第7話 逃走

 朝。

 人々が動き出す音で目が覚めた。

 体調は最悪だ。硬い地面に座っていたためにお尻は痛むし、知らぬ間に硬い石壁に頭をぶつけたのかたんこぶもできていた。

 昨夜サグ婆のお店から逃げ出した後、そっと遠目に宿を覗いてみたのだがごろつきが複数人たむろしており、とても帰れそうもなかった。

 きっと冒険者ギルドも似たようなことになっているのだろうと考えた私はなるべく安全に、もし騒ぎになったらすぐに人が駆けつけてくれそうな場所を探して街の中を彷徨った。

 見つけたのは町の南門だ。

 東西南北と4つある門扉だが夜は閉じられている。けれど何かあった時のために常に門兵がいるようで、隣の詰め所には灯りが灯っていた。

 もしかしたら門番も買収されているかもしれない。そんな思いもよぎったがそれを考え出すとどこにも行けなくなるので私は門扉の隅、少し奥まったところに身を寄せた。

 気配遮断と隠密を使い続けたせいか体はだるく、座りこんでしまったらもう立つ気力はない。

 せめてスキルを切るなら寝ちゃいけないとは思ったのだが、睡魔には抗えなかったようだ。今こうして無事に記憶通りの場所で目が覚めただけでも幸運だった。


「さて、と・・・。どうしよう、これから」


 宿に残してきたものといえば日用品くらいなので諦めはつく。

 全財産と呼べるべきものは少しのお金とぶら下げた短剣くらいなのが幸運だったというべきか、貧乏ゆえの皮肉か。

 冒険者ギルドに行ってみるのもいいかもしれない。朝であればギルドには依頼を求めて冒険者がたくさんいるだろうから、ごろつきも表だった動きはとれないはずだ。


「おっと、その前にスキルは使わないとね」


 「ふ、同じ轍は踏まないのだ」という感じで気配遮断と隠密を発動させる。

 瞬間、視界に飛び込んできたのは町中に広がっている「誰かを探している視線」に溢れた気配。

 絶句した。

 大きな道には気配がいくつも重なって、もはやもやのように見えた。

 大元を辿ればあちらこちらにいる冒険者らしき者が、不自然とは思えないように談笑しながらあらゆる道を監視しているではないか。

 しかもそれが一組や二組ではない。南門から延びる道の全てにいるのだ。


(なに、これ・・・。もしかしてみんな私を探しているの?)


 ありえない。

 まだ冒険者になって二週間も経っていないのだ。

 自意識過剰すぎるのだろうかとも思ったが、私は壁の奥に身を隠す。

 ちょうど誰かを探している冒険者たちが近づいてきたのだ。


「どうだ?」

「ダメだな。通りの家は全部調べげてきたが、サナエとかいう女は見つからなかったぞ」

「妙な気配を感じたんだが、お前の鑑定スキルで分からないなら気のせいか」

「どうする?」

「・・・今朝までに見つからないということは、誰かが匿っている可能性がある。そうなればすぐに町から出るという選択肢より、騒ぎが落ち着いてから脱出する可能性が高い。大勢で町の出入りを見張っているのは無意味だな」

「なら商店や雑貨屋に見張りをつけよう。いつもと違う客、違う購入品があればそこからボロが出るかもしれん」

「しかしたった女一人に五百万円も懸賞を懸けるとは何考えてんだろうね、ボスは」

「なんでもそいつがいれば興奮剤を安定生産できるんだとよ」

「つっても、使うのは夜の街か奴隷だろ?そんなに売れるもんかね」

「聞いた話だとどうも隣国がきな臭いらしい」

「きな臭いって・・・おいおい戦争でもする気かよ」

「確証はないが可能性はあるって話だ。最近出入りしているオーク狩りの奴らがいるだろう?どうやらあいつら、雲乃海国うんのうみこくの奴ららしい。あちこちでせっせと食料を蓄えているだとか。このご時世、食料をあちこちからかき集めるなんてことするのは何かしでかすんじゃないかってことだ。それに雲乃海国は昔から食料は輸入に頼っている国でもある」

「つまりボスは戦争を見越して興奮剤を隣国にふっかけようってことか。さっすがボスだぜ」

「ま、俺らも稼ぐためにはそのサナエってやつをさっさと捕まえないとな」


 男が手を挙げる。

 とたん、道に広がっていた気配が一斉に遠のいていき、男たちも足早に去っていった。

 静寂が朝の道に戻ってくる。漂ってくるのは呑気な朝の炊事の気配のみ。

 遠く、南門を見張っている気配もあるようだけど常にこちらを見ているようではない。

 私は詰まっていた息をゆっくり吐き出し、頭を抱えた。


「・・・いや、なんでそうなるの」


 事情はべらべらと聞こえてきた内容でよく分かった。サグ婆は単純私を金蔓かねづるだと思ったのかも知れないが、それとはまた別の事情が動いている。

 ここまでくれば興奮剤がおそらく麻薬か何かと同じような成分なのだろうとはあたりがついた。


「これじゃあギルドも危ないかな」


 先ほどまでいた者たちはどうみても冒険者だった。となれば私がのこのこと冒険者ギルドに顔を出したりしたら棚からぼたもちだろう。


「このまま街を出るしかないのかな」


 幸い保存食なら昨日バッグに詰め込んだので数日分は持っている。各門の近くには共用の井戸があるので、水もそこで補充できる。

 問題は、行くあてがないことか。


「・・・南門だし、南の町にいこうかな」


 昨日門番さんと話した南の町。海沿いで魚介が特産ということだ。どうせ行くあてもないのであれば、そこに行くのもいいだろう。

 目的が決まれば迷うことはない。

 スキルを使用したまま移動し、まずは水を補充。ここから南の町がどれほど遠いか分からないが、食料はなるべく節約したい。行商とすれ違ったら食料の購入と道順を聞くのをわすれないようにしなきゃ。

 私は決意と失意の両方を抱えつつ、南門を堂々とくぐる。

 若い門番の前を堂々と通ることになるのだが、彼は気付かぬ様子を見せず、無事に通過できた。

 意識して探されていないようであれば、女神様のいう通り私の存在を視認されることはないようだ。

 安堵の吐息とともに私は町から素早く離れ、はるか先まで続く道を歩き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る