11 連れて行かれた、誰かと誰かと、

お互い、都合が合う日に。

そう言って連絡先を交換し、公園で別れて、一週間ほどがたったある日。部活もないしさっさと帰ろう、と鞄に教科書を詰めていたところで、机の上に置いていたスマホがバイブ音を鳴らした。

通知?部活の連絡か何かやろうか……、

「ん!?」

スマホのロック画面に表示されていた通知の内容に、思わず声をあげてしまった。

かなり大きい声になってしまって、教室に残っていた何人かのクラスメイトが「どうしたー?」と聞いてくる。俺は、急いで「大丈夫、なんでもない!」と平然と返した。内心では、心臓がばっくばく鳴って暴れまくってるというのに。

その場にしゃがみ込んで、俺は、震えそうになる指を動かしてロックを外す。それから、連絡用のアプリを開いて、黒猫のアイコンをタップした。

思い出すとなんとやら。ルナさんからの連絡だ。

【今日の放課後、大丈夫?】

【良かったら、あの神社に行かない?知り合いから手がかりが掴めそうだから、みぞれ君も、と思って】

手がかり……?

まさか、二人で本殿に入って自分から連れ去られるつもりなんじゃ、と嫌なことを考えながら、とりあえず【大丈夫です】と返信する。一秒もたたずに既読がついて、【じゃあ、四時半に神社の前に集合で】というメッセージが届いた。

あまりに急すぎるような気もするけど、ここ一週間、ルナが色々調べてたりしてたとかやったら、納得はいくんよな。そもそも、ハルの幼なじみのこと知ってたくらいやし。俺の名前もなんか知ってたし。

サーチ能力が高いんやか何やか知らんけど、やっぱ、冷静になって考えたらめっちゃ怖い人やん……

「えっ、ミゾレ、それ誰の連絡先!?今からデートでもすんのかよ!?」

「するか!!!!!」

俺のスマホをのぞきこんできたクラスメイトに、俺は、泣きそうになるのをぶっ飛ばすかの勢いで叫んだ。


そういえば、ハルがいなくなってからこの神社に来るのは、これが初めてかもしれない。というか、そうや。

ハルが消えてから、ここには探しに行かんかった。警察がくまなく探しとったし、急に友達が消えた場所ということもあって、無意識にトラウマになってしもうとったんやろうか。

「あっ、みぞれ君!」

神社の石段の前まで行くと、待っていたらしいルナが手を振ってきた。

こう見ると、やっぱり普通の高校生や。怖いなんて一ミリも思わない。俺を見た瞬間に顔がぱあっと明るくなるのがかわええな、くらいや、思うことと言えば。

「早いな、ルナ。まだ十分前やで。」

「ふふ。私から言ったのに、私が遅れてたら、だめ、でしょ?」

こてん、と首を動かして、ルナは笑顔を浮かべる。

「今日は急に呼んじゃって、ごめんね。どうしても、みぞれ君にもいてほしくて。」

「ああ、俺は別に構わんけど……まさか、自分らも連れ去られよう言うんとちゃうやろな?」

「そんなこと、言わないよ。少し前から情報交換してる人がいて、その人と、会ってほしいだけ。……ふふっ、心配症。」

いや、俺は結構真面目に言っとるんやけどな。アンタやったら割とやりそうやから。今ここでうなずかれても、多分、さほど驚かんかったやろうし。

っていうか、そうやなかったら、なんでわざわざ神社になんか呼んだんや……?

「みぞれ君を呼んだのは、みぞれ君が、よく知ってそう、だからだよ。」

俺の心の中を読んだかのように、ルナはそう言った。息が詰まりかけて、なんとかこらえる。

「よく知ってそう?」

「うん。……ほら、行こ。私の知り合いが、上で、待っててくれてるから。」

くるりと身をひるがえして、ルナは、足取り軽く石段を上っていく。

何のことかよく分からんけど、まあ、着いて行ったら分かる……か。


色褪せた鳥居をくぐり、たったっと走っていくルナに着いていく。

と、ちょうど、賽銭箱の前に立っていた人影に気づいた。

……あれ……子ども、か?なんだっけ、狩衣……だったっけ。神主さんが着るような服着とるけど、あれ、どう見たって子どもよな?

