第十話 宿命の下僕の正体

----全世界神仏連合軍対魔女部門特殊部隊本部

の、カフェテラス、に、純白のドレスで武装した美しい少女がいた。

 空には雲ひとつなく、太陽だけがサンサンと輝いていた。

 少女は紅茶を飲み、


「不味いわ」


 と、一言だけ言い放った。

 そこに歩いてくる少女が現れる。巫女服を着た白い長髪の少女、『最上神』だった。

 

『相も変わらず、肥えた舌だな』

「不味いものわ不味いのよ」


 『最上神』は相席する。

 

「あのイケオジと黒猫ちゃん。中々見つからないわね」

『貴様が働けば、早々に終わるだろうにな』

「いやよ、この美しき私が雑用だなんて」

 

 美しい少女は紅茶をまた飲む。


「不味いわ」

『なら飲まなければいいだろうに』

「そう思うでしょう。いい? 私は紅茶を飲みたくて飲んでいるのではないの。紅茶に映っている、紅茶を飲む美しい私を、堪能するために紅茶を飲んでいるの」

『さすがだな。我を呆れさせるとは』

「うふふ」


 美しい少女は紅茶を飲む。


「不味いわね。あの五つ子、大丈夫かしら」

『どういう意味だ?』


美しい少女はまたも紅茶を飲もうとするが、最上神に手首を掴まれ、止められる。


『あの五つ子は、奴隷だった頃のせいで精神が不安定だ。だが、だからこそ扱いやすい。いい子達だ。ただ一人、ふーちゃんを除けばな』

「……」

『何があった? いや、何が?』


 体を引き寄せ顔を近づける。


「……どこかのホテルで、あの五つ子が戦っているわ。見つけたことも報告せずに」

『わかった。我が行く』

「駄目よ。今は大事なとき。他の子に行かせなさい。あなたは本部にいなければならないわ」

『……そうだな、そうだな、確かにそうだ』


 最上神は手首から手を離す。


『適材を呼んでくる』


 本部内へと歩き出す。


『おっと、紅茶を飲みに来ていたんだ』


 振り返り、美しい少女のもとに返ってくる。そしてティーカップを持つ。呆気に取られて止める間も無く、残った紅茶を飲み干される。


『美味』


 と、一言だけ言い放った。

 最上神は去っていく。

 残された美しい少女は、


「ああ、美しいわ」

 

 天を仰ぎ、頬を赤らめ、息を荒げる。


「見える、視える、観える、最上神が世界の絶頂に君臨する光景が、美しい世界を瞳に映す美しい私がいる美しい世界が----」




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 クロがうーちゃんに飛び掛かる。

 ここでうーちゃんが魔法を使おうと、己に突撃する時間を早めるだけだった。

 ゆえに、この少女が取った選択とは、


「ふーちゃん助けて!」

「了解 『母指マイナス魔法少女ダクテュロス』」

「!」

 

 クロは驚愕した。

 この少女たちは己に対象を引き寄せる魔法持っている。ここにいない三人もそうだろう。ふーちゃんと呼ばれる少女も同じだろう、つまり、家族を守るために庇ったのだ。

 クロはその行動を尊敬に値すると考えた。

 それはそれとして、体を捻り、標的をふーちゃんに変えた。

 

「言っとくけど、私たちは姉妹を犠牲にして助かろうとするほど、じゃあないだよ。『示指グラード魔法少女ダクテュロス』」


 クロに魔法をかける。

 引き寄せの魔法を。


「ふーちゃんだけは私たちと違う。ふーちゃんは、私たちが対象にしたものだけを対象にする魔法」


 ふーちゃんの親指から、超高圧の放電が起こる。放電はすべて、クロへと収束していく。


「なにい⁉︎」


 放電がクロに直撃し、床に撃墜する。

 どんな生物だろうと即死する一撃だった。


 五人姉妹の中でも異質を放つふーちゃんの魔法は、ただ親指から放電するだけの魔法だった。

 しかし、その魔法の真の効果は、『引き寄せの対象』に『引き寄せられる電気』を放つ魔法であった。


 遠距離からの複数の『引き寄せ』で、相手を拘束し、ふーちゃんがトドメを刺す。

 五人姉妹のルーティーンだった。


「クロさんっ!」


「諦めてください。猫は死にました。残念です。『リヴァースへの転移魔法』は失われてしまいましたが」

「嬉しくないなあ。最上神さんに怒られてしまいます」

「こちらも命懸けだったので致し方ありません。私はそんなものに興味がありませんでしたので」


 うーちゃんは頭に手を当てて怯えている。対して、ふーちゃんは変わらず無表情だった。

 

