第3話 実際弟に優しい姉は存在しない。

帰りたくねぇ……。


理由は簡単だ。僕にはすごくめんどくさい姉がいるからだ。

しかし、帰らないという選択肢を取るのも、さらに面倒なことになるのは目に見えている。

仕方なく、渋々ながら玄関の扉を開けると、案の定、そこには僕の姉、霧島奏音きりしまかのんが待ち構えていた。

まるで僕が帰ってくるタイミングを知っていたかのように。


奏音は僕より少し背が高く、髪色は同じで、まっすぐに腰くらいまで伸びたストレートヘアが特徴だ。彼女の存在感が家中に満ちていて、まるで逃げ場がない。


「たでいまー。」


「おかえり、弟よ。ご飯にする?お風呂にする?そ れ と も──」


「疲れてるからお風呂で。」


奏音が決め台詞を言おうとしたところを、僕はさっさと遮った。彼女の口から出る言葉を予測して、それを避けるのが、長年の経験から染みついている反応だ。


「やだぁ、弟ったらお姉ちゃんとお風呂だなんて……大胆♡」


「なんでお前がセットで付いてくるんだよ!」


「結構なハッピーセットでしょ?」


「ハッピーセットなのはお前の頭だ。」


そう言うと、奏音はすぐに涙目になっている。


「ひどい……お姉ちゃん泣いちゃう。」


「はいはい、泣け泣け。」


僕はそのまま姉を置いて風呂場へ向かう。

姉がめんどくさい理由は、それだ。

彼女は強度のブラコンなのだ。まるで自分の存在を僕に全面的に押し付けてくるような感じで、まったく息が詰まりそうになる。


風呂場に入り、熱い湯に体を沈めると、今日一日の疲れがじわりと体にしみ込んでいくのがわかる。湯気が肌を包み込み、筋肉のこわばりが少しずつほぐれていく。僕は目を閉じて、今日の出来事を思い出した。


はぁ……疲れたな、今日は。


アイラとの出会いや、コスプレ喫茶の話し合い、そして家に帰ってきてからの奏音のめんどくささ。これからの日々が、今まで以上に濃くなることは間違いないだろう。コスプレ喫茶か……何を着よう……。


そんなことをぼんやりと考えながら、僕は風呂から上がる準備を始めた。タオルで体を拭きながら、明日へのエネルギーを少しだけ補充できた気がした。


そしてリビングに向かうと、テーブルには夕食がきちんと並んでいた。今日は唐揚げと味噌汁か……。香ばしい唐揚げの香りが鼻をくすぐり、味噌汁からはほのかに香る出汁の匂いが広がっている。


家には両親がいないため、いつも姉が作った料理を食べている。

面倒くさいってことを除けば、完璧なのにな……。


「いてできめす。」


僕はそう言って、唐揚げを一口頬張る。表面はカリッと揚がっていて、中はジューシーで、鶏肉の旨みが口の中に広がる。うん、普通に美味しい。

こいつの料理は、いつも期待を裏切らない。


そして、僕たちは食べながら会話を始めた。


「で?今日何があったの?」


「今日?特に何もなかったよ。」


「嘘つけ!弟からこんな女の匂いがするのは初めてだもん!」


「お姉ちゃん、誰にも言わないから言ってごらん?」


いきなり奏音が真剣な顔になる。その表情の変化に、僕は少し身構えた。


「誰犯したの……?」


「犯してねぇよ!」


「じゃあ、この匂いはなんなの!」


「転校生だよ!」


「転校生……犯したの……?」


「だから犯してねぇよ!」


「だって弟がお姉ちゃん以外の女の子に近づけるわけないじゃん……犯す以外ないじゃん……。」


「お前、僕のことなんだと思ってるの?」


僕は姉に質問する。すると、奏音は一瞬の間を置いてから真顔で答えた。


「人畜無害。」


こいつ……1回ぶん殴ってやろうか。

結局、僕は姉に今日あったことを話す羽目になった。


「弟よ……授業中の妄想をホントのことみたいに話さないで……お姉ちゃん、恥ずかしいわ。」


「妄想じゃねぇよ!」


どうやら、奏音には僕が授業中に妄想していると思われているらしい。彼女のその勘違いに軽くため息をつきつつ、食事を終えた僕は静かに自分の部屋へ戻った。



「弟の部屋にお姉ちゃんさんじょー!」


奏音が勢いよく僕の部屋に入ってくる。


「帰れ。そして死ね。」


「やだ!」


奏音はそう言うと、僕のベッドに寝っ転がり始める。彼女の髪がベッドに広がり、シーツの上でまるで占領地のようにスペースを取っていく。


「おい、僕のベッドで寝るな。」


僕は奏音をベッドから引きずり下ろす。そしてそのまま、彼女は床に倒れ込む。


「ひどい!お姉ちゃんをこんな床で寝かせるなんて!」


「…………!」


彼女の声に反応して、何か言い返してやろうとしたが、言葉が出ない。

その時、奏音が急に床を覗き込み、ニヤリと笑った。


「あれれぇ?ベッドの下になんかあるぞぉ?」


「おい、待て!やめろ!」


僕が焦って止めに入るが、奏音はもうベッドの下を漁り始めている。すると、彼女は何かを見つけ、それを取り出した。


「これは……何?ゲーム?」


「それは!僕が大切にしてる、ストーリーが泣けるエロゲだ(´;ω;`)」


「こんなんで泣けるの?」


「いや、本当に泣けるんだよ(´;ω;`)」


奏音は疑問を浮かべながらも、次に黒いノートを手に取った。


「で、こっちの黒いノートは何?ポエムでも書いてんの?」


「それは!見られたら死を決意するノート!」


「訳して死を決意するノートデスノート。」


「それ違うやつだから……。」


奏音はノートをペラペラとめくり始める。僕は止めようと手を伸ばすが、彼女は興味津々でページをめくる。


「は?何これ?」


「フッフッフ。それは、そのエロゲを小説にして、学校でも読めるようにしたものだ!」


奏音は一瞬ポカーンとした顔をしていたが、すぐに大笑いし始めた。


「学校でこんなもの読むなよ!」


「いいだろ!僕の唯一の癒しなんだ!」


奏音は笑いながらノートを閉じ、僕に言った。


「もういい、お姉ちゃん寝ます。」


そしてそのまま、僕のベッドに入ってくる。


「お前の部屋は向こうだぞー。」


「やーだ!弟と寝る!」


奏音はそう言って、さらにベッドの中に深く潜り込んでいく。


「じゃあ僕がお前の部屋に行くからな。」


「やだ……弟ったら部屋に来るなんて……大t「いわせねーよ?!」」


僕は慌てて彼女の口をふさぎ、無理やり奏音を自分の部屋から連れて行った。そしてようやく自分のベッドに戻り、目を瞑ると、疲れが一気に押し寄せてきた。瞼はすぐに重くなり、意識はゆっくりと闇の中へ沈んでいく──────。



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