聖女見習いは気ままに暮らしたい

メーデー

第1話 聖女見習いは貴族と出会う

「神聖で無限なる神よ。願わくは敬虔なる信徒、聖女見習いアリシアに旅のご加護を賜らんことを。ついでにワシにも。」

「もう!神殿長。最後の儀式なんだからちゃんとしてください。」


隙間風が吹くボロボロの神殿で、最後の祈りが終わった。

神殿の住人は神殿長のファルスと聖女見習いのわたしの二人だけ。神殿長は祭壇に対して厳かに一礼して神をえがいた小さなご神体の木の板を取り出し自身のバックパックに詰める。

二人してバックパックを背負って神殿から出ると、あらかじめ作業分担された工事関係者がワラワラと集まってきて作業を開始した。


「「「今日もご安全に!」」」


神殿の周囲を土魔法で出した壁で囲み、巨大な球状の岩を上下させ、ガーンガーンと規則的な音を立てながら崩していく。しばらくは神殿の建物も耐えていたが、屋根が壊れ柱が折れ壁が粉砕され瓦礫に変わっていく。

その様子を眺めていた神殿長と私。神殿の解体を宣言した街の代官の言葉を思い返してため息をついた。


『神殿長ファルス殿へ通告する。貴殿の神殿は街の景観を大きく損なっている。明日解体するゆえ退去せよ。最後に領主ラルフ男爵からのお言葉を伝える。"今までの献身褒めてとらす。我々が引き継ぐゆえ今後は平民として静かに暮らせ。"』


「…ほかに住むところもないのに…平民ですか。」


事実上の放逐だ。二人して空を仰ぎ、いままで街を守り魔物を排除していた【結界の奇跡】ゲデルが消えていくのが見えた。街の結界が消えたことで、魔物が急に襲ってくるとかそんな気配は全くない。そもそも街の近郊は魔物が駆逐されている。

二人は街の門に足を向けた。


「神殿長はこれから如何なさるおつもりですか?」

「もう神殿長は廃業じゃ。これからはおじいちゃん♡と呼んで?」

「おじい様はこれから如何なさるおつもりですか?」

「言葉が堅苦しい!おじいちゃん!」

「おじいちゃんはこれから…どうする…の?」

「むひょひょ。わしがかつて魔王軍と戦った地を見て回ろうと思うとる。」

「一人で大丈夫?」

「ついてきてはくれんのか?」

「行きません。王都に魔法を勉強に行きま…行くよ。」


おじいちゃんが悲しそうな顔になった。うっ顔が見づらい。


「おまえには神より授かった奇跡があるではないか。」

「空間魔法って知ってる?たくさん物が持ち運びできて、ものすごく便利なんだよ。商人さんに見せてもらって驚いた。それに…」


奇跡一本で80年ずっとやってきたおじいちゃんに「【治癒の奇跡】リプイは古臭いって馬鹿にされる」などと言おうものなら憤慨するだろうから、言い変える。


「それに攻撃魔法を使ってみたい。」

「前にも教えたと思うが、手傷を負わせた魔物を逃せば仲間を率いて復讐に来る、スタンピードが起こるんじゃ。結界で根負けさせて追い払うのが一番安全じゃぞ?」

「いまどきの魔物はこちらから手を出さなければ襲ってこないよ。盗賊に使うんだよ。」

「それならなおさら結界で十分じゃ。街の結界は広く覆うため魔物と魔族だけを排除しておったが、本来はもっと自在に使えるもの。害意を持つものを排除することも可能じゃ。」

「盗賊は追い払っても他の人が襲われるじゃない。それに捕まえたら褒賞金が出るんだよ。」


ふむ。ならばとファルスが身振り手振りで説明するが、わたしにとっては自身の技量を超えていてとてもできそうにない。


「よろしい。ならば特訓じゃ。」

「あ、いや、もうすぐ王都への乗合馬車が出るから…」


顔が引きつった。このモードに入ったおじいちゃんはできるようになるまで止めない。本当なら王都まで乗合馬車でのんびり向かうつもりだった。わたしは無理やり街の外まで引き釣り出され、おじいちゃんがおもむろに木の枝を拾い地面に詳しく書き込んでコツを説明する。懇切丁寧に説明してもらってようやくできるような気がしてきた。

仕組みは理解できたがうまくいかない。

もたもたしているうちに乗合馬車が通り過ぎるのを見送った。次の乗合馬車は来週だ。あきらめて集中する。

朝から練習して昼になり、ようやくできるようになった。


「うむ。まだまだじゃが、これだけできれば盗賊も問題なく捕らえられるじゃろう。もうひと踏ん張りじゃ。」

「ありがとうございました。おじいちゃんはこれから西へ向かうんだよね?私は王都だから。じゃ。うおおおおおお!」


まだまだ訓練が続く気配を察して南へ逃走を試みたが、全力で走るわたしにおじいちゃんが難なく追いついた。


「無駄じゃ!わしは急ぐ旅ではないからの。訓練が終わってからいくわい。ふむ。上達したがまだまだじゃな。ほれ、このまま体力訓練も追加じゃ。」

「そんなーーーー!」





わたしたちは全身を【治癒の奇跡】リプイを駆使して白く発光させながら疾走する。道行く馬車を次々追い抜き、本来馬車で3日かかるはずの王都への道のりをほぼ半日で走破した。

