第十一話 歪んだ姉妹愛

 あるホテルの最上階の部屋。

 黒い猫が一匹、中年の男が一人、同じ顔の少女が五人。

 少女たちは、コンセントで椅子に縛り付けられ、布で目隠しをされていた。

 第三者がこの状況を見れば、何かしらの事件だと思うことは間違いなかった。


「やーい、誘拐犯」

「共犯ですよ。クロさん」


 二人は冗談を言い合った。


「犯罪臭はしますけど。これで魔法は使えないんですよね」

「あーちゃんとやらが言った通りならな」

 

 『引き寄せ』の魔法は一度対象を視認し、『マーク』をつけることで発動条件が整う。

 そのことを、一番気弱そうなあーちゃんから聞いたのだ。


「さてと」


 与鷹は話を切り上げ、立ち上がる。


「どうしたんだ?」

「どうしたもこうしたも、詰めんるんですよ。指を」

「……」

「どうしましたか?」

「やっぱり、そうなるよな」

「は?」


 与鷹は首を傾げる。

 魔女の指を切り取って回収する。今、これ以上にするべきことがあるだろうか? そう考えていた。

 クロの尻尾は、意図的か無意識かはわからないが、バタバタと振られていた。


「何か問題がまりますか?」

「うーん、ないんだよなあ。けどなあ」


 要領の得ない返しだった。


「完全に感情の問題なんだよなあ」

「感情の問題? 指を詰めることが? 確かに感触とか、匂いとか、見た目とか、不愉快にはなりますけれど」

「そうではない。同情してしまっているんだよ」


 クロは五つ子たちを見渡す。


「ボクは『少女』に弱いんだ」

「え? もしかしてロリコ……」

「そういう意味じゃねえよ!」


 今度は、『魔女の右腕』を見つめる。

 慈しむような目で。


「ご主人様を思い出すんだ。似てるとかではなく、概念として尊いものだと思ってしまうのだ、幸せそうな少女を」

「魔女って言うから、お年を召した方だと思っていましたが、少女だったんですね」


 与鷹は椅子に座り直す。

 会話に本腰を入れ始めた。


「ああ、とても美しく、若々しい、そして愛に溢れた方だった」

「美魔女ですか」

「だから少女だって言ってんだろ」

「すみません」

「次、そう揶揄するようなことあったら赦さねえからな」

「本当にすみません」


 魔女については地雷が多いらしい。

 

「もし、魔女の指を奪ったら、この子達はどう生きていけばいい? 連合軍からも、不要と処分されるかもしれない。どこかに捨てられるかもしれない。こんな子供達では生きていけないかもしれない」

「ですが、それでは魔女を復活させることはできませんよ?」

「……だから、お前に相談するのだが」

「はい」

「この子達を保護してみようと思うんだ」


「「は?」」


 声がふたつ重なる。

 ひとつは与鷹の声、もうひとつは----


「……盗み聞きなんかしてませんよ」

「起きてたのかよ……えと、左から二番目のお前は誰だ?」


 誰かはわかっていたが、誰なのかはわかっていなかった。 

 顔も声も同じなので、区別がつかなかったのだ。


「ふーちゃんです。先程、目覚めたのですが、タイミングを見計らって喋るつもりで、けれど、込み入った話になったので」

「お前、喋り方が違くないか?」

「……」

「あのときは、姉妹もいなくて、安心しきっていたのか?」

「……」

「驚愕したよな、あの変わりようには」

「……」

「いつもは猫被っていたんだな」

「……」

「おい、なんとか言えよ〜」

「……」

「他の姉妹に言うぞ」

「勘弁してください」


 与鷹はとてもとても楽しそうだった。


「保護するというのは?」


 ふーちゃんは話をそらした。


「まだ決まっていない、与鷹に相談していて--」

「クロさんがそうしたいと言うならば、俺は従うつもりです」

「……与鷹、お前はもっと、いや、なんでもない」


 なんでもなくはなかった。なんでもあった。が、クロは思いを心に秘めた。

本当は、自主性だの、意見をもてだの、言いたいことはあっただろうに。


「というわけで、お前たちを保護----」

「丁重にお断りいたします」


 ふーちゃんの返事に、二人は意外だと言う反応をみせた。


「なぜだ?」

「だって、そうなったら、

「「は?」」


 またも声が重なった。

 しかし今度は、与鷹とクロだった。


「私は、みんなから尊敬されたいがために、生きています。私たちは、誰が姉か妹かなんてのは覚えていません。ですが、私は魂からの長女でありたいのです。それが出来ないというならば、生きている意味がありません。私も、みんなも」

「…………家族思いなやつだと思っていたが、違ったようだな、少し失望したよ」


 ふーちゃんと与鷹は睨み合う。


「やめろ、二人とも」


 与鷹は言う通り、睨み合いをやめる。

 そして、


「クロさん。他の子はいいですけど、こいつを助けるのはあまりおすすめできません」


与鷹はそう言って、ふーちゃんに背を向ける。


「……そうか」


 クロは、少し長く思考し、


「助ける。少女は見捨てられない。ふーちゃん。君がなんと言おうと、ボクは君たちを保護するつもりだ」

「……そうですか」


 ふーちゃんは沈黙する。

 もう誰も喋り出す者はいない。


 クロは与鷹に目を向ける。

 意外だったのだ。敵意とか警戒とかではなく、嫌悪を抱く与鷹が。

 もしかしたら、そこらへんが、与鷹の正体の一片なのかもしれない。


「あ」


 二人はその声に、振り返る。


 振り返ると、先程まで、ふーちゃんを捕えるために使っていた、椅子とコンセントだけがあった。


 ふーちゃんはきれいさっぱり消失していた。

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