないように話してほしかったな。ブー垂れるアリシア。他の面々は苦笑いだ。
そのままマリアンヌ様の家に泊めてもらえることになった。
豪華な客間が何部屋もある!お風呂!寝室!天蓋付きのふわふわベッド!感動しきりだった。
マリアンヌ様は自室に戻るとすぐにお休みになったそうだ。やはり冷静に振舞ってはいても人死には慣れていなかったようだ。
わたしも人を殺したのは今日が初めてだったが、それほどショックは無い。人の死は見慣れていた。医療現場で、葬儀で、魔獣との戦闘で。明確な殺意を向けられたのも初めてだったが、結界で守られた安全地帯からの風景だったので、ただの遊び感覚だった。怖いと思ったりヒヤリとすることはあったが、マリアンヌ様ほどの脅威は感じていない。
今後おじいちゃんがいなくなれば、自分で結界を維持しなければならないし、指示を受けなくても自分で考えて行動する必要がある。少しだけ怖くなって布団をかぶった。
◆
翌朝、朝のお祈りの後、マリアンヌ様と朝食をとった。マリアンヌ様によるとリーゼヴェルト伯爵が盗賊襲撃の報を受けて領地から王都へ向かっているそうだ。なぜこんなに早く連絡がついたのかというと通信魔法を使える使用人がいるとのこと。
通信魔法!すごい!便利すぎる!早くわたしも使えるようになりたい!目は完全にシイタケだ。
「つきましては当主の到着まで、ぜひ逗留いただきたいのですが。」
「こちらとしても願ってもないことでございます。」
リーゼヴェルト伯爵が到着するまで8日ほどかかるそうだ。
今日の予定はわたしとおじいちゃんは観光。マリアンヌ様は護衛が不足しているため留守番だ。ついでに調べ物があるらしい。
わたしは手ぶらだが、おじいちゃんは小さいバックパックを背負っている。昨日のお金だろうか。
意気揚々と館を出た、のだが。
「王都が想像してたよりきらびやかじゃない。しかもなんか臭うし。」
「長年浄化していないんじゃろうな。地下に瘴気が溜まっているようじゃ。さらに…」
タルタ人が住むであろうスラム街の方を見る。あちらから臭気が漂って来ている。
とりあえず神殿があるであろう王都の中心を目指す。
しかしそこに神殿は無く、噴水のある広場になっていた。
「出てきた街もこんな感じになるのかな。」
「寂しいのう。」
「噴水からも瘴気が出てるね。」
「この地にも神官はいないようじゃ。こんなもの放置するはずが、むっ。」
「あっご神体!」
二人は噴水の池底にご神体が横たわっているのを発見した。腕まくりしてご神体を引き上げる。
「もったいない。木の板に見えるけど
「そういえば教えておらんかったな。ご神体はただの
「奇跡の強化ってことは出力が安定したり?」
「それもあるし今まで使えなかった奇跡が使えるようになる。よし、これを持って浄化してみよ。地下も含めてじゃ。」
「
「わしが魔王城の迷路を攻略した時にひらめいたやり方を教えてやろう。王都そのものを一つの生き物に見立てて鑑定を行使するんじゃ。
「おじいちゃん魔法も詳しいね。もしかして魔法使えるの?」
「一個だけじゃがの。」
「ええええ見せて。」
「駄目じゃ。本来は今より数百年後に開発される魔法じゃ。」
「もしかして
「そうじゃ。そんなことより鑑定せよ。」
「王都そのものを一つの生き物に…
「無理じゃない。気合じゃ。ご神体に魔力をもっと捧げるんじゃ。」
「ふううううう。
周囲が歪んで見えるほどの魔力を込めて鑑定する。
わたしの中に王都が王都となる前の小さな砦時代からいままでの変遷が頭の中に流れ込んできた。
川沿いの砦から徐々に人が集まり、より大きい城壁が整備され、戦火で壊れ、拡大してまた整備され、王城が出来て、家が出来たり取り壊したりを繰り返し、雨が降ったり、火事になったり、地震になったり、パレードがあったり、疫病が広がったり、そしてスラム街までもが王都の歴史として流れ込んでくる。地下下水道どころか王家が秘匿している非常脱出路まで見えた。あ、魔法学校も見つけた。わりと最近なんだね。
「どうじゃ?」
「瘴気の元が見えました。悪魔崇拝の祭壇みたいなやつです。それから見えてはいけないものが見えたような…」
「忘れよ。まずは浄化じゃ。」
「ふううううう。
光の奔流が王都を包む。鑑定で見えていた悪魔崇拝の祭壇も禍々しさが消えた。
光が収まったあとは、噴水の瘴気が消え、空気も清浄化されていた。臭いもしない。
巡回していた衛兵たちが飛んできた。
「お前たち!何をやっている!」
「ただの浄化じゃ。この王都は臭くてかなわんかったからの。おぬし等の服もきれいになっとるじゃろ?」
「む、確かに、念のため詰所まで同行しろ。」
「よかろう。丁重にせよ。」
ご神体をおじいちゃんのバックパックに押し込んでから、おとなしく連行される二人。
詳しく証言することになったのだが、≪鑑定≫によってアリシアに大量殺人の嫌疑が浮上したのだ。
「いま、リーゼヴェルト伯爵家へ照会をかけている。もし嘘だったら偽証罪で処刑だぞ。わかってんのか!あ!?」ドン!
尋問官が威圧的だ。
顔から滝汗が流れ出てきた。
おじいちゃんは涼しげだ。
マリアンヌ様が飛んできた。
ようやく本人確認された。
大量殺人の嫌疑は解消されたが、まだ謎の光の嫌疑そのものは解消されていない。
「報告します。証言通り悪魔崇拝らしき祭壇を発見しました。人を配置して現場を保存しています。本日中に魔法士を派遣して詳細を確認する予定です。」
「どうしてこの場所を知っていた?」ドン!
「鑑定で見つけました。」
「嘘をつくな!神官の鑑定は生き物にしかつかえん!
「王都そのものを生き物としてとらえて鑑定を行使しました。」
「魔王城の攻略に使った方法じゃ。魔王城の決戦に参加したものに聞いてみるとええ。」
「発言します。自分も戦史で学んだ覚えがあります。
「容疑者の味方をするな!」ドン!
とりあえず鑑定で現場を発見したことは信じてもらえたかな?
「次は謎の光についてだ。あれはなんだ?」
「浄化です。」
「嘘をつくな!浄化は瘴気しか消せん!」ドン!
「普段は魔力を温存するために瘴気しか消さないのです。異臭や汚れも消せます。」
「そんなこと聞いたことがない!」ドン!
「おぬしが知らぬだけじゃ。他の神官にも聞いてみい。帰っておぬしの家の便所でも確認するとよい。ピッカピカじゃぞ。感謝せよ。」
「よし、これから確認してやる。誰か靴下を出せ!」
普段は一日も履けば香ばしい臭いが漂う靴下が、なぜか今日は全員きれいだった。やむなく泥をつけて机に置く。
「
洗い立てのようにきれいになった。
ちなみに尋問官が交代してあと三回全く同じ内容を証言させられた。グッタリである。
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