第十五話 悪役の華

 人魚伝説。

 それは真実だろうか?

 実在するのだろうか?

 

 断言しよう、人魚は存在する。


 かつて、魔女が生きていた時代。

 つまり遥か遠くの昔。


 魔女はときたまに、傷つくことがあった。

 隕石が直撃したり、大地震で潰されたり、津波に沈められたり、火山に溶かされたり、自傷したとき、血肉は大自然に混じった。

 血肉を取り込んだ生命は、魔物と称される。


 魔物の多くは太古に死に絶えたが、いまだに種を残しているものがいた。

 この世にはオカルトと呼ばれるものがあるが、そのほとんどが魔女の残滓であることは、あまり知られてはいない。


 そのひとつが『人魚マーメイド』である。


 クロたちの前に現れたのは、果たして偶然であろうか? 魔女と縁あるものは、惹かれ合うのか?


 答えは、魔女のみが知るであろう。





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「溺れてんじゃあねええええええええ!!」


 与鷹の怒声。

 状況は最悪だった。

 最初、ふーちゃんが海に落ちたところまではなんとかできた。与鷹はカナヅチなので、姉妹たちを手伝うことしかできなかったが、それでもなんとか引き上げた。

 しかし、引き上げてもまた落ちようとする。

 何度も何度も海に引き込まれてゆく。

 何度も何度も引き上げる。


 それを繰り返していくと、なぜか他の姉妹たちまで海に落ち始めた。

 何を言っても返事はない。洗脳されたように。


「ハハハハハ! 地獄みてえな状況だな!」


ヒールだけは、我関せずと爆笑していた。

 性格が悪い。


「ヒール! 君も手伝え!」

「クロさーん。手伝って欲しいなら目隠し取ってくれよお。本当はすげえ手伝いてえんだけどなあ」

「じゃあ目隠し取れ! 靴とかのベリベリするやつで巻いてるだけだから!」


 ヒールはベリベリ音を立てて、目隠しを外した。

 顔を手で覆い。


「こんなので……、こんなので……オレは」


 少しショックを受けていたが、やがて苦笑を始めて、立ち上がった。

 周りを見渡し、


「いやー久しぶりの視界の広がりだってのに、目に見えるは地獄絵図。吉日だ!」


 大きく背伸びをする。

 

「さて、お前らは一旦落ち着いて考えろ」

「考えろったって、こいつらの救出に手一杯なんだよ」

「クロはどうせ何もできないんだから、オレと一緒に頭を使いましょ」


 そう言いながら、クロを捕まえて、ビーチチェアにまた座る。

 

「この地獄絵図。原因は間違いなくこの歌声だぜ。言語は不明だけど」

「それはわかっている。だが、姉妹たちの耳をどんなに塞ごうと、止められなかった」

「ハハハハハ。そんなのいくらでも理屈は作れるぜ。皮膚からだの、脳へ直接だろうと。ここは、洗脳された者と、洗脳されていない者の差を考えよう」


 ヒールは身を瞑り、クロの頭を撫でながら、考えた。


「姉妹たちと、オレたち三人の差。原因である歌は全員に聞こえている。ならば、『さらに』、何かがあるはずだ」


 ヒールが話している後ろで、与鷹は必死に姉妹たちを止める。


「洗脳は、音を聞いていた限りでは、ふーちゃん、あーちゃん、どーちゃん、うーちゃん、たーちゃん。この順番でかかっていた。間違いないな」

「……ああ。よくわかったな」


クロは驚く。ただ笑っていただけではなく。あの状態でも、状況把握をしていたことに。

 

 与鷹はあーちゃんとたーちゃんを引き上げる。

 その間ににうーちゃんとどーちゃんが飛び込む。


「順番には理由があるはずだ。立ち位置か? いや、法則性が無さすぎる」


 うーちゃんとどーちゃんを引き上げる。


「肉体の差? 五つ子にはない」


 ふーちゃんが与鷹を一発殴って飛び込む。


「体調? 最初にかかったふーちゃんは、船酔いで疲れていた」


 与鷹は殴り返そうとしたが、我に返り、また引き上げる。


「では疲労か? しかし、二番目のあーちゃんは日光浴。最後のたーちゃんは最も泳いで疲れていたはずだ。順番がおかしい」


 どーちゃん、あーちゃん、たーちゃん、うーちゃんが、飛び込む。


「もっとも考えられるのは、『精神力の高さ』だ」


 どーちゃん、あーちゃん、たーちゃん、うーちゃんは、与鷹を海に引き込む。


「ふーちゃんは船酔いで、精神がすり減っていた。だから我先にと洗脳された」


 カナヅチだからと叫び抵抗する。


「あーちゃんは最弱の精神。どーちゃんは単純だが、いつも怒っているのは自信の無さか。うーちゃんは強かだが、飄々として強い意思がない。たーちゃんはまあ、元気だからな」


 ふーちゃんに蹴飛ばされ、ついに与鷹も海に落ちる。


「元々不安定な奴らだ。指導者であるふーちゃんが機能しなくなったことで、大きく動揺したのではないか? オレたちが大丈夫なのは、覚悟とかそういうのがあるからか? ならば------」


 ヒールはついに立ち上がる。

 そして、大きく息を吸い込み、


「姉妹から尊敬されたい奴は海に飛び込むな!」 

「わかったッ!」


 ふーちゃんはハッとする。

 洗脳が解けた。


「喜怒哀楽シスターズ! ふーちゃんが起きたぞ!これでもう心配はないぞ!」

「「「「マジでッ!」」」」


 喜怒哀楽シスターズはハッとする。

 洗脳が解けた。


「ヒール……君は……」

「礼には及ばないぜ」


 ヒールは格好つける。


「オレはなんたって、『悪役ヒール』だからな、感謝は似合わねえのさ」


「ゴボッ! 誰か! 助け! カナヅチ!」


 与鷹のせいで格好がつかなくなった。

 シスターズが引き上げる。


 すると、今まで聞こえていた歌声の曲調が変化する。安らかな雰囲気が、おどろおどろしく。


「貴様らあ。よくもお、逃れやがったなあ」


 歌に乗せて、恨み節が聞こえてくる。

 海から現れたのは、全長二メートルはある、上半身が人間の女性、下半身が魚の人魚だった。

 若々しい身体だったが、顔は怒りに歪んでいた。

 しかし、ヒールはそれでも、臆することなく言う。

 

「悔しいか人魚? だったらオレと対決だ」

「貴様とわしがかあ?」

「そうだ。てめえの歌声にオレも歌を載せる。そうすりゃ魂で戦える! デュエットだ!」


 雲ひとつなかった大空に、暗雲が立ち込める。

 

「いいじゃろう。人魚のプライド、ここで逃げたら干からびる。全力じゃあ」

「気合い十分。歌はなんにする?」


その瞬間、海から音が消えた。


      

       「『魔王』」



 先程まで、海の上の、船の上にいたはずが、いつのまにか、森の奥深くにいた。

 しかも、馬に乗って走っている。

 腕に童子を抱えて。


「風の夜に馬を駆り 駆りゆく者あり 腕に童帯ゆるを しっかとばかり 抱きけり」



「へえ。面白いじゃん」


  悪役ヒールは邪悪に笑う。

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