第9話:檸檬の過去。

結局、オーベルジュのホテルの部屋で休憩はしたがなにも起きなかった。

陽介はちゃんと紳士的だった。

酔ってふらついてる檸檬を襲ったりはしなかった。

檸檬は陽介がヤリモクじゃなかったことに少し安堵した。


酔いが覚めた檸檬は陽介に車で施設の近所のコンビニまで送ってもらった。

施設の前はマズいからね。


「おやすみ・・今日は楽しかったです」


「僕もだよ、檸檬ちゃん・・・来週また会えるよね?」


「はい・・・」


「それまでにまた連絡するから、じゃ〜またね、おやすみ」


スポーツカーいい音を残して走り去って行った。

檸檬はこれから陽介との本格的な時間が始まるのかなと漠然と思った。


その後も、檸檬が高校生活を続けながら陽介とデートし、楽しい時間を

充実させていった。

檸檬は最初は大富豪の息子の彼女ってよくないって私欲に走ったが、

今は、お金うんぬんよりも陽介その人に惹かれつつあった。


だから例の募集要項に書かれてあった高額報酬はまだ陽介からもらって

なかったけど、それも今はどうでもよくなっていた。


檸檬が陽介と付き合い始めて約一ヶ月。

その間、陽介は献身的に檸檬をいろんな場所に連れて行ってくれた。

めまぐるしく過ぎ去るデートから今は少し落ち着いている。

もうとっくに敬語もなく本当の恋人同士みたいにフレンドリーな関係に

なっていた。


その日はふたりはどこにも行かずに陽介の高級マンションにいた。

檸檬はマンションの窓から、下界に広がる風景を見ていた。

その風景はもう何度も見ている。

無機質だけど生きずいてる街・・・この光景を見るのが檸檬は好きだった。


「ねえ、檸檬・・・俺たちさ、付き合い始めてもう一ヶ月だよね」


「そうだけど・・・?」


「一ヶ月って早いのかな、遅いのかな?」


「なにが?・・・早いか遅いかって?」


「あのさ・・・俺たち中学生の恋愛じゃないんだから、いつまでもプラトニック

な関係って不自然だと思わない? 」

「ちゃんとそうだよねって確かめ合った訳じゃないけど俺たち恋人同士だよね?」


「そうだね・・・そうだけど・・・」

「・・・・あのね、陽介、今頃になってかよって思うかもしれないけど・・・

私のこと言っときたいの」

「私、物心つく頃に両親亡くしててね・・・で、親戚に預けられて虐待うけて

たまらなくて親戚の家を飛び出したの・・・。


で、そのままお役所に駆け込んで今の施設にお世話になったんだけど・・・

今の施設に入るまでは、いつも人ぼっちで同級生からいじめにもあったし、

世の中からも冷たくされたりいろんことが重なって心が病んで私の苦しみ

なんて誰も分かってくれないんだって卑屈になっちゃって人や世の中を恨んでた

時期があったの」


「そんな私を救ってくれたのが今の施設の施設長さんだったのね」

「施設長さんの愛情がなかったら私どうなってたか分かんなかったんだよね」


「普段、私バカみたいに明るく振る舞ってるけど今でも拭い去れない闇を

抱えてるの?」


「だから陽介が出した彼女募集の広告を見たとき、お金になったらいいやって

軽い気持ちで応募しちゃったけど・・・でも陽介と付き合ってるうちに、そんな

ことどうでもよくなっちゃって、だけど陽介を好きになればなるほど過去を

隠したまま陽介に甘えるなんて虫が良すぎるって最近思うようになっちゃって」


「だから話しておいたほうがいいと思って・・・」

「私、そんな女だから陽介にはふさわしくないんじゃないかって・・・」


「そうなんだ・・・でもよく話してくれたね・・・だけど俺は大丈夫だよ」

「君の過去になにがあったにせよ・・・それも檸檬自身だからね」

「過ぎた過去は消せない・・・どんな過去であっても人って消せない過去を

背負って生きてかなきゃいけないんだよね・・・」

「誰でも大人になるにつれ汚れて知らない間に闇を抱えてるもんだよ」


「俺は両親に恵まれて檸檬ほど苦労はしてないけど、それでも人に自慢できない

過去だってあるからね」

「肝心なのはただそう言うことに負けちゃいけないってことかな・・・」


「それに過去の自分のことを俺に話したってことは檸檬は自分ってモノ

をちゃんと分かってるって証拠だろ?」


「そうだけど・・・それにロクデナシ男のこともあるし・・・」

「だから、陽介とこれ以上深い関係になる前に別れた方が陽介に迷惑かけない

で済むかなって思って・・・」

「人の過去の汚点にこだわる人もいたりするからね・・・」


「だから陽介・・・それが嫌なら、嫌って言って」

「私、なにも言わずに身を引くから」


「俺は檸檬の過去にこだわるような男じゃないって分かってるだろ?」

「檸檬のそう言う気持ち逆効果だよ・・・俺さ、今とっても檸檬のこと好きに

なっちゃってるんだ」


つづく。


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