第四話:自己肯定感を取り戻せ①

 家に帰ってから支度をすまし、ベッドの上で思索にふける


 この時代、約15年前の世界に足を踏み入れた理由がある。それは、冬のある日、自己肯定感を大幅に失った瞬間に起因する。


 その日はいつもの幼馴染たちとともに下校していた。雨が降り続き、湿気が漂っていた。


 雨のささやきが絶え間なく、空気は湿気で満ち、まるで自然が静かに息をする詩のようだ。


 青白い霧が街を包み込み、古い木々はそのしっとりとした衣をまとい、しっとりとした風がやさしくささやく。


 深呼吸しながら、ふと川沿いの歩道に目をやると、捨てられた猫が目に留まった。


 その瞬間、心に深い痛みが広がる。小さな体が震えながら、迷子のように道端でうろつく姿は、無力で孤独な存在を感じさせる。


 彼らの目には恐怖と不安が宿り、周囲の世界が冷たく、どこにも助けがないことを物語っている。


 か細い鳴き声が心に響き、彼らの不安と孤立感が伝わってくる。その姿に接すると、自分ができることをしてあげたいと強く感じる一方で、社会の無関心や限界にも気づかされ、心が痛む。


 助けようとした瞬間、足を滑らせ、猫と一緒に川に落ちてしまったのだ。猫は流されてしまい、私はぎりぎりで大人に救出された。


 その出来事がもたらした傷跡は、15年経った今もなお私の体に残っている。


 傷を見るたびに、自分の安易な行動がもたらした命の喪失を思い知らされるのだ。


 その深い後悔こそが今もなお自分をむしばむ自己肯定感の欠如に繋がり、さらなる機械工学の発明に進むことができないきっかけでもあるのだ。


 いつのときも幼馴染はしっかりと私と向き合って、責任を肩代わりしようとするが、どれも耳に入らなかった。


 対処法はいくつか考えているが…まず、この事件での要点は2つ①猫の保護②川に落ちないことである。


 ——まあなるようになるだろう。今は考えても無駄、さっさと寝よう。



 朝田さんとの文化祭、体育祭が過ぎていよいよ冬がやってきた。


 朝田さんが実年齢を隠して無邪気に走り回ったり、大声で笑い合ったりするのがおかしくていつも隅っこでくすくす笑っていた。


 その様子をみては幼馴染2人は「もしかして…好きなんじゃないの」、とか邪推するもんだから引っ叩いておいた。


 べつに私にとって朝田さんは男女の関係である以前に、過去遡行のパートナーであり、本来この時代にいるはずのない存在なのだから…


 放課後にぐったりとしていると誰かから、急に声をかけられた。

 

「千紗さん! 一緒に帰ろうよ」

 

 「朝田さん!? 一緒に帰るって…えぇ?」


 「そんな変なことをするつもりはないよ。ただ一緒に寄り道したいところがあっただけだよ。」


 今朝、アイツらに邪推されたせいで変に意識しちゃうじゃない。


 朝田さんは放課後に私を引き留めて、寄り道に誘った。どうにもボウリングに行きたいらしい。


 ボウリング場に着くやいなや、慣れた手つきで借りるものを借りて、整ったフォームで投げ始める。


 「ほら千紗も投げなよ」


 ———呼び捨て…


 うん。と、軽く返事をした後、力任せに投げてみる。まあ結果はガーターだが勢いはあったと思う。


 「うっわ、めっちゃ下手ですね」


 そう言った朝田さんはフォームこそ整っているもののそんなに上手くはない。


 「え、瑛二の方こそ下手ですよ」


 意趣返しで呼び捨てしちゃった…怒られないかな? 恐る恐る隣を見る。


 「千紗…」


 彼の甘い言葉にドキッとする。普段の丁寧な言葉遣いを超え、その響きに心がとても弾む。


 私を特別扱いするような眼差しに心打たれ、ほろ苦くも甘い感覚で溢れてくる。


 いや、呼び捨てはまぁいいんだけども…流石に距離近すぎじゃないかしら? たしかに今までのことを踏まえると仲の良い間柄ではあると思うけど、恋仲になるつもりはないし…


 「千紗さん、なにうっとりとしてるんですか?」


 「いえすみません妄想の中に入っていました」


 本当に魔性の魅力というか…見つめられるだけですごい妄想をしてしまっていた気がする。


 こほんと咳払いをした後、ボールを持ちながら彼はいう。


 「そろそろ、が来ますよ」

 

 「…はいそうですね」


 「何か具体的な対策とか考えているんですか?」


 いえ全く…と、首を横に振ると呆れたような顔をした朝田さんが見えた。


「何のために過去遡行してきたんですか!? まさか小学生活をもう一回楽しむためじゃないですよね?」


 何も言い返せなかった。日々を無駄に過ごし、熟した脳でテストでチヤホヤされて、まして目の前の男に色恋を考えるとは…


「あの…ごめんなさい! 目的を見失っていました。」


 わかればいいんですよと軽く舌打ちをして言う。彼の蔑視は私の胸にグサリと刺さり、鋭い目はまるで狩りをする猛禽類のようだ。


 お通夜みたいな雰囲気のボウリングが終わり、それぞれの帰路に着くはずだった…


 朝田さんが申し訳なさそうにぼそっと千紗に言った。


「千紗さんのお宅に泊めていただけませんかね…実は社宅でトラブルが起きてて」







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