 ふーちゃんは与鷹に顔を向ける。


「あなたは知っていますか? 『リヴァースへの転移魔法』 教えてくれたら命だけは奪りません」

「……知らねえよ」


 意気消沈、といった感じだった。


「わかりました。では、『魔女の右腕』はどこですか?」

「……」


ふーちゃんはため息を吐く。

 『魔女の右腕』が今、与鷹の部屋にあることを二人は知らないのだ。

 探せばすぐにでも見つかるが、この瞬間を乗り切るだけの力はある。


「……」


 だが、与鷹はしなかった。

 交渉も、駆け引きも、命乞いも、しなかった。

 宿命を果たせないと理解したからだ。

 クロがいない自分には、今、ここから逃亡できても、戦闘になれば負けることが分かっているからだ。

 魔女の復活は絶対に不可能。 

 もしかしたら、宿命も、魔女の復活も、クロのことも忘れて生き続けようとすれば、可能かもしれなかった。

 けれど、宿命をなくした人生に、また戻ることなんて出来ない。

 死ぬことよりも恐ろしいことだった。


「俺の部屋だよ」


 与鷹は死のうとしていた。

 無駄に拷問されるのも嫌だから、と考えている。


「うーちゃん。行ってください」 

「嬉しいなあ。これで『魔女の遺体』が揃っちゃうよ」


 部屋から出ていく。

 与鷹とふーちゃんだけが残された。

しばらく沈黙が続くが、


 ふーちゃんがソファに寝転ぶ。


「ふー。つっかれちゃったあ〜。もうマジ大変〜」


「は?」


 意気消沈していた与鷹も思わず声を出す。


「えっなにっ? あ〜なるほどね〜。あまりの豹変ぶりに驚き轟きってことでしょお〜。分かる〜私もびっくりしちゃう〜」

「……」


大口を開けて絶句する。

 さっきまでのキャラはどこいった⁉︎


「私ね〜。みんなのことが大好きなの〜。だから尊敬されるように頑張ってキャラ作ってるの〜。だっていうのにあの最上神ったら〜みんなからの尊敬を奪っていっちゃったの〜。マジ最悪〜」


勝手に一人でペラペラと喋り出す。


「私たち昔奴隷だったの〜そのときにおっさんどもの相手とかさせられて〜みんなの心がパリンって壊れちゃったの〜だから私がしっかりしてなんとかしてきたの〜」


 悲惨な過去も、家族と共に過ごした楽しい時間を語るように、語っている。


「みんなに新しい名前をつけて〜ストレスを溜めないようになんでも喋っちゃうにして〜私がいなきゃ生きてけないように変えたの〜『魔女の五本指』もその過程で手に入れて〜そのせいで『白魔女』とかにされちゃたけど〜今日まで私はみんなと過ごせて楽しかったんだよ〜そしてこれからも〜」


 幸せそうだった。

 世界に捨てられ、世界に消費され、世界に壊されて、それでも尚、手に入れた幸せを噛み締めて、毎日を過ごしているのだろう。

 彼女たちを倒すということは、その幸せを壊すことだった。


「そういえば〜死んじゃった猫ちゃん可愛かったな〜うちも猫ちゃん飼おうかな〜猫ちゃんって何を食べるんだろうな〜お魚かな〜?」


「チャオチュールだ」

「「!」」


 首を甘噛みされていた、クロに。

 ふーちゃんの全身に電流が走る!


「ああああッ、あああ⁉︎」


 本当の、比喩でもなんでもなく電流だった。


「クロッ、さんッ!」

「ボクが死ぬわけないだろ」


 ニヤリと笑う。


「でも、どうやって?」

「黄金は電気をよく通す、そして、を知っているか?」


 電気細胞。

 電気ウナギなどが持つ電気器官のひとつ。

 極小の電池のように、電気を溜めることができ、いつでも放電することが可能だ。

 クロは電撃を喰らった瞬間、黄金と電気細胞の組み合わせによって、全ての電気を吸収したのだ。

 そして今、歯を通してふーちゃんへと電撃をお返ししたのだ!

 

「死なないように調整はしたがな」

「さすがクロ! 俺たちにできないことを平然とやってのける! そこに痺れる憧れるぅ!」

「電撃だけにってか?」


「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」


 

 二人は笑っていた。

 しかし、クロだけは少し引き攣った笑いをしていた。

 蘇我与鷹という男の脆さに。

 宿命だけが今、彼を延命させているということに。最初は適材だと思っていた、生きる意味のためならなんだって出来てしまうことを、適材だと思ったのだ。

 だが違った。

 彼は『遺体』の場所をすぐに喋った。クロがまだ生きていることを知らなかったとはいえだ。


 宿命の下僕? 否。

 奴隷? 否。

 

 宿命の亡者。

 それが蘇我与鷹の状態だった。

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