第十四話 厳しい父親と甘やかすおじいちゃん

 雲ひとつない大空に浮かぶ赤丸。

 赤丸に照らされ輝く大海。

 大海に漂よう大型高級クルーザー。

 大型高級クルーザーの上で、ビーチチェアに座って、メロンソーダを飲みながら、サングラス越しに、読書する三十代ぐらいの男。

 男の太ももで優雅に寝転ぶ黒猫。

 

 やっぱり与鷹とクロだった。


 ちなみに、読んでいる本のタイトルは『思春期の女の子との優しい接し方』だ。



「ねー。与鷹おじさんー。海に入って一緒に泳ごうよー。たのしいよー」


 元気な声で誘ってくるのは五人姉妹のたーちゃん。海で楽しそうに泳いでいる。いつもと違い、水着を着ていた。


「俺はいい。昔から、カナヅチだからな」


 与鷹はそう返した。

 五人姉妹は、各々で海を楽しんでいた。

 

 うーちゃんは、浮き輪でぷかぷかと漂っていた。

 どーちゃんは、海に潜って、何分息がもつかを試していた。

 あーちゃんは、船の上で日光浴。

 たーちゃんは、クルーザーの周りをぐるぐると何周も泳いでいた。

 ふーちゃんは、船酔いで安静にしていた。


「いやー。少女はやはりこう元気じゃなきゃなー」

「やっぱりロリコ------」

「違う」


 恒例になってきたこの会話。

 

「ロリコンだったら、オレにもっと優しくしてくれよ」


 少女が話しかけてきた。


「だから、ボクはロリコンじゃないよ。


 ヒールと呼ばれた少女は、転移魔法の所有者にして、『魔女の踵』の所有者だった。

 クロたちは、本名を名乗らない彼女をそう呼んでいる。

 ヒールは目隠しをつけられ、与鷹のように、ビーチチェアに座っていた。ついでに、水着に着替えていた。


「しょうがないだろ。お前の転移魔法にはそれが一番有効なんだ」


 ヒールの転移魔法は、半径数メートルの範囲が条件で発動できるのだ。

 転移魔法には弱点がある。

 転移した先に物体があると、重なってしまい。下手をすると死んでしまうのだ。

 目隠しをすれば上手く転移できない。海上では、溺れてしまう可能性もある。


「縄で縛らないだけ優しいだろ」

「普通ならそうだけどよ。あいつらはどうなんだよ。見ることが発動条件なのに、気を許し過ぎだろ」

「はあ? 何言ってんだよ。あんな可愛い少女たちが襲ってくるわけないだろ」

「クロさん。記憶喪失ならそう言ってください。ホテルで襲われたことを、忘れるわけないですよね」


 そろそろ重症そうだった。


 与鷹、クロ、うーちゃん、どーちゃん、あーちゃん、たーちゃん、うーちゃん、ヒール(仮)。


 この七人と一匹の船旅だった。


 



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「『白魔女』本部の場所は……」


二人は息を飲んで、次の言葉を待つ。


「……」


 だが、どれほど待とうと、次の言葉は来ない。


「こんなことを言っても信じてくれないかもしれませんが、のです」


ふーちゃんは、申し訳ないなーという空気を出して、言いました。


「分からないとは、どういうことだ? 行って、会議もしたんだろ。んで、ボクたちを探せと命令されたんだろ」


 ふーちゃんは、『白魔女』会議については話しましたが、『世界征服』のことは、隠しました。


「覚えていないのです。会議をしたことも、会議の内容も、会議した場所も、覚えています。ですが、どうやって行ったのか、どんな道で行ったのか、そのことだけを忘れてしまったのです」

「忘れるって、どうしてだ?」

「記憶を消す技術があるか、もしくは魔法か」


 ですがと言って、 ふーちゃんは話を続ける。


「本部に集合しなければいけないとき、そのときだけは、本部の場所を思い出すのです。だから、集合命令さえ来れば、私たちは記憶を取り戻し、あなた達は本部に攻め込むことができます」


 三日前のことだった。





-----------------------






 いつかくる想起のとき、それまで隠れて過ごすための船旅だった。

 

「みんな。おやつの時間だよ。船に上がってきな」


 クロは猫撫で声で言った。

 猫だけに。


「「「「はーい」」」」


 ふーちゃんだけは、答えられませんでした。


「うーちゃんはこれ、あーちゃんはそれ、どーちゃんは------」


手際良くおやつを配っていく。

本当に、手際良く。


「……」


それを複雑な目で見る男がいた。


「クロさん。甘やかし過ぎじゃないですか?」

「誰が、誰に?」

「クロさんが、少女たちに」

「そんなことねーよ」

「そんなことありますよ‼︎」


 怒り混じりの叫びだった。

 

「まず! 船旅だからって、全員分の水着を買う必要はないですよ! しかも高いし! 可愛いやつだし! 似合ってますし!」

「ほら、可愛い子には可愛いものを着せよって」

「言いません! そして!」

「まだあるの⁉︎」

「おやつ! これも要りません!」


「「「「要る!!!!」」」」


「姉妹は黙ってなさい! あと、一日に何度もおやつタイムがあるのはおかしいです! これで八回目です! 明らかに食べさせ過ぎです!」

「おやつだけに、八つ」

「しゃらくせえええええええええええええええ!」


 大海に吠えた。


「でも、おいしですよ」

「太るぞ! ホルモンバランスの不安定な思春期なんだから! ニキビできるぞ!」

「だからその分泳いでるじゃないですか!」

「そーだそーだ」


 今度は女子と男子の戦いに。


「あんな本を読んでるんだから、気をうまく使ってくださいよ!」

「読んでも思春期なんか理解できるもんじゃあねえってわかったわ! 分かったら世の親はもっと楽だわ!」

「……親の話はあんまりしないでください」

「ごめん」


 変な空気になった。


「なあ、なんか、歌が聞こえないか?」


 クロは、必死になって変な空気を変えようと努力する。ただ虚しいかな、そんなことを------


「オレも聞こえるぜ」


 ヒールもそれに乗っかり------


「私も」「ほんとだ」「綺麗な声」「ずっと聴いていたいなー」


 どうやら、変な空気を変えようとしたのではなく、本当に歌が聞こえているらしい。

 

「でも、おかしいよな、海の彼方まで見ても、ボクたち以外の船なんて無いのに」


 クロは、警戒を始める。

 

「------声が、聞こえる」


 ふーちゃんが起き上がりました。

 船酔いで立ってもいられなかったのに。

ふーちゃんは、まるで夢遊病のように歩き出し、船の端まで歩いて------


『ドボン』


 海に落ちました。


「魔法だ! 何らかの攻撃を受けている!」


 クロがそう言い。与鷹や姉妹がふーちゃんを助けに行きました。

船上に恐怖と困惑が蔓延しました。

 ただ一人を除いて、


「船上で突如聞こえる美しい歌声。船員が歌に惑わされ海に落ちる。これじゃあまるで、子供騙しの童話に出てくる『人魚マーメイド』だな」

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