第九話 個性豊かな強敵たち

 「ボクを掴め!」

 「はい!」


 宙に浮く与鷹に向かって、クロは跳躍する。

 クロは金の杖に変身し、与鷹はそれを掴む。金の杖の重量は数十キロ。浮かんでいた与鷹が徐々に降りてくる。


「す、すごい。これならまともに歩ける。しかも、体が尋常じゃないぐらい軽い。けど杖が重い」

「そこは頑張れ。よし、じゃあベランダから飛び降りろ」

「は?」

「相手の魔法も居場所も分からないんじゃ戦えない。一旦、ここは逃げて態勢を整える」

「だからって----」

「今なら軽くなっている。怪我は少ない!」

「ここ三十階ですっ」

「宿命のためならなんでもだろ!」

「その言葉は卑怯です!」


 二人はベランダから飛び降りる。

 落下予測地点は道路。いくつも車が通りすぎている。下手をすれば飛び降りからの人身事故だ。

 予想通り、二人はゆったりと落ちていった。


「高っ!」

「……今考えたが、お前って猫じゃないよな?」

「そりゃそうですよ」

「忘れてた」

「……」

「……」

「猫の場合で考えていたから、無事に着地できると考えていたわけではないですよね?」

「……」

「何か喋ってくださいよ⁉︎」


 突如、与鷹がホテルの壁に打ち付けられる。


「がはッ⁉︎」


 受け身も取れずに、血反吐を吐く。

 

「今度はどうした⁉︎」 

「壁に……引っ張られた……重力が横向きになったみたいに……」


与鷹は立ち上がる。

 先程とは違い、しっかりと立ち上がることができた。

 壁に足をつけて。


「……どういう状況だこれ」

「二十五階まで下がったあたりから、下への重さがなくなって、次は壁に向かって重さが生まれました」

「もしかしたらこれは……」

「心当たりが?」

「ああ、相手の魔法がなんとなくわかってきた。よし、近くのベランダから部屋に入れ。」

「はい!」


 壁からベランダへ『降りる』。

『降りる』と表現したのは、壁に立っているからで、与鷹からしたらベランダに入ることはつまり、飛び降りることに近いのである。

 だから与鷹は驚いただろう、飛び降りた部屋に、少女が立っている事を。想像もできなかっただろう。


「避けろ! ぶつかるな与鷹!」


 体を捻って落ちる方向を変えようとする、だが、何故だが


「まさか、この少女が⁉︎」


 与鷹は足を曲げる。

 そしてどんどん近づいてしまう少女に向けて


「『ドビオリアタック!』」


 与鷹の目線から見ればそれは、ただの少女への着地だが、他のものが見ればそれは、強力な一撃必殺のドロップキックだった。


 少女は部屋の壁まで吹っ飛ぶ。

 与鷹は体勢が崩れて『床』に尻餅をつく。

 『床』にだ。


「重力が戻っている! 少女に引っ張られることもない。がッ----」


 与鷹が浮き上がる。

上への引っ張りはまだ残っていた。


「おい少女、与鷹にかけている魔法を解け」


 少女はドロップキックのダメージが残っているのか、未だ身体を丸めて唸っている。


「お前の能力はわかっている。与鷹も聞いておけ。この少女の魔法は『電磁力の魔法』だ」

「なるほど、だから俺は少女に引っ張られたのか、でも、なら何故、体が重たくなったり?」

「最初は少女が下の階にいたからだ。飛び降りて少女と高さが等しくなったため、少女のいた部屋の外壁に衝突したのだ」

「では、何故、浮いているのですか?」

「分からん。魔法は基本、集中しなければできない。だから、ドビオリアタックでそれを絶ち、この少女に引っ張られなくなった。それでもまだ与鷹は浮き続ける。それが分からない」


 二人は少女を見つめる。


「……嬉しいなあ」 


「は?」


 少女は笑っていた、苦痛に顔を歪めてもいたが、それ以上に笑っていた。


「何を笑っているんだ?」

「嬉しいんですよ。あなた達が混乱していることが」

「頭を打ったのか」


 クロはまた金の杖になり、与鷹は地に降り立つ。


「嬉しいんですよ。あなた達は状況はを把握できていない。の思い通りに。」

「私たち?」


少女は高らかに言う。


「嬉しいなあ。油断したでしょう? もう敵は倒したと、無効化したと思ったでしょう。あなた達は戦い慣れていない。あなた達は喋り過ぎた。」


 少女は起き上がる。

 

