第一話 宿命との出会い
暗い闇い蔵の中。
懐中電灯を手にした男。
三十代頃に見える。黒いスーツを着て、髪型はオールバック。とても人相の悪い男だった。
「クソっ、本当にあんのかよ、こんなところに」
男の名は
「親父。まさか嘘書いてたんじゃねえよなあ」
与鷹が学生の頃、両親は事故で亡くなった。
資産家の両親が遺した財産は、100年以上安心して暮らせるほどだった。
両親からの愛といってよかった。
その愛が与鷹を腐らせた。
ショックから立ち上がれなかった彼は引きこもった。資金は有り余るほど。
何もする必要がない。
食事。
排泄。
睡眠。
の繰り返し。
ただそれだけで生命活動は成り立ってしまう。
しかし心は死んでゆく。
最愛の両親の死の悲しみも無駄死にした。
立ち上がるのではなく死に腐って地に埋まる。
自由なはずなのに何もしない。
すべきことが見つからない。
だってそんなものないんだから。
彼が欲しかったのは金ではなく欲望だった。
『望みを望む』。矛盾しているようで、意外に多くの人間が求めるものの正体。
大抵そんなのを望むような奴はクズだった。
先日。
与鷹は父親の日記を手に入れた。
日記には信じられないようなことが書かれていて、故に与鷹は蔵に足を踏み入れた。
蔵の中には100を超える箱があった。
それをひとつずつ開けていく。
中には金銀財宝。果ては歴史的証拠。
「クソッ、クソッ」
が、そんなものには目もくれず、次々と中身を暴き続ける。
最後の箱を開く。中身は------
「ネコ?」
猫の黄金像だった。
「……馬鹿にしてんのか‼︎」
箱を蹴り飛ばす。といっても、中身は黄金なので微動だにしない。心なしか、猫も呆れたような顔をしていた。
「マヌケな顔しやがって」
「マヌケじゃなくて、キュートだよ」
与鷹ではないもう一人の声が、どこからか、
「だっ、誰だ⁉︎ どこにいる⁉︎」
「下だよ」
足元を見る。
しかし、足元には黄金猫しかいなかった。
「もしかして----?」
「もしかしなくても、ボクだよ」
黄金で出来ているはずの口が動く。
「うわぁっ⁉︎」
「そんなに驚かなくても」
黄金猫が黒く変色し始める。
黒くなった部分が本物の猫のような毛並みに。
黄金猫はそのうち完全なる黒猫になった。
「化け猫……」
思わず呟く。
「違うよ。魔女の使い魔だ」
「…………」
驚愕。
言葉も出ない。
「信じられないかい?」
「…………いや、驚いたんだ。まさか本当だとは思わずに」
与鷹はニコリと笑う。
父親の日記には、悪魔と契約したと書かれていた。魔女の使い魔とも。
その内容は酷いものだった。
父親の青年時代。多額の借金で首が回らなくなっていた父は、悪魔と出会い契約した。契約は、全てうまくいくようにするから、将来生まれる子供を献上しろ、というものだ。
それはそれは酷い。人手なしの所業。
「どうやら話は聞いているようだね。あの男はどうしているんだい?」
「死んだ」
「…………そうかい。まあ、そんなこともあるか」
黒猫は俯いた。
すぐに顔を上げ、
「20年ぐらい前、あの男から契約の延長を頼まれたんだ。いや、最初は献上するものを変えてくれないかと言っていた。自分を代わりにしていい、とも言っていた。しかしボクが欲しいのは優れた人材だ、もう年老いた男なんぞいらない。結局、君が27になったときに契約が果たされることになった。つまり、あんなやつでも父の心があったという話なんだが、気休めにはなったかい?」
「気休め?」
「ほらだって、ショックだろ、自分が悪魔みたいなやつへの生贄のためだけに生まれてきたって事実は」
与鷹は項垂れた。
肩を震わせる。
「ボクが言うのも何だけど、同情するよ。親の犠牲になるためだけに産まれるだなんて。でも、別にとって食うわけじゃあない。君にはボクの手伝いをしてもらうんだ。それはとてもきつい仕事でね、ボロ雑巾のように死ぬことだって有り得る。まあそう落ち込まずに----」
「最ッ高じゃないかあ------!!!」
「は?」
黒猫は呆気に取られる。
理解できなかったのだ。
与鷹の発言を、思考を、価値観を。
「ずっと、自分の生まれた意味が分からなかった。生きている意味が分からなかった。だが、今日やっとわかった。俺の宿命はこれだったんだ! 親父、最高だぜあんた! 俺のことを愛してくれてたんだな‼︎ こんなに空気がうまいのは何年ぶりだろうか? もしかすれば初めてかもしれない。今まで食べてきた何よりうまい! 喜びってこういうことか、幸せってこういうことか、生きるってこういうことか。歌でも歌いたい気分だ! 国家や聖歌だ。
教えてくれ黒猫、俺は何をすればいい? 俺にどんな役目を与える⁉︎ さあ、黒猫、俺の人生に意味を、役目を、宿命を与えてくれ!!!」
黒猫は絶句する。
目の前の正気の沙汰とは思えない男の歪んだ顔。
だが、それは黒猫も同じだった。
すぐにニコリと笑い------
「いいさ。お前に宿命を与えてやる。ボクのご主人様を、魔女を復活させてくれ」
誇り高き宿命とクズの出会いだった。
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