夕日で空が赤くなるころ、峠の頂上から遠くに王都の城壁が見えた。

あと少しで休めるというところで馬車の周りで争っている集団を前方に見つけた。盗賊だ。


「実戦開始じゃ!殺してもかまわん!」

「はい!【結界の奇跡】ゲデル、あっ!」

「ぐぺぇ!」


馬車を囲んでいる盗賊に突っ込んでいき、結界で手前の一人を跳ね飛ばしながら勢い余って通り過ぎた。

失敗した!二枚の矩形の結界で挟み込むつもりが一枚しか出せなかった。半日走り通しで思考が死んでいたうえ、移動しながら思い通りに結界を出すのは難しい。

踵を返す。


「我らは神官ファルスとアリシアと申す!助太刀は必要か!?」

「助太刀感謝する!」馬車の護衛が剣を構えながら答えた。

【結界の奇跡】ゲデル、アリシア、盗賊は任す。」

「はい!」


おじいちゃんは馬車を中心に二重同心円状に、二枚の球形の結界を展開した。内側の一枚は盗賊を排除、外側の一枚は盗賊を逃がさない。盗賊は馬車に近づくことも、撤退することもできなくなった。あとはわたしの訓練タイムだ。

わたしの結界の訓練中に、おじいちゃんは生き残りを介抱していく。周囲の生き残りは護衛三人、馬車内に二人。

わたしが矩形の結界二枚で一人一人バチンバチンと挟み込んでいく。


「ええぞ、もう拳一つ分狭めよ。」

「えーと、こうかな?」

「ぐああああぁぁぁぁ」

「ごめんなさい!」

「狭すぎじゃ!やり直し!」


時々失敗して骨を砕き血が舞うたびに絶叫が上がった。はじめは盗賊もナイフや弓で抵抗したり逃走しようとしていたが、見えない壁に阻まれてろくに抵抗できず、目に見えない力で次々に挟まれる仲間に恐怖して降伏してきた。


「降伏する!もうやめてくれ!」

「全く最近の若いもんは道理を知らん。自分は殺しても良いが殺されるのは嫌か。たわけが恥を知れ!」


くぐもった声がして振り返ると、若い女騎士の髪の毛をつかみ上げ、首筋に刃を立てていた。


「グゥッ!」

「動くな!これを見ろ!」


女は右腕が無い。馬車の中から叫ぶ声がした。


「アリス!」

「神殿長。こういう時はどうしましょう」

「首に結界を張ればよい。」


わたしたちの動きが止まったのを見て自信満々に「抵抗するなよ。俺達を解放しろ。」というのを無視して、首に結界を張ると人質を取っていた盗賊は勢いよく血を吹き出しながら倒れた。

アリスと呼ばれた女騎士も出血が酷いのだろう、そのまま倒れた。


「どうじゃ。【結界の奇跡】ゲデルはドラゴンをも切り裂く。攻撃魔法は不要じゃろう?」


ファルスはドヤ顔をして語る。わたしは女騎士に駆け寄った。


「大丈夫ですか?治療しますね。」


二の腕から先を再生するのは精神的にかなり消耗する。気合を入れないと。

左腕を参考に脳内で正常な腕を思い描く。骨を、軟骨を、筋肉を、神経を、血管を、血液を、リンパ管を、脂肪を、皮膚を、爪を。【治癒の奇跡】リプイを行使する。額に汗を浮かせながら施術が完了した。


アリスはすぐに飛び起きて驚いた顔をしている。


「これは素晴らしい!すぐに戦えるぞ!」

「待ってください。血を魔力で補っただけで、元気なのは錯覚です。安静にしてください。」


彼女の背を押して馬車に押し込めた。そして盗賊たちに振り返り宣告する。


「さあ、休憩は終わりです。それでは再開しましょうね。」

「あと100セットじゃ。」

「あ、すみませーん。必死に抵抗してくださーい!」

「どうせ捕まった後は全員処刑じゃ。走れ走れ!」


だんだん楽しくなってきた。バチーンバチーンと結界を繰り出して挟む。

走り疲れて立ち止まる盗賊に「根性が足らん!」と石を投げてさらに走らせるおじいちゃん。


「がんばれ!かんばれ!」

「何を立ち止まっておる!お前も走るんじゃ!」


わたしにも石を投げられた。とっさに結界で防いだけど一瞬で砕けた。


「はい!」

「結界が弱い!これでは魔獣は止まらんぞ!」


さらに石を投げてくる。今度は完璧に防いだ。まだ30セット。先は長い。

何人か失敗して死なせてしまったが、生きていたら回復して再開だ。

盗賊たちが泣いて謝ってきたが、おじいちゃんが止めない限り勝手にやめるわけにはいかない。


「ごめんなさい!あと少しですから!」


あまりの惨状に護衛達も困惑しているようだ。だが止められない。生きのいい奴を優先してバチーンバチーンと繰り返す。盗賊たちは自分の血で全身真っ赤だ。


「もうやめてあげてください。そこまでの拷問はこちらも望んでおりません。」


プラチナブロンドのお人形のようなかわいらしい少女が馬車から出てきた。

声の主はリーゼヴェルト伯爵家四女マリアンヌ嬢。

わたしにとって、初めて会った貴族だった。

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