第5話 持久走、それは横腹破壊競技
というわけで、体育の時間がやってきた。
校庭には秋の日差しが柔らかく降り注ぎ、風が少し肌寒い......訳もなくクソ暑い。
最近の秋は夏になったのか?
体育の先生は高岸先生、190cm、髪は茶、筋肉モリモリマッチョマンの変態だ。
正直、体育の時間にはあまり楽しみがない。
唯一ある楽しみと言えば、女の子の体操服を見るくらいだ。
それに、腕を上げた時にチラッと見える脇や、授業が終わった後の汗の匂い……そのくらいしかない。
「変態な楽しみしかねぇじゃねぇか。」
蓮が横から声をかけてきた。
こいつは僕の心の声を読んでいるのだろうか
「うるせぇ!」
さて、今日の体育は持久走だ。秋と言えば持久走というのが学校の定番行事だ。長い距離を走らされて、横腹を痛くして、息が切れるだけの地獄の授業である。何が楽しいのか、さっぱり理解できない。走り続けるだけで、脳が空っぽになるようなこの時間……僕はいつも無心で終わらせることにしている。
さらに、僕が体育を嫌いな理由がもう一つある。それは、イケメンが汗を拭く時に見せる腹筋だ。シャツを軽く上げて、汗を拭うあの瞬間。女子たちがキャーキャーと騒ぐ声が教室にまで響き渡るのが、僕には耐えられない。
「ただの嫉妬じゃねーか。」
蓮がまた口を挟んでくる。確かに嫉妬と言えば嫉妬だが、それをあえて言葉にするなよ、と心の中でツッコミを入れる。
「うるせぇ。」
それにしても、もし僕が汗を拭いたらキャーキャー言われるのだろうな
※ただしイケメンに限る。
僕がイケメンじゃないって言いたいのか?
※?!
絶対にしてはいけない米印テロップにツッコミを入れつつ、心の中で軽くため息をついた。
とりあえず、持久走は前半と後半に分かれて1500mを走る。
僕のいる組は前半だ。蓮とアイラが一緒の組にいる。特に気にするつもりはないが、少し気持ちがざわつくのも事実だ。
「なぁ光稀、俺一緒に走ろうやー。」
蓮が横で軽く肩を叩いてくる。
「やだ、1人で走れ。」
「えー、1人で走るとかつまんなーい。」
「僕はアイラと走るからな。」
そう言った瞬間、蓮がすかさず反応する。
「ちぇ、結局女かよ。」
蓮が顔をしかめて茶化してくるが、僕は言い返すことができなかった。
べべ、別に女の子と走りたいわけじゃない……。
ただ、汗の匂いを間近で嗅ぎたいだけで...
それに、蓮と一緒に走ると、無理にペースを合わせるのがしんどいし、疲れるだけだ。
ちなみに僕の持論だが、「持久走とかマラソンで一緒に走ろうぜ」と言うやつの9割は嘘をついていると思っている。
とにかく、まずはこの1500mを無事に走り切ることが最優先だ。
千里の道も一歩からと言うが正直一歩踏み出すのがキツイ。
僕は蓮と別れ、アイラの所へ向かった。
「アイラー、一緒に走ろうぜ~」
「え...あ...うん...」
その一言に、アイラは少し戸惑ったが笑顔を返してくれる。
可愛いな、ほんとに。
この笑顔を見た瞬間、走る気力が少しだけ湧いてくる。
僕たちの組がスタートの合図とともに走り始めるが、正直、運動不足の僕には持久走は厳しいものがある。
最初は無理をせず、ペースを抑えて走ることにした。ゆっくり走れば、半分くらいまではなんとかもつだろう。僕は隣を走るアイラに話しかける。
「なぁ、アイラ。」
「どうしたの?」
「着いて来れてるか?」
ちらりとアイラを見ると、彼女は笑顔で頷いた。
「今の所は大丈夫...」
そのままペースを保ちながら半分ほど走った頃、アイラが僕の方を見て、少し疲れた表情を浮かべた。
「ねぇ……少し疲れてきた……。」
アイラの顔には汗が滲んでいて、額から髪にかけて汗が光っている。はぁはぁと荒く息をしながら、疲れが全身に表れている。その汗がほんのりと甘い香りを運んでくるようで、僕は一瞬、心がざわついた。
汗だくのアイラが、なんだかすごく……えっちだ(特に汗が)
だが、そんなことを考えてる場合じゃない。僕は少しでも気を楽にしてあげようと声をかけた。
「じゃあ、ペース落とすか?」
しかし、アイラは首を横に振る。
「だ……大丈夫、最後まで走るよ!」
そう言って笑顔を見せてくれるが、その顔には明らかに疲労の色が浮かんでいる。息は次第に荒くなり、顔も赤くなってきている。段々と苦しそうな呼吸が続き、僕の心も焦りを感じ始めた。
あと少し……あと少しでゴールだ。横腹が痛い。もう限界だ。だけど、アイラも頑張っている。僕もここで倒れるわけにはいかない。
そして、ついにゴールが見えてきた。アイラは顔を歪めながらも、一歩一歩前に進んでいる。その姿に、僕も全力で走ろうと気合を入れる。
「あと少し……」
横腹の痛みがますますひどくなり、息をするたびに刺すような痛みが走る。だけど、もうゴールは目の前だ。なんとか頑張って、ゴールラインを越えた瞬間、僕は膝に手をついて、全身から力が抜けるのを感じた。
近くを見ると、蓮が完全にぶっ倒れている。
「止まるんじゃねぇぞ……」
蓮がどっかの団長みたいに息も絶え絶えに呟くが。ゴールしたんだから止まらせてくれよ。
「ハァ……ハァ……」
息が切れて、胸が苦しい。全身が酸素を求めているのに、うまく息が吸えない。やばい、普通に吐きそうだ。
走り終わった後のこの感覚、何度経験しても慣れない。
すると、アイラがふらふらと僕の方に近づいてきて、そのまま僕の肩に寄りかかるように倒れこんだ。
「大丈夫か……?」僕は慌てて声をかけるが、返事がない。
彼女の顔は真っ赤で、額には汗がびっしりと滲んでいる。呼吸も浅くて、苦しそうに見える。まさか熱中症だろうか?九月とはいえ、ここ最近は異常に暑い日が続いている。この状況は、思っていたよりも深刻かもしれない。
そんな様子を見た高岸先生が、筋肉の塊のような体を揺らしながら急いで駆け寄ってきた。
「大丈夫か?!アイラさん!」
その声が響き渡る。僕は焦りながらも、どうすればいいか迷っていた。
「光稀くん、保健室に運べるか?」
高岸先生の声で、ようやく頭が回り始めた。僕は頷き、なんとか冷静さを保とうとする。
「あ、はい。」
言葉が詰まりながらも、僕はアイラを慎重に抱き上げた。お姫様抱っこだ。彼女の体は軽く、すんなりと僕の腕の中に収まる。だが、同時に彼女の体操服が汗でびっしょりと濡れている感触が手に伝わってきた。冷たくて湿ったその感触が、僕の心をざわつかせる。
(すっげぇ罪悪感……興奮しちゃうじゃないか……♤)
彼女の汗が、ほんのり甘い香りを漂わせているのが分かる。僕の理性をかき乱すように、その香りが鼻をくすぐる。手に伝わるびちゃびちゃの感触も、なんとも言えない。だが、今はそんなことを考えている場合じゃない。
僕は心の中で自分に言い聞かせながら、アイラをしっかりと支え、足早に保健室へと向かった。廊下を走りながら、彼女の呼吸が少しでも安定するようにと、ただそれだけを願った。
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