第4話 日銭稼ぎとサグ婆

「おやサナエじゃないか。今日は早いね」

「えへへ、いいとこ見つけちゃいまして。すぐにいっぱいになっちゃいました」


 薬草と薬根、それぞれがパンパンに入った麻袋をマーサに渡す。

 昼下がりのギルドは初めてきた時を思い出すような誰もいない、静かな空間だ。


「いつ見ても最高の品質ですごいわねぇ。ヒールをこんな事に使うだなんて思いもつかなかったよ」


 マーサはカウンターが汚れないよう、大きな平たいバットを後ろの棚から持ち寄り、薬草と薬根を広げていく。ギルドの受付が空いていればその場で数量や品質をチェックし、それに見合った報酬がもらえるのだ。

 ガサガサとあまり丁寧とは言えない手つきでマーサが手に取る薬草は、そんな手荒さにも耐えどれもがたった今地面から抜いてきたかのような瑞々しさを保っている。

 薬草が特別手折られても強いとかそういう理由だからではない。

 早苗が採取し終わった薬草に、定期的にヒールを掛けているのだ。

 きっかけは転生してからすぐのこと。始まりの町に向かって歩いていたときだ。

 暇だと言ってヒールの実験と称して雑草──もとい薬草相手に色々としていたことを思い出したのだ。

 ヒールを掛けられた葉っぱは虫食いが塞がり、萎びた葉が再び元気になるといった効果があった。それを試したのだ。

 さらに効果はそれだけでなく、ヒールを掛けた後数時間は元気な状態が続くこともわかった。

 薬根は材料となる部分が根っこのためしなびていようが大差ないのだが、薬草は鮮度が良いほど買取価格も高く、そこから作られる薬やポーションの効果も高くなる。

 なので誰もが青々とした薬草を買い求めているそうだが、そうは言っても現実問題として採ったばかりの薬草をすぐに錬金術士やギルドに卸せるわけもなく、いつも萎びた薬草が納品され、皆それが当たり前というように使用しているのだ。


(収穫してすぐに冷蔵するとか、そういう事ができればいいんだけど)


 そんなものは当然ない。

 冷蔵庫はどうやらあるようだが、お金持ちの家だったり魔術士がいないと維持できないらしい。

 じゃあ庭で栽培したらいいじゃないかと言われれば、栽培の手間暇やギルドに行けばしなびてはいるがいつでも安価に売っていて、いざとなれば町の外に採りにいけばいいやと思えば、誰も栽培しようとは思わない。


「実はね、ここだけの話サナエに指名依頼がきているのよ。薬草をとってきてすぐに卸してほしいって」

「えっ!?」


 初めて聞いた。そもそも薬草採取してってだけで指名依頼がくるものなのだろうか。


「私だってこんな依頼初めてよ。けどうだつが上がらない錬金術士が『今までの薬草がよくなかったんだ』とかわめいてね。けど──」

「けど?」

「あっはっは、サリーナが一刀両断しちまってねぇ。『薬草なんてそこら中に生えているんだから、そんなに欲しけりゃ自分でとりいけ』ってね」

「い、いいんですかそんな対応で?」

「いいのいいの。どうせまともなポーションなんか作れない連中だし、そもそも指名依頼はD+ランクからしか受けられないのよ」

「・・・それも、冒険者を守るためですか?」


 よく知っているわね、とマーサが頷く。

 昔、初心者を冒険者登録させて指名依頼を出して詐欺や犯罪の片棒を担がされるといった事がままあったのだという。

 その辺りの話を聞くと「これも男神の性格が影響しているの?」と思わないこともないのだが、そのあとにちゃんと冒険者を守る制度が作られているのだがらどうなのだろうか。


「今でこそ大きな町にはギルドがあるし、村々にだってギルドと深い繋がりがある。けど昔はギルドも小さくて弱かったの。だからどんな仕事でも受けざるを得なかった。でもね、いつの間にか犯罪の片棒を担がされて、いつの間にか犯罪者になってしまう冒険者が増えていってね。だから変わったのさ」


 国の庇護下に入ることでギルドの運営と冒険者の地位を安定化し、しかしその代わりにAランク冒険者は国が定めた者にしか与えないという、名誉を奪われたとマーサは語る。


「ま、ここにいる連中はD+までしかいないからAランクなんて夢のまた夢さ。なんであたしらは実質損なんかしてないからいいんだけどね。──ほら、今日の報酬だよ」


 カラカラと笑う彼女は数え終えた薬草と薬根の報酬として五千二百円を渡してくる。ちなみに消費税はない。

 硬貨をしまい、汚れた麻袋とお金を受け取ってギルドを出る。

 ──陽はまだ高い。


 * * *


「んー・・・いい天気」


 この町に来て一週間と少しが経った。

 若干怪しまれるようなことも何度かあったのだが、ひとまず新米冒険者としての道のりは順調と言えよう。

 ──そう、新米冒険者あるあるで、貯金が底を尽きかけているのも例外ではない。


「女神様から貰ったお金もいよいよ残りわずか・・・」


 この町に来たときには十万円あった。

 そのうち宿代で四万円、食費で一万円が消える。そして保険にと買った小ぶりの剣が五万円。

 あとは薬草をひたすら集めて食い繋いできた。

 特別に品質がいいからと報酬に少し色をつけて貰ってたりするのだが、それでも稼ぎは毎日五千円くらい。


「えーと、宿代が三千五百円で朝食付き。食事が一回五百円ぐらいだから、昼と夜で千円でしょ?今日の報酬が五千二百円だから──」


 粗利で七百円の儲け。たった七百円だ。

 今、もし風邪でも引いてしまったら即露頭ろとうに迷うことになるだろう。

 最初は「治癒士なんだからヒールをかけてまわればお金なんてすぐ稼げるんじゃ?」と簡単に考えていたのがだ、そもそもヒールで直せる怪我はやっぱり大した事がなく、誰もヒールを頼もうなんて思っていないのだ。なのでこの考えはすぐに潰えた。

