12 クモ。

美音様の友人の幼なじみ。

そう言われて、なんとなく、俺がここに呼ばれたことを理解した。

情報交換、ってことか。俺の持っている情報と、アキさんが持っている情報の。

「夜月様は、もうご存知かと思いますが。数年前、この神社では私の妹が失踪しました。ある、しきたりのために。」

「しきたり?」

「ええ。古くから、この神社に伝わっている言い伝えでして。女が産まれたら、それは、災いの前兆であると。そして、その産まれた女の子は、九才になるまでに神様に捧げなければならない、と。私の妹……雨は数年前、それのために何者かに連れ去られました。おそらく、人間ではない、何かに。」

話だけでは、あまり、ハルやフヤジョウさんと関わりがあるように聞こえなかった。

だって、ハルもフヤジョウさんも、いたって普通の……この家系に関係のない人のはずだ。ハルはまだ、その「雨」って人と幼なじみだったから分からんけど、フヤジョウさんに関しては。

ただ、話をさえぎるのはいくぶんかはばかられて、俺は何も言わずにいた。ルナも、無言だった。

「祖父母も亡くなり、両親も不慮の事故で亡くなってしまい。今は、この神社を一人で管理しています。ですから、詳しいことはあまり分からないのですが……良ければ、美音様。ご友人から、何か雨のことを聞いてはいませんか?手がかりになるかもしれないのですが、私ではどうしても、あの子のことについて分からないことが多い。」

「え、いや……俺も、ハル……友達に、少しくらいしか聞いてなくて。」

ハルと話をしても、アイツは受け身を取ることが多かったから。

ハルがいつか話していたことを、いくつか、頭の中で再生しようとする。アイツが自分から話すことはなくて、やけど、帰る途中にいつもこの神社に寄ろうとするから、ふと聞いた。そのときに返ってきたのは、確か。


「なあ、なんでいつも、この神社に寄っていくんだ?」

聞いてすぐ、もしかしたら下世話だったかもしれへん、と思った。ハルにはハルなりの事情があるんやろうに、それを、無粋に聞くのは。

取り消そうとした。別に、言わんでもええ、って。

やけどその前に、ハルは、いつもといたって変わらない表情で、「頼みに行っているんだ」と返事をした。

「僕の幼なじみを返してくれ、って。毎日毎日、神様に頼みに行っているんだ。」

「……は、」

冗談とは思えなくて、困惑の混じった息が口からこぼれ落ちる。俺から目をそらしたハルは、石段の向こうに見える色褪せた鳥居を、なんの表情も変えず見上げた。

「前に、蜘蛛が苦手だという話をしただろう。」

ぬるい風が吹いていた。セミがずっと鳴いていて、かすれたハルの声をかき消してしまいそうやった。

それでも、思い出そうと思えば思い出せるくらい、その言葉は覚えてる。


「―……『僕の目の前で、蜘蛛に、連れて行かれた。』……?」

思い出した言葉を、そのまま、口にする。隣から、「はく、」と息を吸う音が聞こえた。

視線を移せば、ルナが、少し怯えたような表情をしていた。その口が「く、も?」と復唱する。

「そう、蜘蛛……って、言うてたと思います、俺の友達は。けど、それくらいしか……その『雨』って人のことは。アイツも、話したくなさそうやったんで。」

アキさんに向かい直してそう言えば、彼は、「いえ、十分です」と首を横に振った。

「おそらく、その『蜘蛛』というのが、雨や二人のご友人をさらった犯人でしょうね。……雨はまださらわれた理由がつきますが、お二人のご友人に関しては……、」

「やっぱ、そこっすか。」

アキさんも、どうやら、俺と同じことを考えていたらしい。

そう、ハルの幼なじみ……「雨」さんは、まだ説明がつく。やけど、ハルとフヤジョウさんに関しては、その「蜘蛛」に連れ去られた理由が分からない。

詰まるのは、そこ。


それから、俺はアキさんからいくつか話を聞いて、日が暮れる頃に神社から出た。

話の流れで、ハルが本殿にあった御神体のことを気にしていたのも伝えたら、「御神体がなくなってしまうと、災いが降りかかると言われているからでしょうね」と返事が返ってきた。「おそらくそのご友人様は、雨が連れて行かれたことに意味があると信じて、雨がおさめたはずの災いが起こってしまうことを心配したのでしょう」、とも。

アキさんも、今後しばらくは家系のことや神社のことについて、調べてくれるらしい。


ほとんど黒に飲み込まれた夕陽色を背景に、ルナは、足音も立てずに歩いていく。目を離せば、どこかに消えてしまいそうやった。

今日、話をしてみて、なんとなく分かったこと。

ハルを含める三人は、そう簡単には、見つからない。そもそも、「雨」さんは、しきたりからなぞれば神様に捧られた……つまりは、「死んだ」かもしれない。

そして、それと同じように消えた、ハルも、フヤジョウさんも。もしかしたら。

「……なぁ。」

不安に駆られるままに、俺は、自分よりも小さな背中を呼び止めた。

長い黒髪が揺れて、「なぁに?」と首をかしげられる。

この人に協力を持ち込まれなかったら、俺は、ハルを探そうとしていたやろうか。もう諦めようとした目の前にこの人が現れて、どうにかなると思うてもうたんちゃうやろか。

実際は、お先真っ暗やのに。

「死んでたら、どうするんや。」

主語も何にもない、素朴な疑問やった。俺にもルナにとってもしんどいことやとはわかっていても、その可能性があることを捨てきれんかった。

目が合わせられなくなって、下をむく。前の大雨なんかなかったことみたいに、乾いたコンクリートの色が目に映る。

返ってきた言葉は、普段と、変わらない声色をしていた。

「ユキは生きてるよ。」

さらり、と、吹いた風がルナの髪を揺らす。

顔を上げて見れば、その下でこちらを見つめる瞳は、ひどく純粋で不気味な色をしていた。

ユキ、っていうのは、もしかしなくても、フヤジョウさんのことやろう。そんな呼び方を今までしてなかったから、理解が遅れた。

「だから探そうって言ったの。……消えた真相を突き止めて、それで終わりなわけ、ないよ。」

全く変わらない調子でそう言われて、息を吞む。

ああ、そうなんや。

きっとこの人は、信じているんやろう。フヤジョウさんが、生きているって。八年前にいなくなった人が……いや、まだ八年、されど八年、やろうか。

本気でこの人は、フヤジョウさんを連れ戻す気でいる。

「ね。みぞれ君だって、そうだよね?大切なともだち、だもん。」

そう言って、ルナは、夕陽を背景ににっこりと笑顔を浮かべた。

仲間ができて嬉しい、というよりは、肯定を強制するみたいな顔だ。やばい、一回抑え込んだのに、怖さがもっかいぶり返してきてまいそう。

ほんとに俺、ヤバい人と協力することになってもうたな。

「……そう、やな。まだ、アイツと一緒にいたいからな。」

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