凡夫の思想

満梛 陽焚

凡夫の思想

 僕は凡夫である。

 いや、寧ろ最近ではゴミ屑にも及ばない人間であると自覚している。

 何故なら、こうして自らを凡夫であると言ってみせて、自分を可愛がり慰めている卑しい人間性を持っているし、公に発表することで、世間に広く知ってもらえると慮り、いずれは地位や名誉や資本主義的な成功をするんだ。と、乞い願う欲望も同時に合わせ持っている。これほど迄に、僕の信念は強欲に侵されているのだ。

 こんな第二義的な想いを持って文章を書いていたのでは、素晴らしい作品を作り上げる事はできないだろう。これでは、文章に霊魂たましいが宿るはずはない。

 以前、前述した邪な気持ちを多く内包した状態で、流行りだった転生物やLGBT関連の物語を書いてみたりしたが、僕の赤誠から出た真の物語では無い為、生命力のない三流以下、駄作以下の屑作品を生んでしまった。全くもって情け無い。

 それでも、こうやって書く事で奮起すると、臆病な肉体と精神を作り直し、再び我が運命に挑もうとする心意気が湧いてくる。

 これが悩ましい、人は山あり谷ありの人生を歩むのが当然であるが、心の有り様だけは何事にも左右されずにいたい。そう思うのに上手く行かないのである。

 この世は全て「くう」であればそれでいいのだけど、どうしても感情は消えない。真我にしてもいつまでもそこに居る。お前は一体どうしたいのだ、と、いつも無言で問いかけてくる。

 僕は逃げ出したいなどとは思っていない、元来立ちはだかるものに立ち向かって行く、そういった気性を持っている。

 しかしながら、僕は怠け癖があってどうしようもない、怠けることは簡単で楽だ。だからそれを気付かぬうちに選択し、目標から遠ざかってしまう。

 それで生きていければ、それでいいではないか、そう問われればそうかもしれない。しかし、躍動する生命の律動が怠惰な僕を突き動かすのだ。

 そして、また苦悩する。これを繰り返すのだ。

 ある種こういった性癖なのではないか、書きながらそう思う。

 そうであったとしたら、そんなものは要らない。僕には必要ない。

 僕は弛まぬ信念を持って、霊魂たましいの刻印がされた作品を作り上げたいだけだ。

 そう思った矢先から、悪魔の甘い囁きが聞こえる。この声は永遠に消えそうにない。

 家族、友人、職場、近所付き合いなどの人間関係は苦手である、その僕がどうやってこの悪魔と付き合えばいいのだろうか。

 野生の情欲が燻り、豊潤な愛を渇望しているが、できれば付き合いたくはない。

 ブルースギタリストのロバート・ジョンソンはクロスロードで悪魔に霊魂たましいを売り、それと引き換えに、卓越したギターの技術を得たという伝説があるが、果たしてそれは本物の技術なのだろうか。僕にはそうは思えない。彼は真摯にギターと向き合って、その技術を手に入れたのだと思う。

 ギターを演奏する事と文章を書く事は別物だが、自分自身から湧き上がる霊魂たましいの叫びを現実世界に現すという事では、音も文章も一緒だと感じる。

 僕は悪魔に霊魂たましいは売らない。争いもしない、愛し合うこともない、好きでも嫌いでもない、無視するわけでもない、共存する道を選ぶ。

 倒したところで新たな悪魔が現れるだろう。科学同様に発見の先に新たな謎が生まれ、また答えを探す。神秘は絶えまないのだ。悪魔くん、君の話しを参考にさせてもらおうではないか。

 兎に角お陰様で、僕にはこうして物を書く時間がある。書きたくても書けない人が、過去にも現在にも未来にも多くいよう、ならばその人達の分まで霊魂たましいの宿った作品を書かなければ、同じ気持ちを持つ者として罰が当たるのではなかろうか。

 何故なら、僕はこの世界は全て繋がっていると信じている。

 僕を構成する物質はこの限られた宇宙空間から作られ、君もまた僕と同じ宇宙空間の産物なのだ。共鳴しないはずはない。例えば、僕の中で小説を書きたいという思いのエネルギーを持った素粒子が生まれ、同じ思いを持った僕を知らない遠くの君の素粒子がそれを認識してしまえば、エンタングルメントが起こり、僕らは何かしらの変化をしてしまう。認識せずとも、ニュートリノの様に物質をすり抜ける際に、一方的に改変させてしまう場合もあるかも知れない。

 その場合も、一方的に変えた側にも反作用の力が起こる気がする。いずれにせよ、お互いに何かしらの変化が生じる。その変化が起こせる程、人間の力は無限の領域に存在する。

 そして、その変化が双方にとって良いものであって欲しいと願う。歪みあい、憎しみあい、不幸を願う様ではいけない。

 何故こう思うのか、それは簡単な事で、要は恩返しなのだ。そこからやって来た想いなのだ。

 僕は既に人生を折り返している、特にここ十年程は散々な物だった、ここで書く事は憚るが、完全なる自滅と云える。それに気付くのに時間はかかった、後少し先に進んでいたら、悪党になって捕まるか、食うことも出来ず野垂れ死ぬか、どうなっていたか分からない。その一歩手前で本当に様々な人に救ってもらった、その人達の善意と恩を受けてこうして何事もなく暮らせている。受けた善意や恩は返さなくては行けない。そうしなければ善意や恩に霊魂たましいは埋もれたままになり、軈て悪臭を放ち分解され消えて無くなる。それでは申し訳が立つまい。

 最後に偉そうな事を言って、締め括らせて頂きたい。

 これからの人生を価値ある物にするため、精力善用で事に当たろう。

 古人から現人うつしおみまで、集積された多くの知恵を使わせてもらい、道を踏み外さぬよう努めよう。

 よく働き、良き心を持ち、文章に霊魂たましいを刻印する。  

 これは、令和に生きる凡夫の思想である。

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凡夫の思想 満梛 陽焚 @churyuho

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