「この部屋には盗聴器がある。も準備ができたと思います」

「ッ⁉︎」


 与鷹の両手足が大きく開き、動きが封じられる。

 虚空に磔にされたかのようだった。


「『示指グラード魔法少女ダクテュロス』のうーちゃん。それが私」




------------ホテル屋上



 ホテル屋上には二人の少女がいた。屋上への扉の鍵は破壊されていた。


「うーちゃん。どーちゃん。あーちゃん。たーちゃん。目標を捕らえました。私が向かいます。能力を使用し続けてください。うーちゃんは猫を、毒には気をつけてください」


 片方の少女は携帯に向かって話す。

 どうやら彼女が司令塔らしい。


「むかつくなあ。『最上神』は過大に評価しすぎてたようだぜ、こんな簡単に捕まえられちまうなんて」


 もう一人の少女が言う。


「どーちゃん。油断はしないでください。ですが、『あの女』の情報が役に立たなかったというのは、けっこうです」

「……ふーちゃんは本当に『最上神』が嫌いなんだな。むかつくよ、その気持ちを理解できない私が」

「気にしないでください。それでは、私は下の階に行ってきます」

「気をつけろよ」


 ふーちゃんはドアノブに手を掛ける。

 が、そこで止まり、振り返る。


「言おうか言うまいか、迷っていましたが、言おうと考えつきました」

「何をだ?」

「お昼に食べたハンバーガーのケチャップが、口元についていますよ」

「ばッ⁉︎」


 どーちゃんは手で口元を拭い、顔を真っ赤にして、恥ずかしがる。


「む、むかつくなあ〜。なんでみんな教えてくれないだよ! これで街中を歩いていたのか……」

「言えば怒られると思ったのでしょう。うーちゃんとあーちゃんは気弱ですから、たーちゃんはそもそもで気づかなかったのでしょうが」

「だったらふーちゃんが言ってよ!」

「これからは注意してください。が汚れてるような気分になるので」


 そう言ったふーちゃんと呼ばれる少女の顔は、どーちゃんと呼ばれる少女の顔と、全く同じだった。


「私たちは、顔がそっくりだからな」


 そう言ったどーちゃんと呼ばれる少女の顔は、ふーちゃんと呼ばれる少女の顔と、全く同じだった。




------クロと与鷹とうーちゃんのいる部屋


 与鷹は空中で大の字になって動けない。

 クロは猫用キャリーケースに入れられている。

 うーちゃんは椅子に座ってティータイム。


「嬉しいなあ。圧倒的な位置で無様な大人を眺められるだなんて。しかも、こんなキュートな猫ちゃんを手に入れられる。嬉しいなあ」

「お前、いい性格してるな」


 クロがキャリーケースの中から悪態を吐く。


「ありがとうございます」

「褒めてねえよ」


 本気で言っているのかわからなかったが、確実に人を不愉快にさせてくる。


「与鷹。動けるか」

「全く、左右上に引っ張られています。指先まで開ききって、曲げることすらできません」

「嬉しいなあ。私たちの力がここまでとは。」

「黙ってろ、うーとかいう変な名前のお前」


 うーちゃんばティータイムの手を止める。


「うー、ではなく、うーちゃんと呼んでください。ふーちゃんがつけてくれた素敵な素敵な名前なのです。決して、変な名前などではないのです」

「ふーちゃんってのが、お前の仲間か?」

「仲間ではないです。家族です。」

「何人家族だ?」

「両親はいません。というか、私たちは捨てられたので縁を切られました。今は五人の姉妹で仲良くしています」

「へー、他の姉妹の名前は? きっと素敵な名前なんだろ?」

「はい。どーちゃん。あーちゃん。たーちゃんです。名前は喜怒哀楽からとられており、私たちの個性を表しています」

「ん? さっき、五人姉妹っていったよな。だったら喜怒哀楽で、一人足りないよな? ふーちゃんってのは、何を表してるんだ?」

「……」


 うーちゃんは突然黙る。


「猫ちゃん。質問ばかりしてくるけど、もしかして、探りを入れているのですか? だとしたら嬉しくないなあ」


 椅子から立ち上がり、キャリーケースを持ち上げる。


「箱の中の猫のくせに。私たちの仲に入ってくんじゃあねえ!」

「ギャッ⁉︎」


 キャリーケースを振り回す。中のクロも振り回される。子猫の体であるクロにはきつい攻撃だった。


「はっ、五人姉妹の一人がこれなら、他のやつもロクデナシなんだろおなあ!」

「ぶち殺す」


 キャリーケースを壁に投げる。


『バキ』


「へ……?」


「大間抜けが、他のやつもそうなのか?」


 キャリーケースの蓋が割れ、クロが出てくる。


「投げられる瞬間。黄金になることで、キャリーケースを破壊する。お前は戦い慣れていたが、精神的には幼過ぎる。ぶち殺すと言った瞬間にはもう殺すのが流儀だ。ぶち殺したなら使っていい」


「嬉しくないなあ」

「さっきのようにはいかないぜ!」


 一人と一匹の戦いが始まる----といったところで、部屋にもう一人現れた。


「うーちゃん。何か大きな音がしましたが、大丈夫ですか----」


 混乱が部屋中に蔓延する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る