1 取って、取って、取って
雨が降っていても、嵐が来ても、雷が鳴っていても。ここは相変わらず騒がしくて、落ち着く気がする。
「ハルー、まだ取る気でいんの?俺もう持って帰れへんよ。」
「またクラスに配るから良い。持って帰るのだけ手伝ってくれ、好きなものをあげるから。」
「もうたくさんやってば。」
鳴り響く電子音にかき消されないようにしながら、友達のミゾレが声を張り上げる。
中学の帰り道にあるゲームセンター。
僕はそこで、今日も日課のように台を荒らしていた。目に付いたぬいぐるみやらお菓子のクレーンゲームの中身を、ひたすらに取ってはミゾレに渡す。
趣味でやっていたが、まさか、こんなにコツを掴んでしまうとは。しかもそこからが楽しいのだから、やめろと言われてもやめる気が起きない。
大量のぬいぐるみを三つ目のビニール袋に詰め、ミゾレは、いかにも体育系らしくどかっと近くのベンチに座る。
「クラスの奴らも、いーかげん飽きたやろ。お前は取り過ぎなんや、もうちょいセーブしな。店員さんも困るやろに。」
「取るのは自由だろう。それに、個数が決まっている台はちゃんとそれを守っているし、まだ二千円も使ってない。」
「久しぶりだからってやりすぎや、って言うとんのや俺は。」
ったく分かってへんなぁ、とため息をつかれる。
こちらはルールを守ってやっているのだから、文句のつけようなんてどこにもないと思うのだが。彼は如何せんそうでもないらしい、面倒なヤツだ。
小四くらいの友達ではあるが、こういうところはあまり嚙み合わない。というか、これ以外にも、嚙み合わないことの方が多い。
ミゾレは陸上部でクラスの人気者で、それでいてよく喋る。
僕は帰宅部でクラスでもそこまで存在感はなくて、あまり話しはしない。
正反対すぎて、一緒にいるところを見た同級生に「お前ら仲良いのか!?」と驚かれたぐらいだ。
「……そんなに言うなら、先に帰れば良い。僕一人でもどうにかなる。」
「はあ?お前、それはもっと違うやろ。」
新しく手にした景品を渡しながら言った僕に、ミゾレは、不機嫌そうに眉を寄せた。
「俺は、俺がお前といたいから一緒にいるんよ。んでそーいう答えになんのや。」
「面倒言うのに一緒にいたいのか?」
「それとこれとは、また違うやろに。ハルは固く考えすぎや。」
そうは言われても。面倒面倒だと言うのなら一緒にいない方がマシだと思うのは、いたって普通の考え方だと思うのだが。
ミゾレにとってはそうではなくて、僕にはそれが分からない。今更のことながら、よくこんなので一緒やっていられるなと思う。
「……お、これ、俺の好きなヤツやんか。ラッキー。」
にぃ、と満足げに口角を持ち上げて、彼は僕の渡した景品を自分のバックへと入れる。
そこでようやく、自分が取ったものが、かなり小さめのバウムクーヘンが沢山入ったパックであることに気づいた。一人で食べる気なんだろうか。
まあ、運動部だし、そこまで気にする必要もないんだろうな。僕も別に気にしているわけではないが、あの量はさすがに食べられる気がしない。
「あ、悪ぃ。ハルもこれ欲しかったか?」
じ、と見られていることに気が付いたのか。ぱっと顔を上げたハルが、少し嬉しそうに笑う。渡しておいて欲しいわけがない、と言いかけて、一度それを飲み込んだ。
「なんだ、一緒に食べたいのか?」
からかうように言ってやれば、ミゾレは、恥ずかしがることも照れることもなく「そうやなー」と言った。
「休憩やきゅーけい。これ食ってちょっとしたら、もう帰ろうや。」
「まだ僕はやる気でいるが。」
「だーかーら、一回食って休憩しろ言うとんのや。察しが悪いのう。」
ぽんぽん、と隣に座るよう手でうながされて、そのまま彼の隣に座る。ばり、とパックを開ける音と、がさごそと袋を漁る音。次にミゾレの方に目を向ければ、バウムクーヘンの一かけらと、これまた僕が取ったらしいペットボトルコーヒーを渡された。
「ハルも、少しは周りを見てみぃな。自分ばっかやなくてさ。」
「自分にしか興味がない人間みたいに言うな。」
「ははっ、ちがうやろそれは。ハルは、自分にだけ興味があるんやなくて…………、」
