第2話 おじいちゃんは罠を仕掛ける

「もうやめてあげてください。そこまでの拷問はこちらも望んでおりません。」


ふぁああ、お人形みたいな綺麗な娘だな。盗賊が襲うのもわかる。わたしもお持ち帰りしたい。


「どちらのご令嬢かは存じませぬが、護衛を殺され、ご自身もお付きの方もどのような扱いを受けるかわからなかったのをお許しになると?」

「申し遅れました。わたくしはマリアンヌ・リーゼヴェルト。許すとは申しません。何処かの貴族がわたくしを狙うよう彼らをけしかけたのでしょう。」

「なるほど。【鑑定の奇跡】ハヴハナ。お連れする予定の館は…サージェス男爵邸。指示したのはオリエンス子爵長男のエリック様。オリエンス子爵からの贈答品として館の地下室にワイン樽を運び込む予定ですな。貴女様をワイン樽に入れて館の地下に運び込み、エリック様が発見する。ここから先は予想じゃが、誘拐されたあなた様を救出して婚約者に収まる。実行犯は口封じ、罪はサージェス男爵にかぶせるといったところですな。」


おじいちゃんが無造作に盗賊の一人に鑑定を施して計画を暴露する。


「なっ、約束の市民権は?」

「愚か者。貴族を襲撃しておいてそんなものはあるか。油断させて別の罪を着せることも可能じゃ。」

「神官様の鑑定はそこまでわかるのですか?」

【鑑定の奇跡】ハヴハナは神の目。過去の事象はすべてわかりまする。リーゼヴェルト伯爵から神官に近づかぬようご指示があったのでは?」

「明確な理由までは存じませんでした。弱みを握られかねないとだけ。」


過去の事象だけでなく、過去の思考までわかるのはおじいちゃんだけですよ。マリアンヌ様。


「無いとは存じますが、エリック様との婚姻をお望みでしたら計画通り誘拐されるのも手じゃ。」

「以前からオリエンス子爵から婚姻の申し出が何度もありましたが当家に何の利益もないためお断りいたしました。それに他者を陥れてまで我意を通す方は尊敬できません。おそらく当主となった後も同じことをなさるでしょう。」

「利益を提供できないからこそ、このような手段に打って出たのでしょうな。」


わたしと同じ年くらいなのに家の利益まで考えてマリアンヌ様はすごいな。精神年齢低めの感想を抱くアリシア。

それにしてもエリックの野郎許せねぇ。ぶっ潰してやる。


「よし。潰しましょう。その子爵のバカ息子。」

「愚か者!めったなことを申すでない!まだ盗賊に襲撃されただけで子爵とつながる証拠は無いんじゃ。」

「じゃあどうするんですか!」

「ふむ」


すっかりおとなしくなった盗賊に計画で使用するワイン樽を持って来させ、人の重さくらいの土を入れさせる。

その間におじいちゃんはキラーホーネットを何匹か結界に包んで持ってきた。それをワイン樽にぶち込んで蓋をする。

ワイン樽からは重低音のブーンブーンとうなる音が聞こえる。相当怒っているようだがコルク栓より個体が大きいため出てこられない。コルクを詰めると聞こえにくくなった。


「このワイン樽を持ち込ませれば復讐は可能じゃろう。ただし蓋を開けた者が死ぬ可能性もある。マリアンヌ様ご決断を。」

「お願いいたします。コルクを抜けば異変に気づくでしょう。中身の入ったワイン樽を、何も考えずにふたを開けるような愚か者が悪いのです。」

「盗賊たちの処分はいかがなさるのかな?」

「この樽を持ち帰ることを処分とします。もし生きて帰ってくることができれば護衛として雇いましょう。死んだ護衛より腕はたつようです。」

「いささか甘すぎると思われますが、ご随意に。おい!盗賊ども!本来ならば全員拷問の末縛り首になるところを、マリアンヌ様がお助けくださるそうじゃ。マリアンヌ様のお慈悲に感謝せよ!」


盗賊たちは泣いて感謝しながらワイン樽を持って行った。生きて帰ったら生涯の忠誠をささげます!と宣言したものもいた。それほどわたしの訓練は辛かったか。

死体となっている盗賊はおじいちゃんが首を刎ねて集め、わたしも褒賞金が出るかもしれないと思って人質を取った盗賊の首も持ってくる。

亡くなった護衛は認識票と遺品だけ集め、この場でまとめて荼毘に付す。

日が落ちて暗くなった。





今はすでに夜。野営にするか王都へ向かうか判断が分かれたが、異変に気付いたエリックが追ってくることを懸念して王都へ向かうことにした。それほど遠くないし、ここから先に崖は無く致命的な事故は起こらないだろう。

いざ、一緒に王都へ向かおうという段になってから、「わしは小用じゃ。先に向かっておれ。」と言って離れた。

アリシアは馬車に乗せてもらい、首級とバックパックは馬車の天井の荷台に載せてもらって進み始めた。


「護衛を買って出ていただき助かった。それから右腕の回復も感謝する。」


【治癒の奇跡】リプイに対して何か言われるかと少し警戒していたが、むしろ再生した腕の美しさを絶賛され「えへへ」とご満悦になるちょろいアリシアであった。

女騎士のアリスが声をかけてきたので、すこし疑問に思っていたことを聞いてみた。


「伯爵家の護衛ということは、皆さま相当な手練れだと思うのですが、なぜこのようなことに?魔法は使わなかったのですか?」

「盗賊の襲撃は今日だけですでに三回目だったのです。みんな魔力枯渇で動けなくなっていたところをやられました。」


魔力枯渇は頭痛や吐き気を伴い、急激に体が動かせなくなる。わたしも経験があるから辛さはわかった。そこからさらにおじいちゃんのシゴキが加わって死ぬかと思ったこともある。集中力を維持する心のない機械のようになる訓練といっていたかな。


