儀国の膿 ⑧

「今の儀国をどう思っているのか、か……」


 呟き、茶を置いた令劉の目に映るのは哀愁か、憎しみか。

 少なくとも誇っている訳でないことは確かだ。


「結論から言えば、滅んでしまえと思う」


 もの悲しそうに瞳を揺らしたと思ったが、顔を上げ明凜を見たときには確固たる意思があった。

 あまりにもハッキリと言うので今度は明凜の方が戸惑う。

 今までも良くは思っていなそうなことを言っていたが、まさかここまで直接的な言葉を使うとは思わなかった。


「二百年、この国を見てきた。非道な契約を結ばされたが、良い皇帝もいたし守ってきた儀国が繁栄していく様を見るのは誇らしかった」


 昔を懐かしむように、澄んだ青が細められる。

 滅んでしまえなどと口にしていたが情はあるらしかった。


「番を探しに行かせてもらえなかったのは今でも腹立たしいが、儀国を守ること自体はむしろやりがいもあったのだ」

「……では、なぜ?」


 あまりにも愛おしそうに語るので、明凜はつい聞き返してしまう。

 愛し、慈しんできた国なのだろう。

 なのに何故滅んでしまえなどと口にするのか。


「……戦や、反乱などの鎮圧も私が出向く。吸血鬼だからな。戦闘能力も高いし、隠密行動も出来る」

「……」


 淡々と紡ぐ言葉に、明凜は確かにと頷く。

 ほんの僅か垣間見た程度でも、人を超えた能力があるのだろうことは理解出来ていた。


「何度も儀国の敵を屠った。あるときは将軍として、あるときは暗殺者として」


 そうして敵を排除し、儀国は守られ大きくなった。

 むやみに戦を仕掛けてくる者もいなくなり、反乱もなくなって行ったのだと語る令劉に、明凜はあることに気付く。


(まさかとは思うけれど……儀国が未だ滅びていないのは令劉様が反乱などを鎮圧していたから?)


 いくら吸血鬼という人ならざる者でも、一人の力だけで鎮められるとは思えない。

 だが、近年起こった反乱も軍となる前に鎮圧されていた。本来の将軍達が出るとも思えない。

 あり得ない、と断じられない程度には状況がそろっている。


「だが、この数十年頻繁に起こっている反乱は今までと様相が違う」

「違う?」


 グッと眉間にしわが寄り、大きな鉛でも呑み込んだような顔をする令劉。

 問いかけで促した明凜を苦しそうな目で見て語った。


「反乱を起こす者には様々な理由がある。大義があるもの、逆に大義を掲げていてもその実は私怨や権力欲があるなど、本当に多種多様だ。……だが、どんな理由であろうとも反乱に参加しているものは猛々しい思いを抱えている」

「そう、ですね」


 明凜は反乱軍などというものに遭遇したことはないので確かなことは言えないが、それでも令劉の語る反乱軍の姿は想像できるものだった。

 だから頷き相槌を打ったが、続く令劉の話に言葉を失う。


「だがな、この数十年の反乱は……猛々しさなど欠片もないのだ」

「え……?」

「搾取され続け、このままでは生きていけないと反乱を起こした。だが潰され、鎮圧される。諦め搾取される側に戻ろうとも、生きる未来はどんどん削られていくだけだ。ついには反乱か死か、という状況にまでなってしまっている」


 そのような者達が起こす反乱に猛々しさなどないと語る令劉の目は、死人を哀れむような悲しみが映っている。


「腐りきった国の代償は、民の命という形で払われているのだ。民を守るための国が、守るべき民を食い荒らしているのだ。もはや国の形など虚構となっている。……だから、滅ぶべきなのだ」


 全ての苦しみや悲しみを呑み込む様に目を閉じた令劉を見て、明凜は胸が苦しくなり涙を滲ませた。


 嘘ではない。

 儀国を語る令劉の目は、嘘を語る者の目ではなかった。

 どれほど誤魔化そうとも、目には心が宿る。

 それを見分ける術を明凜は母から教わっていた。


 令劉の国を思うその心は、とても深い。

 この男は、どれほどの情をこの国に向けてきたのだろうか。

 長い年月この儀国を守ってきた令劉という吸血鬼は、皇帝よりも皇帝らしい。


 それを心で理解した明凜は、自然と涙をこぼした。

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