第五話 魔女の心臓

振り下ろされた斧は易々と止められる。


「毒蛇!」


 与鷹が叫ぶと、斧は毒蛇に変身し最上神の腕に噛み付く。


『面白い猫だのう』


 だが、最上神は余裕綽々に笑う。


『「神敵リバー心臓ハート」』


噛まれた腕から血が溢れ出る。

 血はまるで生き物のように動き、毒蛇に絡みついた。


「はっ、ハムスター! 俺の方に戻って来てください。」


 ハムスターに変身、血の拘束から脱出し、最上神から与鷹へと飛び移る。


「クロさん、あの魔法は何だ⁉︎」

「分からない、ご主人様はあんな魔法を使ったことはなかった!」


『中々のコンビネーション。お主が指示し、猫が変身、そうやって様々な場面に対応するのか』


楽しそうに言う。彼女にとって、先刻の攻防はじゃれ合いのようなものだった。


「魔女の蒐集が目的と言ったな、何のために魔女を使う気だ!」

 

『誰が使うと言った。』

 

 予想外の答えが返ってくる。


『我の目的は魔女の蒐集そのものだ』

「魔女の蒐集が目的?」


 クロは意味がわからなかった。使うでもなく集めるだけとは、一体何のためにそんなことを、と。


『こちらが答えたのだ。次は貴様たちだ』


 二人は少し悩み答える。


「「魔女の復活!」」


『よかろう。ならば奪い合いだ』


 最上神は手を噛み千切る。


「何を⁉︎」 

『「神敵リバー心臓ハート」』


 噛み跡から大量の血が放出される。


『お返しだ』


 血液は蛇の形を模し、二人に襲いかかる。


「ナイフ!」


 蛇の頭目掛けナイフを突き刺----せない! 

 確かに蛇を頭から真っ二つにすることは可能だった。しかし、この蛇が血液で出来ていることを、与鷹は失念していた。


 蛇はなんと、双頭となって首に噛み付いた!


「与鷹!」

「がっ、は」


 噛み付く蛇を掴もうとするが、液体であるが故に通り抜けてしまう。


『無駄だ。「神敵リバー心臓ハート」に弱点はない』


 二人はなすすべもなかった。

 クロの今の黄金量では何に変身しようと意味がない。むしろ、攻撃すればするほど血が出て相手の手数が増える。毒だろうと血を操る相手には効かない。


「ああ--ッ! があ!」

「どうすれば……」


 そのとき、

「shaaaaaaaaaa----ッ!」


 火柱となった鉛が現れた。


『……「右腕」よ。今はお前に構ってやれんのだ。そこらで燃え尽きていろ』


 最上神は一瞥して、また与鷹の方を見る。

 だが、鉛も最上神は無視し、与鷹たちに向かって歩いていく。


『おお、貴様がその者たちに手を掛けたいのか? 良いぞ良いぞ、冥土の土産に持っていけ』

 

蛇たちは首から離れ、目へと攻撃を始める。

 与鷹は瞼を閉じて目を防御するが、眼球に穴が空くのも時間の問題だった。


「やめろっ。与鷹に近づくな!」


 クロが懸命に鳴くが、それも無駄だった。

 

「来るな! 来るなあ!」


 抵抗虚しく『右手』で顔面を掴まれる。

 

『shaaaaaaaaaa------ッ!』


 炎上した。

 『蛇』が。


 血液に含まれる生命エネルギーを熱エネルギーに変換し、炎上させる。それは紛れもなく鉛の十八番『冷淡ザッツ魔女ライト業火ウィッチ』だった。


 これはただの偶然だった。

 鉛の能力を知らない最上神が、鉛を手伝おうと与鷹の目を攻撃した。鉛は『右手』で顔を触り、燃やそうとした。その結果、与鷹の顔より先に蛇に触れてしまった。


 『ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ------ッ!』


 血液の蛇を辿って、生命の炎が最上神に燃え移ったのだ。

 

『なんだあこれはッ! なにをなにをなにを! この我になにをしたのだあ------ッ!』


 最上神は激しい感情を露わにする。


『舐めるなよお----ッ!』


 手を噛み千切る。

 が、傷口も焦げて固まり血が出ない。

 

「こんなことが、あるんですね」

「……ははは。まるで奇跡だな」

  

 二人は呆気に取られていた。


『こんなことがっ、あってはいけないのだ!』


 最上神は絶叫する。


『「自傷魔女フライアウェイ絶頂ポロロッカ」----ッ!』


 最上神が浮く。

 なんの比喩でもなく、浮き上がる。


「わかったぞ、あの女の能力は『空を飛ぶ魔法』だ!」

「空を飛ぶ?」

「その魔法の応用で血液を操っていたんだろう」

「でも、じゃあ今なぜ飛び始めたんですか?」

「さあな」


 二人がそんな会話をしている頃にはもう、最上神は上空にいた。

 それでもまだ上に飛び続ける。

 富士山も超えて、エベレストも超えて、大気圏に突入し、そして------


『酸素』のない宇宙に辿り着いた。

 その頃にはもう、炎は消えていた。

 酸素がなければ炎は燃えない。水をかぶる以上に確実な火消し。

 全身に火傷を負ったが、焼死だけは免れた。

 だが、この日初めて、最上神は敗北したのだ。


『-----------------------------------------------------------------ッ!』


 空気がないので声は聞こえなかったが、その殺意だけは理解できる。

 与鷹とクロは、『この世で最も敵に回してはいけない者』に、狙われたのだ。

 

 全世界神仏連合軍対魔女部門特殊部隊----



   『白魔女』との開戦の狼煙だった。










 


 

 

 

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