9 調達。

翌日。

目を覚まして、いつも通り店の手伝いをしようと下に降りると、厨房にいるはずのユキトが見当たらなかった。

昨日の夜は確か、部屋に一緒に戻って。寝た、はず。

「姫さん、ユキトはどうしたんですか?」

背筋が凍り始めるような心地がして、思わず、誰もいない客席の方にいた姫さんに声をかける。彼女は、長いポニーテールをひるがえして、「ユキト?」と首を軽く傾げた。

「あの子なら、食料とか備品の調達をしに行くからって、準備してるわよ。裏口から出てすぐのプルハブにいると思うわ。」

「ちょう、たつ。」

「ええ。私としては、別にそうやらなくても良いんだけど。あの子、何かがきれたりなくなったりすると、すぐ調達しに行くの。」

こまめよね、と姫さんは苦笑する。

確かに、こまめと言えばこまめだ。昨夜だって、ユキトは冷蔵庫を見て、「調達しないとな」と言っていた。牛乳パックだって、僕が飲んだ分で最後だった。

ユキトは、できるだけ、食料や備品をきらさないようにしているのだろうか。たとえそれが、「必要のない」ことだったとしても。

「……姫さん、僕も、少し行ってきます。手伝いはその後で、いいですか。」

僕がそう言うと、姫さんは、ちょっと驚いたように目を見開いてから、「構わないわよ」と言った。

「開くまではまだ時間があるし、着いて行ってやって。」

「はい。ありがとうございます。」

頭を下げ、僕は、すぐに店の裏口の方へと向かった。

必要はないのかもしれない。けど、できることはしていきたい。


あまり店から出ないから、お客さんや姫さんから聞いたことしか知らないが。裏口を出てすぐにあるプレハブは、ユキトが、自分の私物をかなり多く置いている場所らしい。

「っうお……なんだ、ハルか。よく眠れたか?」

プレハブに急に入ってきた僕に驚きながらも、ユキトは、僕に文句も言わずにそう言った。突然入ったのはこっちなのに、思わず不意をつかれてしまう。

「…………おかげさまで。」

自分はコーヒーを飲んでいたくせに、よく言うものだ。

無意識に不機嫌な声色になってしまい、それを気づかれないように早々に口をつぐむ。「そっか」と嬉しそうに笑うユキトを見れば、彼が、見慣れない格好をしていることに気が付いた。

最初に会った時と、似てはいる。が、その時に持っていた拳銃や小刀は見当たらず、その代わりに長い模造刀を腰に引っ掛けていた。

明らかに、人に対して使うものじゃない。

「調達に、行くんだよな?今から。」

「ん?ああ、そーだよ。なんだ、ハルも行きてぇのか?」

「そうだな、一緒に行こうと思っていた。」

正直に頷くと、ユキトはなぜか、面食らったように大きく目を見開いた。まるで、そう返されるとは想像もしていなかったような。

「…………駄目か?」

「っ、いや、駄目じゃねぇけどよ。」

顔を隠すように手袋に覆われた片手を口元にあて、彼は、ぎゅっと目を閉じる。

「結構、危ねぇんだよ。オレが勝手にやってることだしさ。街の奴らに会う可能性だってあるし、それ以外にも障害は山ほどある。オレがお前を助けられるかどうかも、保障できねぇんだぞ。」

「別に、守ってもらわなくて構わない。手伝えることがあるなら手伝いたいだけだ。」

確かに、最初は僕も守られた側だったが。そう動けないわけでも、守ってもらうほど子どもなわけでもない。ユキトが僕を子ども扱いしすぎなだけだ。

「ハルも、お人好しだよな。普通はこういうの、無視するもんだろ。」

「普通なんて知るか。とにかく、僕は着いて行くから、格好のつく服を貸してくれ。これじゃあ行こうにも行けない。」

言っても、僕はまだ、借りている寝間着のままなのだ。わざと見せつけるように袖を振ると、ぶはっ、と気の抜けた笑い声が聞こえた。

思いっきり、笑われている。

「そーいやお前、そんなカッコイイこと言ってる割にはパジャマだったな……ははっ!」

「おい、笑うな。仕方ないだろ、起きて結構すぐここに来たんだから。」

何がツボにハマったのか。笑い続けるユキトに、僕は、恥ずかしさと怒りのままその肩を軽く小突いた。

全然効かなかった。


渡されたのは、初めて会った時に使っていたらしい拳銃と、小さな袋に入った白い玉がいくつか。それと、少しだけ大きめの短剣。

「拳銃は、あんま使うな。なんかあったら、逃げるかその短剣な。で、この白い玉は、オレが良いって言うまで使うな。良いな?」

説明されたことを反芻しながら、路地を歩いていくユキトの後を追う。

途中で赤い電話ボックスが見えたから、おそらく、街の方に下りていっている。

最初のこともあってか、心臓が嫌というほど暴れまわっていた。落ち着こうと息を吸っても、せき込んでしまいそうで上手く吸えない。勝手に、息が浅くなる。ざわざわと、雲縫い屋にいるときとはまた違った人の声が、だんだんと近くなってくる。

「……ハル、ストップ。」

だいぶと空の色が青色になってきたころ。ユキトが、片手で僕を制した。

「さすがに市場には行けねぇから、今日はこっちにするわ。初日で大通りに行くのは……ちょっと、あぶねぇ。」

ユキトが指した方向を見れば、ちょうど、建物の裏口らしい扉がある。なんだか、気を遣われているようで気に食わないが……僕としても、あの大通りに行かないのはありがたい。

「分かった。……指示は、頼む。」

「おう。そう難しいことはさせねぇよ。」

言いながら手袋をはめ、ユキトは、その扉を開いた。


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