そこで、言葉が止まった。
何かと思えば、ミゾレは自分から話を終わらせるみたいに、バウムクーヘンを頬張っている。せっかくなら最後まで言ってくれればいいのに、つくづくコイツは分からない。
自分にしか興味がないわけではない。それは自分でも分かっている。なら、ミゾレは僕に何を言おうとしたのだろうか。
いや、考えても無駄か。だって、最初から分からないんだから。
小さな個包装を破って、バウムクーヘンを口に入れる。普段食べないせいか、それはすごく甘い気がした。
夕虹、晴。そこから「ハル」。僕の呼び名はいたってシンプルだが、ミゾレくらいしか使わない。
人との交流がめっぽう少なくて、放課後のゲームセンターと自分の部屋だけが居場所。人気者のミゾレの隣には、到底、及ばないような。
「はーっ、どうすっかのーこの山。クラスの奴らに配る言うても、まーた『俺が取ってきた』言わなあかんのやろ?」
「そうだな。極力、僕が取ったとは言ってほしくない。」
今にも雨が降りそうな曇天の下を、ぱんぱんになったビニール袋を両手に持ちながら歩く。お互い家の方向が同じだから、帰り道もほとんど同じだ。
僕よりだいぶと背の高いミゾレは、困ったように眉を下げて、「ハルがそう言うならそうするけどな」と続けた。
「俺がぬいぐるみ乱獲者みたいになるやろ。なんか、手柄横取りしたみたいで、なぁ。」
「そうか?取った僕が良いと言っているのだから、良いに決まっている。」
「ははっ。まあ、お前が良いんやったらええんやけどさ。」
そうだ。僕が良いと言ったのだから、ミゾレが気にする必要なんてない。それに、クラスの人達だって、人気者から何かもらえるなんて嬉しいに決まっているんだ。僕みたいなヤツからもらうよりも、ずっと。
手のひらに食い込んだビニール袋の持ち手を持ち直す。わざわざ歩幅を合わせてくれているミゾレを無視して、僕はできるだけ歩くスピードを速くした。
このままゆっくりしていれば、いい加減雨に降られてしまいそうだ。
「ちょっ、おい、ハル。お前、どこ通ろうとしてんねん。」
見慣れた通学路から逸れて脇道に入ろうとしたところで、少し後ろの方を歩いていたミゾレは僕の肩を掴んだ。振り返れば、驚きと心配が混ざったような、不安げな表情をしている。
「………何、って。雨降りそうだから、近道しようと思って。」
普段は通らないが、この脇道を通って路地裏を行けば、目的地へ一気にぬけることができる。
それに、ここは近道と言えど、普通に毎日通っている人もいるくらいだ。そう心配する必要はない、はずなのだが。
というか、力、強いな。右肩掴まれてるだけだっていうのに、全く前に進める気がしないのだが。馬鹿力かコイツ。
「あー、ハルは知らんのかー……最近は結構ウワサになっとんのやけどなあ。」
「ウワサ?」
「そ、ウワサ。まあ本当かどうか知らんけどな。」
ぐいーっ、と僕の肩を引っ張って、ミゾレは無理やりにいつもの道に僕を引き戻した。
「なんか、こーいう暗い道通ると、『蜘蛛』に連れてかれるって最近ウワサになっとんの。だからやめとき。本当やったときヤバいやろ。」
いや、あまりに抽象的すぎないかそのウワサは。一回聞いただけだと何なのか全然分からなかったんだが。
蜘蛛に、連れていかれる?……そんなこと、あるわけがないだろうに。
……あるわけがないと、思いたい。
「なんだ、信じているのか?ミゾレ。お前にもそんな子どもらしいところがあるんだな。」
「ハルは俺を何だと思ってんだよ。こっちは心配して言ってんだぞ…………はあ。まあええ、帰るで。」
がしがしと自分の髪をかき回して、ミゾレは僕を引っ張るように再び歩き出す。やっぱり信じているんじゃないか。
ミゾレは人気者だから、そのウワサを何度も聞いたのだろう。だからそんなに心配に思うんだ。そんなこと今聞いた僕にとっては、根拠も何もない噓にしか聞こえない。
通ろうとした脇道の入り口を振り返りながら、僕は、小さくため息をついた。
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