3 どこかどこかと分からない。

まぶ、しい。

目の奥がちかちかするかのような光に、耐えきれなくなって体を横に倒し、目を開く。

視界に映ったのは、見覚えのある、雑草の生えた道。

……あ、え。なんだ、どうなったんだ、僕は。

確か、ミゾレと一緒に本殿に入って、それから、見覚えのある蜘蛛の糸に足を掴まれて。

そこからの記憶が、ない。

「っ、ミゾレ!!」

一番近くにいたアイツは、無事なのか。

バッと上半身を上げ、辺りを確認する。……そうして、僕は絶句した。

確かに、あの神社であるはずなのだ。いる場所が鳥居の下というのは納得がいかないが、それに目をつぶったとしても、二人で訪れた場所であることに変わりないはずなのだ。

なのに、どこか違うような気がする。

こんなに、鳥居の色は鮮やかだっただろうか。周りが明るいのは、なぜか雨が一切降っていなくて、それどころか雲一つない快晴をしているからだと思うが。

それにしては、あまりにも、僕がさっきまでいた場所とは違うような気がする。ミゾレも、どこにもいない。そうだ、ミゾレだ。

神社のことを気にしている場合じゃない。まずは、アイツを探さないと。

全く理解の追いつかない頭のまま、僕は、長い長い石段を駆け下りた。


マズい。多分、本当に連れて行かれた。あの噂は本当だったのか……いや、噂では、暗い路地を通ればだとかなんとかだったような。どっちでも良いのか。

神社を下りて、少し行った先。そこにあったのは、明らかに、いつも見ている僕の住む街じゃなかった。

真っ直ぐと伸びる、長い長い通り。それを挟むように並ぶのは、見たことのない店や住宅。地面は、コンクリートではなく、大理石のような白い床。

連なるように並ぶ鳥居の下では、騒がしく、多くの人が往来している。

まるで、現実じゃない。日本の神話に出てくるような……不思議な、空間。

「どこだ、ここ…………いてっ、」

思わず立ち尽くしてしまった僕の横を、何人もの人が通っていく。その中の誰かと肩がぶつかり、思わず声を漏らした。

このまま突っ立ってても駄目だ。どうにかして、ここから向こうに戻らないと。

僕は、腹を括って歩き出し、一番近くにいた人に声をかけた。

「……あの、すみません。少し良いですか?」

「ん?はい、なんでしょうか?」

くるり、とスーツ姿のその人が振り返る。目尻が下がっていて、見るからに穏やかそうな人だ。

ほっとしつつも、わざわざ目線を下げてくれたその人に、尋ねる。

「ここって、あの……どこ、なんですか?」

「どこか、というと?」

さっきまでの穏やかな表情はどこへやら。ぎょろり、と目を動かしたその人に、思わず肩が跳ねた。……怖い。

な、何なんだ。道を聞こうとしただけなのに、そんなにも不機嫌になることがあるのか?

「あっ、えっと……少し、泊まれる場所を探していて。」

その場しのぎの噓だ。

宿さえ見つかれば、そこの人たちは帰り道を知っているはずだ。であれば、そこさえ見つかってしまえば、こうやって周囲の人に聞く必要もなくなる。

じぃっ、と僕を怪しげに見つめる視線。これではまだ信用に足らない、と。

「……その。実は、多分、僕は違う世界から来ていて。迷っているのですが。」

あまり言いたくはなかったが、仕方ない。おずおずとそう言葉をつなげば、相手のしかめっ面がゆるゆると緩んだ。

「そうですか。なら、宿屋に泊まると良いですよ。あの茶色の屋根の所です。」

あまりの態度の変わりように驚きつつも、指された方向に目をやる。確かに、それらしい建物が、大通りのかなり向こうに見えた。少し、遠いな。

「あ、ありがとうございます。行ってみます。」

「いえいえ。良い旅を。」

にこにこ笑顔で、その人は僕の肩を軽く叩いてから、歩いていってしまった。

なんか、すごい気まぐれな人だったな。あんなにもころっと態度を変えられるものなのか、人間って。「違う世界」って言葉に反応してたような気もするが。

やはり、ここは他の場所とどこか「違う」のだろうか?

「考えても、無駄か。」

呟いて、かぶりを振る。まずは、ここから出ることが先決だ。余計なことは考えなくて良い。

雲一つない眩しいほどの快晴を見上げ、僕は、どこかも分からない街を歩き出した。


かなり歩いた先にあった宿は、事情を説明すると、快く僕を受け入れてくれた。

中は、一見すれば小さなホテルで、僕以外にも泊まっている人はかなりいるらしい。廊下を歩くときに、何人かの人に話しかけられた。

その時にも、宿の人にも。一応、この世界のことを聞いたのだが、皆気持ちが悪いほどの笑顔で「大丈夫」と言うばかりだった。

廊下で話しかけてきた会社員らしいお兄さんには、「そんなこと気にせずに、食事でもとってきたらどうだい?ここのご飯は美味しいからね」と言われたぐらいだ。

……楽観的、すぎないか。こっちは、結構真面目に聞いているんだぞ。

どこかも分からない場所のご飯なんて怖かったから、丁重にお断りしたが。

もう少し真面目に答えてくれたって、良いと思うのだけどな……。

一人、用意された布団の上に寝転がって、うーんと唸る。

そもそも、お金も払えないのに受け入れてもらえたことが不思議だ。普通、こういう場所はお金を取るはずだと思うのだが。僕は、ここから出るにはどうすればいいか、ここはどこなのかを聞きにきただけで、泊まりにきたわけではないのに。

強引に「お泊まりされるんですねー」と受け流されて、ほとんど押し込まれるように部屋まで来てしまったような気がする。

「……探せば、いたりしてな。」

蛍光灯を見つめながら、ふと、そう呟く。

もしここが、幼なじみの連れて行かれた場所だったら。探せば、どこかにアイツがいるかもしれない。

そんな馬鹿げたことを考えて、僕は、机の上にあったリモコンを手に取り、部屋の電気を消した。

泊まってしまったものは仕方がない。ここの人には悪いが、一晩泊めてもらって、その後にここのことを聞こう。

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