第三話:再会の彼方
過去遡行をした直後、千紗の頭が焼けるように熱くなった。苦痛に悶えていると、懐かしい声が聞こえてきた。
「千紗! 早く起きなさい!」
———お母さんの声? すぐに起きたいけど体が動かないのだ…それに視界も真っ暗でなにも見えない。
布団に潜り込んでいた千紗は、暖かく包まれたままリラックスしていた。その時、お母さんが部屋に入ってきて、にっこりしながら布団を軽く引っ張った。
瞬時に布団が引き
ぼんやりとした視界が机の横の鏡をとらえた。そこには26歳とは思えない…いや小学5年生くらいの少女が写った。
そこに映るのは、確かに自分自身だが、どこか違う。顔は似ているがその目には、この世界を純粋に楽しむような光が宿っていた。
つまり、過去遡行は成功した。15年前の世界
に戻ってくることができたのだ。
「どうして鏡ばかり見てるのさ? 学校遅刻するよ」
母はきょとんとして私の姿を見ている。そういう私は若くなった自分の姿を見て
母の声で目覚めて、懐かしの朝ごはんを食べて、通学路を歩く。昔ながらの家並みや変わらない風景に包まれて、思い出が次々と蘇ってくる。
周囲の景色や人々の匂いがかつての自分と重なって懐かしい感覚が広がってくる。
気づいたら、もう学校に着いていた。校門には
子どもたちの楽しそうな声が聞こえてくる廊下や教室の壁には彼らの作品や掲示物がある。
「おはよう、千紗ちゃん」
教室に入ってすぐ、そうやって声をかけてくれたのは幼馴染の
挨拶を交わした後、自分の席に着こうとしたがどこの席だったか忘れた。仕方なく机や椅子に貼られた名前シールを探す。
よかった、見つけた吉田千紗の席はここだな。安心して腰を下ろし、荷物を整理し始めようとした時に、
「おい、千紗! ここ俺の席なんだけど」
声を鋭く尖らせたやつがいた。こいつは犬猿の仲であり、しょっちゅう喧嘩していた
「ごめん樹、ところで私の席知らない?」
「そこだよ、そこ!」
指さす席は窓際の最後列。そういえばそんな場所に座っていたなと思い返して今度こそ荷解きをする。
不思議なことに隣の席には誰もいなかったはずなのに、椅子と机が用意されている。
窓からふと風が優しく頬を撫でる。その風は温かくて心地よい、まるで自分が自然と優しく会話をしているような気持ちになる。
風がカーテンを揺らす音や木々の葉がさわさわと踊る音が、教室の朝の静けさの中で軽やかに響いている。
そうしているうちに、朝のホームルームが始まった。
自分より3歳年下の教師が立派に名簿を見て出欠確認をしている。
もはやその姿に嫉妬心はなく、ただ感嘆していた。
---
「それでは、今日は特別な紹介があります。新しく転校生が加わりました。皆さん、彼を温かく迎えてあげてください。」
教室内が静まり返り、生徒たちの視線が教師に集中する。教師が振り向いて、ドアを開ける。
先生が連れてきた男には見覚えがあった。本来この時代にいるはずのない人である。
「転校してきました、朝田瑛二です。よろしくお願いします」
やっぱり…朝田さんだ! どうして一緒にタイムスリップしてきたのだろうか?
それにしても美形!!
彼は幼さの中に大人の影を宿していて、瞳は深い湖のように静かで、ニヤッとした微笑みは星々の囁きのように、静かに心に残る。
「それじゃあ朝田くんはそこの席に座ってね」
先生の呼び声が指す方向は私の隣の席。偶然か必然か、彼は私の近くへやってきた。
「よろしくね吉田さん」
その一言には深遠な意味が込められているように感じられて、彼の目には無言の信頼と成熟した優しさのようなものを感じた。
ただの挨拶のはずなのになぜか特別の言葉のように捉えられる。
––
休み時間になると、教室は一瞬の静けさを破り、興奮と好奇心の波が押し寄せる。
転校生に集まる生徒たちは、まるで新しい珍しい宝物を見つけたかのような目で、その少年に問いかける。
「どこから来たの?」「前の学校はどうだったの?」一つ一つの質問に、彼は笑顔を作りながら、丁寧に答える。
生徒たちはその微細な反応を見逃さず、さらに詰め寄り、興奮を隠せずに質問を重ねる。
その場の空気は、彼の答えによって刻一刻と変わっていく。
––
放課後になり多くの生徒は帰宅している。
放課後の教室は、静寂に包まれていて、夕陽が窓辺に柔らかな黄金の筆で、床にひそやかな光の模様を描く。
机と椅子は無言で佇み、教室の空気は古い書物の香りと、微かに残る教室の息吹を抱えている。
黒板にはまだ授業の
外では、風が木々をささやき、遠くの子供たちの笑い声が時折、静寂の中に溶け込み、夕暮れの静かな詩を奏でている。
「朝田さん、そろそろ話していただけませんか?」
白々しく座っている朝田さんに対して鋭い目をおくる。
「人の過去に何勝手に入り込んでるんですか?」
「いや〜、まずはそうですね。無許可に入ってしまい申し訳ございませんでした。」
それで…と、続けて言う。
「一応初めての過去遡行ですし、サポート係として一緒に行こうかと…」
「確かに…心強いですけども」
「もちろん私がいた記憶は消えますよ、記憶の一時的なものですから」
朝田さんは伏せ目でそう言った。別に消さなくてもいいんじゃないですか? とかそういう言葉は不思議と出てこなかった。
「はい、これが私の連絡先です。何かあったら連絡して下さいね」
朝田さんは連絡先を書いた紙切れを渡して颯爽と帰っていった。どうやら「トーマスの発明の種」の社宅があるようだ。この時代の会社に寝泊まりできるとは…全くすごい技術だな。
帰り際に懐かしの自販機を見つけた。ただの金属の箱で中には清涼飲料水が入っているだけだ。
だが、それを発明した人が金属の中に見えて、人間の優しさが感じられる気がする。そういった発明が街を豊かにするんだろうな。
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