7 向こうと、こっちと、

さすがに、ゲームセンターは込み入った話をするのには向いていない。

俺から場所の変更を提案し、とりあえず、二人で近くの公園に移動した。

かなり日も落ちてきていて、危ないかもしれへんとも思うたが。相手は、特に気にする様子もなく「なつかしいなぁ」とブランコに腰を下ろした。

「ここ、よく来てたなぁ。ふふ…………あ、ごめんね。関係ないこと、だったかな。」

「いえ、別に……」

「ふふ、敬語じゃなくてもいいんだよ?さっきは、急に名前呼んじゃって、ごめんね。」

謝るなら、笑わんでほしいもんやねんけどなぁ……。

きぃきぃブランコを揺らしながら笑うその人に、ため息をつきそうになってしまう。これやったらまだ、ハルと話してる方がずっと気楽や。アイツは無愛想やけど、感情が読めへんわけやないから。

この人は、何考えてるか、全くもって分からへん。ハルが顔を合わせたら、すぐに降参するんやろうなぁ。

「……あの。話の前に、名前聞いてもええか?そっちがなんで知っとるんかは分からんけどさ…………」

「あ。そう、だったね。」

さっきとは打って変わって、その人は、俺を見上げた。

「ヤヅキリト、だよ。夜に月で、夜月。下の名前は、利用の利に、音。周りからは、ルナって、呼ばれてるけど……好きにしたら、いいよ。」

「ルナ?」

「そう。月はラテン語で、ルナっていうから、ね。」

なるほど。かなりひねったあだ名やな。

わざわざラテン語?なんて使うとこなんか、特に。しゃれてるというか何というか。呼びにくいような呼びやすいような。

「じゃあ、ルナで…………呼ぶわ。」

「ふふ。いいよ、大丈夫。」

微笑みながら言われると、思わず照れそうになってしまう。

どれだけミステリアスでも素性が分からなくても、美人なものは美人なのだ。いや、さすがに俺の名前言わずに知ってたのは怖いけどさ。

笑顔のまま「みぞれ君も、座れば?」とうながされ、隣のブランコに恐る恐る腰を下ろす。きぃ、と音をあてて、チェーンがきしんだ。

「…………じゃあ、どこから話そうか、な。」

声色も何も変わらないまま、そう首をかしげられる。話題の急カーブにびっくりしたものの、まあ、元はその話をしにわざわざ移動したわけであって。

息が詰まりそうになるのをなんとかこらえて、言葉を絞り出す。

「さっきの……、友達の話からがええかな。多分、そっちが重要やろ。」

「ふふ、そうだね。……私が、みぞれ君の名前を知ってたのは、知らなくて、いいの?」

「ゔっ……いや、今言われたら混乱するだけやから……また今度でええですわ…………」

ヤバい。俺、完全にルナに翻弄されてる気がする。めちゃめちゃもてあそばれてる感覚がある。

怖いと言えば怖いんやけど、何か、目をそらせないような。あしらえないような感じ。

「それで。……その、さっきの続きなんやけど。」

「そうだね。私のおともだちのこと、かな。」

口の前で両手を軽く合わせながら、ルナは、顔を半分隠した状態で俺を見る。夕陽を反射したその色に吸い込まれてしまいそうで、ただ目を合わせただけなのに。

すっ、と、それだけで雰囲気が変わるような気がした。

「私のおともだちはね。八年前くらいに、あの神社でいなくなっちゃったの。フヤジョウユキト、って、名前なんだ。」

指で数を数えるような仕草をしながら、ルナは、昔話を話すみたいな優しい声色で話す。

「一緒に遊んでただけなの。遊んでて、雨が降ってきて、雨宿りしようと思って賽銭箱の後ろに座ってたの。そしたら……」

ちょっと目を離した隙に、いなくなっちゃたの。

悲しそうでも、嬉しそうでもない。何の感情を含んでいるかも分からない笑みが、向けられた。


「ハル、その料理は三番席に運んで!」

「は、はいっ!!」

ここ数日で分かったことが、いくつかある。

お盆に皿を乗せて、テーブル席へと足を運ぶ。周りの席は結構埋まっていて、がやがやと色々な人の声が聞こえてくる。

一つ。開店から閉店まで、雲縫い屋はかなり忙しい。

この地域にいる人たちがほとんど毎日訪れるし、交流場みたいになっているのもあって、長居していく人たちが多い。ただ、並ばせるなんてことはなくて、立ったまま食事をしたり適当に話してすぐ店を出ていく人もいる。カフェというよりは、バーに近いかもしれない。

