第6話 保健室、それは憩いの場

保健室に着いた僕は、すぐにアイラをベッドに寝かせ、事情を保健の先生に伝えた。


保健の先生は、ちょっと面倒くさいタイプだ。

足首のあたりには無数の猫に引っ掻かれた跡が見える。

なぜこんなにも猫に懐かれないのだろうか。


「光稀くんは戻っていいよ。」

先生は、手をひらひらさせながら言った。


だが、僕はその言葉を食い気味に遮った。


「先生!僕もアイラの様子を見ます!」


「……サボりたいだけでしょ?」先生は呆れたように僕を見ている。


「ち、違いますよ!」思わず反論するが、保健の先生はまたも呆れ顔を浮かべてため息をついた。


「はぁ……じゃあ、とりあえずこれをその子の首に巻いて。」


先生は冷たい濡れタオルを手渡してきた。僕はそれを受け取り、慎重にアイラの首にタオルを巻いた。タオルが首元に触れると、ほんの少しだけ彼女の体が反応したように見えた。アイラの肌はまだ汗ばんでいて、触れるたびに冷たく湿った感触が手に伝わる。


「保健室は涼しいし、今は目が覚めるまで水分も飲ませられない。だから、少し様子を見てあげて。あと、これをその子の指に挟んで。」


先生はカバンから何か機械を取り出し、僕に渡した。小さなクリップのような形をしたそれは、指に挟むタイプの機械だった。


「なんすかこれ?」


「簡単に言えば、血液の酸素を測るやつだね。」


へぇ〜

僕はその機械をアイラの指に挟んだ。冷たくて少し硬い感触が指先に伝わってくる。アイラは相変わらず目を閉じているが、呼吸は少し安定してきたように見える。


「大きい方の数字はどれくらい?」


画面に表示された数字は94。小さな文字では96と出ている。


「94って出てます。」


「94%ね……少し低いけど、多分大丈夫だろう。目が覚めたらこれを飲ませてあげて。」


と言って液体の入った紙コップを渡してくる


「あと、隣のベッドから枕を取って、足を少し上げるようにしてあげて。」


先生の指示に従い、僕は隣のベッドから枕を取り、アイラの足元にそっと置いた。

だが、先生が「多分」と言ったのがどうにも気になる。さっきこの人多分って言ったよな?適当な人だな


その後、僕はアイラの様子を見守りながら、保健の先生と軽く話をした。


「まぁ、大丈夫そうで良かった。」


「光稀くんがすぐに連れてきてくれたからだよ。もしもっと酷くなって、呼吸してなかったら、人工呼吸してもらうところだった。」


この先生、生徒に向かって何言ってんだ。心の中で思わずツッコミを入れる。だが、それはそれで……

※絶対やめましょう


保健の先生は、さらに続けて言ってきた。


「光稀くん、もしかしてアイラさんのこと好きなの?」


ニヤニヤしながら、まるで僕をからかうような表情を浮かべている。なんだ、この先生……すごくめんどくさい。

しかし、この状況で冷静に返せるほど僕の頭は回らない。


「べ、別に?」


一番ダメな回答をしてしまった。やばい、余計に疑われるじゃないか。だが、もうどうにもならない。


「ふーん、まぁいいけど。」


先生はまだニヤニヤしたままで、とてもウザイ。僕の中で、なんとも言えない感情が沸き起こってくるが、今はそれを無視するしかない。


やがて、保健の先生は立ち上がり、僕に言う。


「じゃあ、私は一旦職員室に戻るから、アイラさんのことよろしくね。」


「はい、分かりました。」


そう言うと、保健の先生は軽く手を振って保健室を出て行った。保健室に静寂が訪れる。僕はアイラが寝ているベッドの横にある椅子に腰を下ろした。アイラの寝顔は……やっぱり可愛い。


時間がどれくらい経っただろうか。数十分は過ぎたかもしれない。すると、アイラがゆっくりと目を開け、僕の方を見た


「ん......あ......ごめん……私、途中で倒れちゃって……。」


彼女の声はまだ少し弱々しいが、無事に目を覚ましたことに僕は安堵した。


「体調はどう?大丈夫そ?」


「うん、大丈夫だけど……」アイラは少し困ったような表情を浮かべる。

「もう疲れちゃって……全然動けなくて……。」


どこかで聞いたことのあるセリフだなと思いながら、僕は彼女のためにできることを探す。


「とりあえず、これ飲めるか?」僕は保健の先生からもらった水の入った紙コップを見せた。


「ごめん……動けないから、飲ませて欲しいかも……。」


アイラは恥ずかしそうに、かすかに顔を赤らめながら言った。その表情がなんともいえず可愛くて、僕の心臓が少しだけ跳ね上がる。自然に動いた手で、僕は紙コップを彼女の口に当て、ゆっくりと水を流し込んでいった。


!!!


このシチュエーション、自然にやったけど……ヤバくないか?アイラに飲ませるなんて、距離が近すぎる……。

僕は内心で焦りつつも、顔にそれを出さないように必死だった。


「ありがとう。」アイラは微笑んでお礼を言う。


「どういたしまして。」


こっちからも「ありがとう」...それしか言う言葉が見つからない...


紙コップを机の上に置き、僕は再び椅子に座り直した。保健室には再び静寂が訪れ、しばらくの間、沈黙が流れた。だが、その沈黙を破ったのは、アイラの方だった。


「ねぇ光稀。」


「ん?どうした?」


「その……授業は出なくて大丈夫なの?」


「大丈夫だよ、保健の先生にアイラを見ていてくれって言われたし。」


「そっか……ありがとね。」


再び沈黙が流れたが、またもやアイラが口を開いた。


「ねぇ光稀。」


「ん?どうした?」僕は再び返事をする。アイラは、少し恥ずかしそうに顔を赤らめながら言った。


「その……光稀がここまで運んでくれたの?」


「まぁ、そうだな。運んできたぞ。」


「その……私、重かったでしょ……?」


アイラはモジモジとしながら言う。その様子がまたもや可愛らしく、僕は思わず笑いながら答えた。


「全然大丈夫だったよ。」


「そっか……ありがとね。」


僕たちはそのまま静かに過ごしながら、保健の先生が戻ってくるのを待つことになった。

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