第八話 宿命の下僕

 大都市の郊外にある高級ホテル。

 ホームにいる人たちはセレブばかりのホテル。

 そこに不調和が混入する。

 恰幅の良い黒スーツの中年が現れる。アタッシュケースを持っていた。わかめのような髪、ボサボサの髭、不潔が服を着ているような男だった。


「予約していた『黒我猫鷹くろが ねこたか』です」

 

 重く低い声だった。

 受付から、部屋のカードキーを受け取る。

 男はエレベーターで階を上がっていく。たどり着いた場所は、ホテルの最上階。

 高額納税者に違いない。 

 部屋に入り、アタッシュケースをベットに投げ出す。

 大きくため息を吐き。


「あっついですね」


 顔が剥がれる。

 剥がれた顔の奥にも顔があった。

 睨まれていると思ってしまうほどの細い目。薄く顎に髭がある。凶悪な顔だった。イケオジだった。


「ボクも疲れたよ」 


 剥がれた顔は、肌色から赤くなっていき、タコになる。


「タコの擬態で顔マスクになる。やっぱり、お前のアイデアは素晴らしい」


 タコはさらに、赤から黄金になり、黄金は黒く変色し、猫の形を模す。

 猫の種類はわからないが、とても毛並みの良い、美しい黒猫だった。瞳まで黒く、めちゃくちゃ可愛い猫だった。


 与鷹とクロだった。


 黒スーツを開き、脂肪だと思っていたものを出す。それは、新聞紙に巻かれ、さらに大きなタオルに巻かれていた。

 『魔女の右腕』だった。


 なぜ二人はこんな変装をしていたのか? それには理由があった。


 与鷹は全国指名手配されていた。

 凶悪な殺人鬼として。


 一ヶ月前、『アルケミー』が所有する日本最大の工場、その長である煙草森鉛が、『右腕』のない焼死体となった。

 目撃者の情報から、資産家の息子、蘇我与鷹が犯人だと推測される。

 非常にワイドショーあたりを騒がせる事件だ。


 犯人がここにいた。


「殺したのは本当ですから、別に冤罪って訳じゃないですけど。魔女集めはしにくいですね」

「あれからひとつも『魔女の遺体』が見つかっていないからな。このままじゃだめだ。」


 そう言いながらも、ふかふかのキングベットでくつろぐクロだった。

 そして与鷹も、アタッシュケースからワックスを取り出し、わかめのような髪をいつものオールバックにする。


「それじゃあ、得られた情報を共有し合いましょう。まずは俺から」


 与鷹は椅子に座り、話し始める。


「といっても、得られた情報などないに等しいんですけどね」

「いいから話せよ。どんな些細でもいい。お前は裏社会の奴らを使ってたよな?」

「はい。俺はあの『最上神』について調べました。ですが、そんな名前も、容姿も、仕事も、全くわからないそうです」

「ボクの方もそうだ。ボクはネットを使って、世界規模に探した。けど、何も情報がない。そんな人間の戸籍もない。異常な環境で生まれたか、何か巨大な力で痕跡を残していないかだ」


 クロの『ネットを使った』は、通常の探し方ではなく、ハッキングなども含まれる。

 おそらく史上初のねこちゃんハッカーだろう。


「しかし、少女を探しているという点により、面白いことを聞きました」

「面白いこと? 魔女関係か?」

「それは分かりません。調べによると、『一ヶ月ぐらい前から、日本中の裏社会に少女たちが現れはじめた』らしいですよ」

「少女たち?」

「はい。十八歳以下の女の子がです。しかも、バックに強大な何かがいるせいで、逆らえないらしいです」


 クロはベットから椅子の近くのテーブルに跳ぶ。


「強大な何かが潜む少女、それはまるで『最上神』じゃないか」

「そうなんですよ。しかも、俺たちによく似た容姿の人物を探しているらしいです。賞金もかけて。っていうのをヤクザから聞きました」

「へー。……ちなみにそれだと、もう報告されちゃうんじゃないか?」 

「大丈夫です」

「なんで?」

「大丈夫です」

「どうして?」

「大丈夫です」

「なにしたの?」

「宿命のためならなんでも」


 これ以上は闇に触れそうなので、、クロは聞くのをやめた。


「どうやら、俺たちは巨大な組織に狙われているらしいです」

「……そうか。まだ『あいつら』はいるのか」

「何か知っているのですか?」


 与鷹は身を乗り出す。


「全世界神仏連合軍、直訳てはそういうんだったかな。超常の力で世界の秩序を守る組織。数百年前に戦って、潰したつもりだったが、まだ残党たちがいたとは」

「そんな組織が……。……………えっ数百年前?」

「『魔女の遺体』をあいつらは破壊しようとした。この世界の秩序が崩れるのを防ぐために。まあ、秩序が崩れるというのは当たっていたが、壊されては復活できないからな、戦うしかなかった」

「数百年前? 猫の寿命ってそんなに----」

「それが今になって、さらに強くなって帰ってくるとは。だから、ここ最近の時代では、『魔女の遺体』が見つかりにくかったのか。あいつらが蒐集していたから」

「おばあちゃんちゃんだよ。ひいひいひいひい孫がいてもおかしくない」

「それにしてもやつら、『遺体』の力を使うとは、毒を持って毒を制す、か。やつららしい。おそらく、少女ばかりなのも、『魔女の遺体』との適合率を高めるためだろう。」

「数百年前っていったら、ペリー来航も見たのかな?」

「よしっ。与鷹!」

「あっはい、な、なんでしょう」


 話を聞いていなかった。


「青森に行くぞ!」

「なんでですか?」


 話を聞いていても分からなかった。


「今までの特性通りなら、聖地に拠点があるはずだ」

「それで何故、青森に?」

「なんだ、知らないのか? 青森には、世界で一番有名な神の墓があるんだ」

「……本物ですかそれ?」

「本物であるかどうかは問題ではない、伝承があるかどうかが大事なんだ」


 本物であるかではなく、伝承があるから行くのです。真実か虚実かは断言しません。


「これで会議は一旦終わりだ。チャオチュールの時間だ」

「俺はインスタントのラーメンです」

「可哀想に」

「チャオチュールの人が言いますか」

「チャオチュールはうめえだろうが、あぁん!」

「カップラーメンもうめえわ!」


 どうでもいい口論を始めようとしたそのとき、


 与鷹が膝から崩れ落ちる。


「どっ、どうした⁉︎」

「体が重いッ」


 与鷹はなんとか立とうとするが、


「ぐはッ」


 立ち上がれず、すっ転んでしまう。


「毒か⁉︎」

「違います! 体に力が入らないとか、痺れるとか、その程度のものじゃあない。まるで鎧を着せられたかのように、体が重いんです!」

「待ってろ、今、杖になるから。それでせめて立ち上がれるように----」


 クロは言葉を失う。


 与鷹が浮いたのだ。

 なんの比喩でもなく。ぷかぷかと、風船のように浮き出したのだ。


「「魔法攻撃を受けている!」」


 何故かその言葉だけは、自然に出たという。


 














 「「「「「『五本指ムード魔法少女ダクテュロス』」」」」」

 

 


 五人の魔法少女たちが、与鷹とクロを襲う。

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