第7話 屋上を解放している学校は無い。

僕は基本的に、昼休みに昼食を取ったりはしない。朝ごはんだけで夜まで十分持つからだ。だから、昼休みの時間になると、いつも屋上に来ている。


「え?普通、屋上は開いてないんじゃないかって?」


そうだ、普通なら屋上は開いていない。誰もが知っている事実だ。だが、昼休みになると"ある人"がドアを開けるため、僕は屋上に自由に入ることができる。その"ある人"とは……


「やぁやぁ、また来たのかい、後輩君。1ヶ月半ぶりだね。」


そう、こいつのせいだ。


こいつは真坂望まさかのぞみ、三年の風紀委員長だ。だが、風紀を守るどころか、彼女自身が風紀を乱していると学校中で噂になっている。長いくせ毛に、目まで隠れる前髪。そのくせ「風紀のため」と理由をつけて、屋上の鍵を持っているという、ちょっと変わった先輩だ。


「今日は何をしに来たんだい?告白かい?」


望先輩はいたずらっぽく笑う。


「嫌ですよ、告白するならもっと可愛い子にします。」


「てめぇ、失礼な奴だな。」


そう言うと、望先輩は僕の肩を軽く殴ってきた。力は強くないが、その行動が彼女らしい。


「屋上には、風を感じに来ただけですよ……。」


望先輩はしばらく考えてから、ふっと口を開いた。


「……賢者タイムの発散しに来たの?」


やはり、この学校の風紀は完全に乱れている。


「違ぇよ、バカ。」


「貴様、先輩にバカと言ったか!?頭に来ますよ!!」


「バカにバカって言って、何が悪いんですか?」


すると、望先輩は僕の肩に手を置き、まるで大きな真実を語るかのように言う。


「後輩君、それは高度な自虐ネタかい?」


イラッときた僕は、思わず望先輩の肩を軽く殴り返した。


「暴力変態!」


「お前が言うな!あと暴力反対な!」


はぁ……。僕は心の中でため息をつく。学園漫画とかだったら、風紀委員ってもっと前髪が短くて清楚な髪型をしているはずだし、少しの下ネタでも顔を真っ赤にして恥ずかしがるのが定番だろう。でも、この人はその真逆だ。


こんな人が風紀委員で本当に大丈夫なのか、つくづく不思議に思う。僕は屋上のフェンスに寄りかかり、そのまま座り込んだ。秋の風が少し冷たく、心地よい空気が体を包み込む。しばらくその静寂を味わっていると、望先輩も僕の隣に腰を下ろす。


「ねぇ、後輩君。」


望先輩がまた話しかけてくるが、僕は無視を決め込んだ。どうせろくでもない話に違いない。すると、彼女はさらに距離を詰めてくる。


「聞いてる?耳鼻科行く?」


「近い。」


顔が本当に近い。僕は距離を取ろうとするが、望先輩は楽しそうに笑うだけだった。


「屋上に出て黄昏れるのも、あと6ヶ月程しかないんだぞ〜。」


望先輩が何気なく言った。確かに、この先輩が卒業してしまえば、僕の昼休みのお楽しみは一つ減るだろう。屋上で風に吹かれながらぼーっとする時間が無くなってしまうのだ。


まぁ、仕方ない。そんなことを考えながらぼーっとしていると、二人きりの気まずい沈黙が訪れた。会話が途切れた瞬間のこの感じ、なんとも言えない気まずさだ。そして、そんな状況を打破したのは望先輩だった。


「後輩君、夏休みは何してたのかね?」


「短期バイト。」


「わぁ、すっごい社会的な返答が返ってきたねぇ。」望先輩は少し驚いた表情を見せる。


「もっとなんか……青春っぽいこと、しなかったの?」


「無い。」


「海に行ったりは?」


「無い。」


「花火をしたりは?」


「ないです。」


望先輩はしばらく考え込んだ後、ニヤリと笑いながら言った。


「彼女出来たとかは?」


「出来てたら、こんな所で黄昏れてません。」


「つまらない人生だねぇ。」


くそ!めっちゃムカつくけど、ホントのことだから言い返せねぇ!悔しさが胸にこみ上げてくるが、僕は何も言えないままじっとしている。


その瞬間、望先輩は突然フェンスをよじ登り、屋上の端に立った。


「先輩!?何してんすか!止めてくださいよ、ホントに!」


「別に飛び降りたりはしないわい。」


望先輩はふっと笑いながら、遠くを見つめるように言った。


「ただ、時々思うんだよね……ここから飛び降りて、生まれ変わったら何になるんだろうって……。」


「………………厨二病ですか?」


「やっぱり飛び降りようかな!!!」


「冗談です!止めてください!」


望先輩の言葉に焦りながら、僕は必死に声を張り上げた。


「先輩が飛び降りたら、僕も飛び降りますからね!」


「心中……ってコト!?」


「違ぇよ、突き落とすぞ。」


望先輩は笑いながら、フェンスからこっち側に戻ってきた。


「まぁ、冗談は置いといて。」そう言いながら、軽く背伸びをしてリラックスした表情に戻る。


「後輩君、お腹空いたんだけど、何か持ってないかい?」


「いや、別に……」と言いながら、僕はポケットを漁る。すると、出てきたのは……。


「ちくわしか持ってねぇ。」


「なんでちくわ持ってんの!」


望先輩は、驚きの表情で僕を見た。そうだ、僕だってちくわを持ってる理由はわからない。


「非常食です(嘘)」


「……要ります?」


「要らないよォ!」


望先輩が大げさに手を振って拒否する。その反応に、僕は思わず苦笑いを浮かべた。ちくわをポケットに戻し、ふと周りを見渡すと、風が少しだけ強くなっていた。


キーンコーンカーンコーン


昼休み終了のチャイムが校内に響く。いつもの音が、どこかしら少し寂しく感じる。


「はぁ……じゃあ僕は教室に戻りますから……。」


立ち上がりながら、屋上のフェンスに背を向けた。


「そうかい。じゃあ、また明日の昼休みに。」


望先輩は風に髪をなびかせながら、軽く手を振って見送ってくれる。その表情はいつものように飄々としていて、何も変わらない。僕はその様子に、どこかホッとしつつも、少しだけ名残惜しさを感じた。


屋上のドアを開けると、廊下に冷たい空気が流れ込んできた。足早に教室へと戻りながら、僕は自然と明日の昼休みのことを考えていた。いつも通り、またここに来るだろう。


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ネット廃人のワイに恋愛はできるンゴか? 霜月二十日 @tadanosyousetukaki

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