「おっ、ハルくんじゃーん!どう?元気にやってる?」

「あ、はい。ありがとうございます、いつも来てくださって。」

三番席に料理を持っていけば、座っていたお客さんが、にこにこと屈託のない笑顔を浮かべた。いつも来てくれる、若いお兄さんだ。よく声をかけてくれるから、覚えている。

周りのお客さんが僕のことを知っているのも、どうやら、この人が早々に周りの人に僕のことを話したかららしい。

二つ。ここに来るお客さんたちは、まるで友達みたいに話しかけてくれる人が多い。

「いやいや、ぼくもここにはお世話になってるからね~!ほら、この子が言ってたハルくんだよ。良い子でしょ?」

若いお兄さんが、向かいに座っていたサングラスのお兄さんに、そう言って笑う。自分のことを話されているせいで、少し気恥ずかしかった。

「ほんと。大丈夫?ユキトと上手くやってる?アイツ、結構ナマイキだからなぁ~」

「ああ!?オレがなんだって!?!?」

「っやべ!!」

タイミングが悪いのか、わざわざ聞きつけたのか。通りすがったユキトが、サングラスのお兄さんに向かって思いっきり吠える。お兄さんが慌てて机の下に隠れようとするのを、店にいるお客さんたちが楽しそうに見ていた。

三つ。この地域の人たちは皆、迫害されて来たとは思えないくらい、優しくて明るくて、温かい。こういうやり取りだって日常茶飯事で、笑いが絶えない。

良い場所だな、と思う。本当に。もしかしたらここは、学校以上に過ごしやすい場所なのかもしれない、なんて。それくらいには、僕はここのことが好きになっていた。

「ったく……客なんだから客らしくしろよなー。ハル、あんまコイツらの話に乗んなよ。お前割と天然だからすーぐだまされるだろ。」

「?……良い人たちだぞ?」

「は、ハルくーん!!」

若いお兄さんが、席から手を伸ばして、わしゃわしゃと僕の頭をなでてきた。ユキトが、「げ」と変な声を喉から漏らして、後ずさりする。

「やっぱり、ユキトくんと違って良い子だよー、そのまま育ってくれー!!」

「は、はい。頑張ります……?」

「ったく、ほんとに構ってらんねぇな、お前ら。」

大きくため息をついたユキトは、くるりと方向転換して、カウンターの方に戻っていった。

だまされるとかなんやら言われたが、別に、この人がそう人をだますような悪い人たちには見えないが。頭をくしゃくしゃされるのは、如何せん子ども扱いされているようで気に食わないが。

「あっ、そーだハルくん。聞きたかったんだけど、ちょっと前まで『門』にいたんだって?大丈夫だった?」

散々頭を撫でられた後に顔を上げれば、若いお兄さんが、手を下ろしながらそう尋ねてきた。

そんな話までもうまわっているのか。恐ろしいな、この地域のネットワーク。

「はい、特に……あ、腕はちょっと切られましたけど。でも、この通り、ちゃんと手当してもらったので。」

包帯を巻いた片腕を見せると、二人は、少し顔を曇らせた。

「そんな、怪我させるようなことまでするようになったのか、『門』の奴ら。……元々、あの街には下りるなって話が出てきてたけど、最近それがよく言われるようになったのは、ハルくんの一件があったからかな。」

「そうだろうなー。マジで、最近街の近くまで行こうとすると、周りにめっちゃ止められるもんな。」

若いお兄さんに、サングラスのお兄さんがうんうんと頷く。まさかそんなことになっているとは思わなくて、少し驚いた。

「す、すみません。僕が、怪我したばっかりに……」

「いや、ハルくんのせいじゃないよ。ぼくらも、下りる気はないし。」

「そーそ。人殺しなんて、受け入れてくれるわけないからさ。」

人殺し。

会話に落ちた、たった一単語に、息が詰まる。僕は、声が出なくなる前に、何か話を終わらせるような言葉を口にして、その場を去った。

四つ。この地域の人たちの過去や死因には、あまり触れないようにすること。深い関わりはもたないこと。

これは別に、僕に限った話じゃない。周りの人も、姫さんも、ユキトも。他人の過去を掘り返すような話の回し方はしないし、その人の死因を聞こうともしない。特定の人と仲良くするようなこともしない。いつ誰がどんな理由でいなくなるか分からないこの地域で、誰かに情けをかけたくない、と。姫さんが、僕に接客を教えるときに「ユキトも勝手に泊まって手伝いしてるだけなのよ」と言っていることを思い出す。

暗黙の了解。この地域の、タブーのようなもの。

たまにそういうものを垣間見るとき、不安になる。なんの不安かは分からないが、何か、胸の奥から湧き上がってくるような。

「ハル、運び終わったなら皿洗い交代しろって……、……大丈夫か?」

「……大丈夫だ。」

「噓つけ。なんか、変な顔してるぞ。」

カウンター裏へと戻ってくると、ユキトが、僕の顔を見てすぐほっぺたをつついてきた。痛くはないが、他でもないユキトに気づかれたことが少し悔しい。

「言っただろ、お前は死んでねぇって。ほんとに大丈夫だから、そんな顔すんな。」

「別に、それを心配しているわけじゃない。」

「そこが気になるから、んな顔してんだろ。」

濡れた手を拭きながら、ユキトは、不機嫌そうに片方の眉をつりあげた。

「お前は、何も気にしなくていーんだよ。な?」

まるで、小さな子どもに言い聞かせるような言い方。けど、それに従う他なさそうで、口をつぐむ。

ここで過ごすことは、別に苦ではないし、楽しいことだってある。

けど、どうにも。どうにも、やりにくい。

心配が、拭えない。


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