 治癒士一本で食べていくためには三つ目のスキルである「キュア」を習得しないと到底難しいらしい。

 なんとかしてお金を稼ぎたい。いや、稼がなくちゃいけない。女神様が残した言葉にあった「治癒士と聖女のスキルを身につける」ためにも。

 聖女のスキルについてはまだよくわかっていないのだが、治癒士のスキルを身につけるのは案外簡単で、教会や市販されている本から知識を吸収し、訓練すればいいのだとか。

 ──もっとも、タダでは教えてくれないのが世の常なわけで。


「治癒士が次に覚えられるスキルは『クリーン』。教会なら手ほどきに三万円。本ならさらに次のスキル『キュア』まで覚えられる内容で五万円か・・・道は遠いなぁ」


 単純計算、一ヶ月半ほど働けば三万円は貯まる。それまで毎日草むしりという名の薬草摘みかと思うと、ため息一つも出ると言うもの。

 それでも今日みたいに当たりがあれば、まだまだ時間は有意義に使える。


「うん、今日は町の近くで薬草を探そうかな」


 遠くへは行けないが、少しでも薬草があれば売り上げにつながる。気持ちを入れ替え正門に駆け出そうとした、その時だ。


「──あんた!ちょいとお待ちよ!」

「にょわっ!?」


 突如後ろから伸びてきた腕にガッシリと右手が捕まり、走り出そうとしていた頭と足が浮く。フリーだった左手でバランスを取れば、どうにか転ぶことは避けられた。


「まったく、最近の若い子はせっかちでいけないねぇ。いきなり走り出そうとするんじゃないよ、私まで怪我しちまうだろうに」


 それはこっちのセリフだと言わんばかりに振り返れば、恐ろしく印象深い老婆が私の腕を掴んでいた。

 腰は曲がり髪は白髪。顔に刻まれた皺が年齢を物語っている。

 だというのに掴まれている腕は芯の通った枝のように硬く、力強さを感じた。身につけている服がインド民族衣装のクルタに似ているのもそうだが、何より老婆から漂う強烈な

 鼻の奥をつんざくような、この香りはなんだろう。


「人の顔をジロジロと見るもんじゃないよ、サナエ」

「──ど、どうして私の名を?」

「はん、今この街であんたほど有名な新人はいないからね。聞けばえらいベッピンさんという話だったが・・・どうやら嘘じゃなさそうだね」


 人の顔を見るなと言っておいたくせに私の顔を舐め回すかのように見るのはどうなの?と不満げにすれば、老婆は「そういえば」とした様子で掴んでいた手を離す。

 そうしたら「あー引っ張られて腕が痺れちまったよ」とわざとらしく言うのだ。


「どこかタダで癒してくれる治癒士さんはいないかねぇ。──ねぇ、サナエ?」


 呆れた、の一言だ。

 よくもまぁここまでいけしゃあしゃあと言えるものだと感心する。


「はいヒール。──もうこれで痛くないでしょう?じゃ、私急いでいるので」

「これこれ、待ちな。用事もないのにあんたを呼び止めたわけじゃないんだよ」

「なんですか用事って・・・。まさか腰痛をとってほしいとかじゃないですよね」

「そりゃ魅力的な提案だね。──腰痛か、確かに」

「一回五千円になります」

「かーっ!こんな年寄りからお金を取ろうって言うのかい?これだから若いもんは」


 大袈裟な身振りで天を仰ぐが、すぐに「それはさておき」と老婆が向き直る。


「わたしゃサグア。町の皆からはサグ婆って呼ばれている薬師だよ」

「・・・話には聞いた事があります」

「普通新米冒険者っていったらみんな私の世話になるもんだけどね。うちの店に来ないのは自分で自分を癒せる治癒士か教会通える金持ち連中くらいだよまったく。──まぁいい。あんた、ちょいとお使いを頼まれてくれないかい?欲しいのは夢見草という貴重な薬草さ」

「なんで私が──」

「お金に困っているんだろ?もし夢見草を取ってきてくれたなら、夢見草から作れる薬をお前さんにも分けてあげよう。売れば三万円はする代物さ」

「三万円・・・!?」


 ──いやいや、おかしいでしょ。ヒールで五千円とかそういうレベルの世界で三万もする薬なんて、やばい薬しか考えられない。

 驚きから疑いへと変わる顔に気づいたのか、サグ婆はカラカラと笑う。


「はっはっは、安心をし。変な薬というのはそうかもしれないが、高いのにはちゃあんとわけがあるんだよ」

「わけ・・・?」

「あたしの店までついておいで。そこで説明してあげるさ。なあに、別にあんたを取って食おうなんて思っちゃいないよ」

「・・・・・・」


 そう言うとサグ婆は腰が曲がった老婆とは思えない速度で歩いていく。杖もついていないのに普通の人より早く歩けるのはなんでだろうか。

 考える時間が欲しかったのだが、人混みの中に消えゆくサグ婆は待ってくれそうにない。

 確かにお金には困っている。薬の説明もしてくれる。今の私からしたら美味しい話なのは間違いないのだけど、一人でノコノコとついて行っていいものかどうか。

 女神様から貰った隠密と気配遮断というスキル。これらを使えば何かあっても逃げられるかもしれないが、早苗はまだこの世界に来てそれらをしっかり使う機会がなかった。


「ま、なるようにしかならないね。女神様からもらったスキルを信じよう」


 サグ婆の後ろ姿を追って、早苗は駆け出した。

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