第六話 鉛は黄金になれるのか?
煙草森鉛が産まれた理由は、避妊具を買うのを両親が面倒くさがったからで、堕ろす金がなかったからである。
親の愛とか、友との友情とか、異性との恋とか、世界から貰えるはずのものをもらえないで育った鉛の心は、歳を重ねるごとに錆びていった。
十代の頃には誰も手をつけられないほどの悪になっていた。
ある日、流行りの暴走族をやっていた鉛は、対立していた他の族との競争中、事故にあった。
事故で失ったのは、右腕一本と将来だった。
右腕を失った鉛は喧嘩もできなくなり、仲間にも見捨てられた。家族にも気持ち悪がられた。
手に入れた歪な友情も失われて、鉛はついに人を刺した。血が繋がっているだけの両親を。
刑務所に入ってからも更生はできなかった。
己の人生に価値を感じれず、なにをするでもなく生きていた。
釈放されたとき、運命の出会いをした。
『私の会社に来ないか?』
『アルケミー』の社長だった。
社長は鉛の遠い親戚で、身寄りのないところを引き取ったのであった。
社長から『魔女の遺体』を与えられ、工場長に就任した。
『なんで、私なんかを拾ってくれたんですか?』
鉛は聞く。
社長は答えた。
『お前には素晴らしい価値があるからだ』
鉛は期待に応えようと励んだ。
社長の指示を超え、技術的に不可能な製品まで造り始め、社長の制止も聞かずに励んだ。
錬金術は、卑金属から貴金属を造ろうという目的から始まった技術だった。。
今になっては、不老不死や、人造人間などが目立っているが、最初はそんな『変えようとする意思』が始まりだったのだ。
鉛も変わろうとしたのだ、鉛から黄金へと。
その結果がこれだった。
「shaaaaaaaaaa------------------------------ッ!」
鉛の絶叫が空気を震わす。
望みも叶えられず、あとは燃え尽きて終わるだけの人生を嘆く、悲痛な悲鳴だった。
『ツー、ツー、ツー、ツー』
そしてもう一つ、別の音が鳴っていた。
「これは……?」
「携帯電話だな」
与鷹が拾う。
それは炎上する前に落としたのであろう、鉛の携帯電話だった。
着信がかかっており、『社長』と映っていた。
「もしもし」
「……なるほど。鉛は負けたのか」
「ああ、生きながら炎上してるよ」
「……お願いだ。スピーカーにして、鉛に私の声が聞こえるようにしてやってくれ」
与鷹は言われた通りにして、携帯電話を鉛に向ける。
「鉛」
「shaaaaaa!」
社長の声に反応する。
「鉛、お前には重圧をかけていたのかもしれないな。私もそれを気づいて助けてやれなかった」
「あ、ああっ」
「お前は変わろうとしていた。だが、お前はお前のままで良かったんだ。私は変わったお前に期待していたのではない。あのときのお前に、価値を感じて、期待していたんだ」
「ああ、あああー」
鉛は泣いていた。流れる涙さえ蒸発する炎の中で、声が届いていたのだ。
「鉛。お前の人生は無意味なんかじゃない」
「……しゃ…………ちょ……」
鉛の体は崩れ落ちた。
「今までありがとう。ゆっくり休みなさい」
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『アルケミー』本社社長室。
与鷹とクロ、社長がソファに座って向かい合っていた。
「あの『右腕』は、この会社に伝わっていました。ある意味、伝家の宝刀のようなものでした。創業当時からあったらしいですが、どこから入手したのかはわかりません」
「なぜあれが魔女のものだと知っていたのです?」
「……それは」
「どうしましたか?」
眉間にしわをよせる。
「最初から魔女のものだとは知りませんでした。魔女だと言い出したのは鉛なのです。『右腕』を手術で繋げたあと、『魔女の記憶』をまただとか」
「なるほど。ありえなくはない」
クロが納得する。
「あの、俺からもいいですか?」
与鷹が話に入る。
「あなたは俺を、鉛の仇だと憎んでいますか?」
室内に重苦しい空気が漂う。
社長は口を開き------
「……何も思っていないわけではないですが、憎んでいるのとは違います。私自身、あの『遺体』がどれほど恐ろしいものかは察していました。経営が危なくなったからといって、手を出していいようなものではなかったのです。『天罰』だったのではないかとすら思っています」
「そうですか」
「ですが……」
一度溢れた感情は止まらなかった。
「ですが、ならば何故、私ではなく、あの子が死んでしまったのか。それが、それがとても憎らしいのです。私自身が、一番憎いのです」
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帰り道。
二人は歩きながら話あった。
「魔法はこの世にはあってはいけないんだ」
「その意味が少し、わかりました」
「この世界には、あってはならないものを排除する力があると考えている。ボクのご主人様も、その力で死んだようなものだった」
「でも、それだったら、復活させてもまた……」
「だから、帰るつもりだ」
与鷹が立ち止まる。
「帰るって、どこへ?」
「ボクとご主人様がいた世界。魔法というこの世にはない法則の働く宇宙。悪魔も、天使も、神も、魔女も存在する異世界------」
「『リヴァース』」
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