しばらく談笑していたらファルスが追いついた。手にはお金の入った革袋。どうやら盗賊のアジトへ向かっていたらしい。ときどき魔物を狩りに街の外へ出たときに、一緒にお金を持ち帰ってきてたけどそんなことをしてたんだねおじいちゃん。



◆ オリエンス子爵長男エリック視点



マリアンヌ嬢に初めて会ったのは社交界だ。当時私が15歳、彼女は12歳。その輝くような美貌に一目ぼれした。

彼女を狙って何人も男どもがすぐに集まった。40過ぎのおっさんすらいた。

当家は子爵にもかかわらず情報収集に余念がない。情報においてはどこの貴族よりも優位にあると自負している。この優位を生かして商売に政治にと活用してきた。自分より下位の爵位の男には圧力をかけ退散させた。自分より上位の爵位の男には醜聞を広めて脱落させた。いまなら王子すら廃嫡にできるかもしれない。


次に会ったのは彼女の16歳の誕生パーティーに招待された時。雷に打たれたようだった。美しさはまばゆいばかり。体つきも私好みに育っていた。誰にも渡したくない気持ちが暴走して、誕生パーティをめちゃくちゃにしてしまったようで、後で父上に叱責されたがそんなものは些事だ。


これまでも何度か家を通して婚姻を申し込んだが拒否された。落ち目の伯爵と上り調子の子爵、上級貴族のプライドが許さなかったのだろう。だが、彼女を得ればどちらの家にも栄達は約束されている。なぜ理解できないのか。


だから一計を案じて実行することにした。彼女は領地の学校を卒業し今年から王都で魔法学校に通う。その馬車を盗賊に襲わせるのだ。そして私が救出する。貴族令嬢が盗賊にさらわれるというのは一生婚姻できなくなるほどの醜聞だ。自分の種でなく下賤な血を引いた子供が貴族を名乗るのは、どこの貴族であっても許さない。彼女の貞操に問題が無いことを証明するには助けた者と婚姻するしかないのだ。


この計画を父に相談したら、サージェス男爵を主犯に仕立てる作戦を指示してきた。確かに、初めは盗賊のアジトを私がたまたま発見して救出する計画を立てていたが、なぜそのアジト付近にいたのか疑問に思われたら企みがばれてしまうかもしれない。サージェス男爵に今年の返礼品としてワイン樽を10樽送ることになっている。オリエンス子爵家の樽とは関係ない樽に彼女をいれて持ち込ませるのだ。そしてその日の試飲会の際に偶然救出する。サージェス男爵には伯爵令嬢誘拐の罪をかぶってもらう。完璧だ。

救出したその日のうちに婚約してしまおう。彼女の貞操に問題が無いことを私が保証すれば伯爵家も私に感謝するはずだ。なんなら貞操を確認するためと言って彼女のすべてを強引に暴くことも可能だろう。どうせ婚姻するのだからと恥じらいながらも許してくれるに違いない。


部下を使って盗賊を動かす。報酬は意外にも金ではなく市民権だった。金貨100枚でも良いと言ったのだがな。まあ、払う気はないが。

とうとう計画当日だ。私は父の名代としてサージェス男爵邸へ向かった。道中の広場で休憩を取り成果を待つ。

少々手間取ったようだが盗賊どもがやってきて樽を荷車に積んだ。樽の中の令嬢に声を聴かれるのはまずいので私は少し離れた位置にいる。

盗賊たちは全員血まみれで鼻が曲がりそうだ。さぞ激戦で消耗しているだろう。始末は簡単そうだな。


「ご苦労だった。市民権だったな。後ほど案内させるゆえ其方らはしばし待て。」

「はっ、ではアジトへ戻り荷物を取って参ります。」


盗賊どもを見送り、後のことを部下に任せる。

ではサージェス男爵領へ出発する。


サージェス男爵邸へ到着したのは夜も更けたころだ。樽の中の令嬢も下手したら涙ではなく汚物まみれになっているやもしれぬ。うかつだった。令嬢に恥をかかせぬよう着替えを用意すべきだったか。いや、令嬢がいるなど知る由もない立場だ。そうだな。令嬢の醜聞が広まらぬよう私自ら風呂に入れてやろう。妻の汚点の一つや二つ、笑って許すのが夫の度量というものだ。


「夜分遅くに失礼いたします。オリエンス子爵の名代としてエリックが参りました。サージェス男爵へお取次ぎを。」


先触れの通り、男爵邸の応接間へ案内される。その間に樽を地下へ運ばせる。到着が夜更けで良かった。樽の数もごまかせるしラベルが無いのも見とがめられない。


「今日は夜も遅い。試飲会は明日にいたしましょう。」

「い、いや、お待ちください。私大のワイン好きでして、明日まで待てそうにありません。どうか一杯だけでも。樽から直接。」

「あっはっはっ!御父上と血は争えませんな。良いでしょう。」


男爵は笑いながら快く地下へ案内する。計画通り。あとは樽を開けて婚約だ。

いかん。この後のことを考えると股間が疼く。


「オヤー?この樽オカシイデスネ。何か違うものが入っているようなっ!」


棒読み演技だが些事だ。勢いよく樽の蓋を開けた。

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