「あさかさーん!」

ルナが、思いっきり手を振る。と、その子どもは、くるっとこちらを振り返った。

「夜月さん!」

とてとて。とてとて。

ルナの声に、その子どもは、危なっかしくこっちに駆け寄ってくる。何度か服の裾を踏みそうになっていて、俺は思わず急いで駆け寄って、その子が歩くのを止めた。

え、待て。この子が、さっきルナが「待っててくれてる」って言ってた人か?めっちゃちぃちゃい子どもなんやけど。

「あ、ありがとうございます……えへへ。この格好、あんまり慣れてなくて……」

照れくさそうに、その子どもは俺を見上げて苦笑する。し、身長が。俺の腰くらいまでしかあらへん……。しかも、顔が可愛すぎて女子か男子か分からんし。声も微妙な……微妙な音程してる……。

噓だろ?と目でルナに訴えかければ、彼女は、当然のことみたいに「この人だよ?」と真顔で言ってきた。

「夜月様、こちらが電話で言っていた方ですね?」

「はい。すみません、急にお電話してしまって……」

「いえいえ、私も助かるので。立ち話もなんですし、入りましょうか。」

ぴょこぴょこ。かわいらしく飛び跳ねて、その子どもは、本殿の方に向かって走っていく。服装でなんとなくは思ってたけど、やっぱ、ここの管理人の子どもかなんかなんやろうか。ちっさいにしては、話し方もしっかりしとるしなぁ。

走っているのに全然進まないその子を挟むように、俺とルナは本殿の方に向かった。


通された本殿は、最初に忍び込んだときよりも、ずいぶんと雰囲気が違った。

灯りがついているからかもしれへんけど、なんか、息が詰まるような怖さがなくなって、落ち着くような雰囲気に変わっている。鼻をつくお香の匂いも、嫌いやない。

いそいそと座布団を出され、俺は、慣れない正座をしてその子どもと向かい合った。

「すみません、出せるようなお茶もなくて。改めて、今日はわざわざ足を向けていただいて、ありがとうございます。」

うやうやしく頭を下げられて、つられるように俺も頭を下げる。やばい、落ち着くとは言ったけど、こんなちっちゃい子がこう礼儀正しいと、驚き方が勝ってまう。

隣に座るルナを盗みみれば、彼女は、慣れたように綺麗な礼をして、「こちらこそ」と口を動かした。

「えっと……美音様、でしたっけ。お初にお目にかかります。私、この神社の神主を務めさせていただいております、アキと申します。今日は、ご足労いただいたこと、感謝します。」

「あっ、いえ、俺は大丈夫なんで………………え?」

ルナと同じように返事をしようとして、止める。え、今、この子なんて言った?めっちゃさらっとすごいこと言わんかったか?

急に固まってしまった俺に、アキさんは、きょとん、と首を横にかしげ……何かに気づいたように、「あ、」と小さく声をあげた。

「すみません、てっきり、夜月さんが説明しているものかと思っていたのですが。私、このような見た目でも、中身は十八でして。」

「……は!?!?」

えっ、いや、どっからどう見ても小学校低学年の子にしか見えへんけど!?

そんなこと一言も聞いてなくて、隣をばっと見れば、「あれ、言ってなかったけ」ととぼけたように言われた。ええ、一言も聞いてへんよそんなこと!!

「驚かせてしまって、申し訳ないです。如何せん、この家系では、そういう『呪い』のようなもののかかる人が多くて……私は、この姿から全く成長しないのです。」

ちなみに男ですよ、とついでみたいに言われる。あ、頭。頭追いつかへん。そういうもんやって割り切った方が早いんは分かってるけど、こんなちっさくてかわいい子が十八才……俺より四つも年上……。

頭を抱えたくなるのをなんとかこらえて、「取り乱してすみません、続きどうぞ」と話の続きを促すことにする。カタコトになりすぎて、隣からくすくす笑う声が聞こえた。

おい、笑ってるけど、元はと言えばお前が説明してへんかったからやぞ、ルナ。

「こちらこそ、紛らわしい格好ですみません。……では、お言葉に甘えて、本題に入ってしまいましょうか。」

背筋をぴんと伸ばして、アキさんは、真剣な瞳で俺たちを見上げた。

「お聞きしたいのは、五年前にこの神社で消えてしまった、『雨』……もとい、美音様のご友人の幼なじみのこと、ですね?」

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