第34話 女神ユリア
「まったくお前は馬鹿なのか天才なのか、よくわからんな」
急な呼び出しで王城を訪れていたフィードル伯爵は呆れたように開口一番口にした。
「あら、もっと褒めて下さってもいいんですのよ!」
私はすっかり天狗になっていた。
◇◇◇
あのパーティの後、リマン公爵の取り調べと自領内の調査が行われた。
領民は皆一応に
公爵から決められている以上の税金を納めるよう強要された。
公爵に土地や物資を強制的に奪われた。
公爵が国から配給されている物資を隣国に無断で売却していた。
などなど、公爵による極悪非道の数々が明るみなった。
公爵の身辺調査の終了をもって父はすべての調査を終了しようとしていた。
「まさかあの公爵がこんなことをしていようとは…」
父は信頼していた側近の裏の顔を知り肩を落とした。
「本当にこれで終わりにしていいんでしょうか?」
「ん?どういうことだ?」
伯爵からの情報では、他の貴族たちも多かれ少なかれ不正の数々を働いていると私は事前に聞かされていた。
公爵領の領民は救われるだろうが、同じような不正に苦しむ国民はどうだろうか?
ここでもう一押ししてみたらもっと私の評判は良くなるのではないだろうか?
貴族たちには申し訳ないが、私は自分が生き延びるために彼らを踏み台にさせてもらうことにした。
「不正をしているのは公爵だけなのでしょうか?他の貴族の方々は大丈夫でしょうか?」
「まさか!……、いや、しかしお前がそう言うのなら、もしかしたらあり得るのかもしれんな」
私の言葉を受け、父は他の貴族も不正行為をしていないか抜き打ち調査をするようすぐに指示を出した。
取り巻きの貴族たちに言われるがまま王政を行ってきた父は、自ら事を起こすことはほとんどなかった。だから多くの貴族たちはさらなる調査が行われるとは微塵も思っていなかったのだろう。
突然行われた抜き打ちでの調査に貴族たちは驚きと困惑を隠せずにいた。
普通なら公爵のことが分かった段階で証拠隠滅や隠ぺい工作をするところなのだが、まったく何もしていなかった。完全に油断していたのだ。
結果、公爵同様不正を働いているケースが次々に発覚することとなった。
彼らには厳しい処分が下された。
一番不正内容が酷く、父に刃を向けたリマン侯爵は処刑され、一族は貴族としての身分を剥奪されることとなった。
それ以外の貴族も位を降格されたり領地を没収されたりといった厳しい処分が次々と言い渡された。
結局、貴族の半数が不正を行っていたという事実に父は頭を抱えて嘆いた。
「まさかこんなことになっていようとは…。お前が言ってくれていなかったら、この国は一体どうなっていたか…」
「そんなことはありません。あまりご自身を責めないでください」
「そうか、ありがとうユリア」
今回の事態に気づかせてくれたとして、父の私への評価はうなぎ登りに上がっていた。
父は根っからの悪人ではなかった。自らが多くの不正に気付かず、見逃していたことを心から悔やんでいた。ただ何も知らされていなかったのだ。
側近である公爵をはじめ、取り巻きの貴族を信じきって疑うことをしなかった。
しかしその彼らが悪事に手を染めていたということがわかれば、情に流されることなくきちんと処罰し改善を図った。
父は国王としてこの国をよくするために尽力を尽くしていた。
その評価は国民の間でも高く評価されることとなった。
しかしその父よりも高く評価される人物がこの国にはいた。
公爵の失脚後、暫定的に私が城下町の運営を任せられることになった。
貴族の調査がすべて終了していないため、何も役職に就いていない私に白羽の矢が立ったのだ。
騒動が一旦落ち着き始めた頃、私は視察も兼ねて城下町を訪れていた。
メイドたちと警護役兼案内役のマーフィンたちも一緒だ。
「あっ、ユリア様だ!」
「ユリア様~!」
私の姿を見つけた市民は手を振って私に挨拶した。
私もまたにこやかな笑みを浮かべながら手を振り返した。
「きゃー、今ユリア様が手を振り返してくれたわ!」
「何それ!羨ましい!」
市民は私の登場に熱狂していた。
「随分町の雰囲気が変わったわね」
「そうですね。どこか皆さん以前より明るい感じがしますね」
すぐに町の変化に気づいた。
依然は少しどんよりとした重い空気が流れていた城下町は、そこかしらから賑やかな声が聞こえ、笑顔と活気に満ち溢れていた。
「そりゃ公爵の圧政から解放されたわけですからね」
「今ではすっかり風通しもよくなってこの国で一番住みやすい町と呼ばれるようになりました。貧民街のヤツらも全員ちゃんとした仕事にありつけ、生活に困窮している者はいなくなりました。本当に凄いことですよ」
マルクスは飄々と、マーフィンは感慨深げに言った。
私が暫定的ではあるが責任者に就任しておよそ3カ月。貧民街は消滅した。
病気の人たちは皆きちんとした病院に入り治療を受けている。
公爵に届けられていた大量の食糧が低価格で市中に流れた。
不正と中間搾取がなくなり、正しい経済活動が行わるようになった城下町は過去類を見ないほどの好景気に溢れていた。
私の作戦通り、パーティ参加者は衝撃的なパーティでの出来事を外で話した。
『ユリア様が公爵の不正を暴いた』
『ユリア様は身分なんて関係なく人を対等に見ることが出来る人だ』
実は天才なんじゃないか?
『馬鹿王女』と呼ばれていた私の評価はすっかり真逆の物となった。
さらに暫定的に運営を任せられた城下町の発展を見た国民は私の手案を高く評価した。
いつのまにか私は、圧政から国民を救った『女神』などと呼ばれるようになっていた。
◇◇◇
「で、どうでしょう、私の作戦は?」
「そうだな。俺の予想をはるかに超えているな。正直、感心したぞ」
「まぁ、貴方の計画も素晴らしかったとは思いますけど、私の方が一枚上手だったということですわね」
『天才』と呼ばれた伯爵に勝った。
完全に浮かれていた。
「まさか俺の指示以上のことをやるとは思ってもいなかったぞ。なんだあれは?いつの間に貧民街のヤツらを味方にしてたんだ?俺はそんなこと聞いてなかったぞ?」
確かにあれはまったく予想外の出来事だった。
「えぇ、まぁ、そうですわね…」
「……」
思わず歯切れの悪い物言いになってしまった。
ジト目で見られた。
「…ちょ、ちょっと私も知らないところで予想外の出来事が裏で色々起こっていたようでして……。私もまさかこんなことになるとはまったく思ってもいませんでした。はい……」
結局元の力関係に逆戻りした。
「色々、ねぇ…」
伯爵は複雑そうな表情を浮かべた。
「まぁそれは別にいい。予定よりかなり
「そ、そうですわ!今の私は国民人気ナンバーワンの王族。それにお父様だって随分評価が見直されているみたいですし、これだったら誰も死なずに『死に戻り』せずに済みそうじゃないですの?」
「そうだな。このまま行けばそうなるだろうな……」
クーデターは回避出来ない。彼はそう言っていた。
しかし今のベラス王国はクーデターを起こす必要がないほどすべての事が上手く回っている。
このまま今の状態が続けば、王族が誰も死なずクーデターも起こらない。私にとってはこれほど理想的なことはない。
ところが伯爵はあまり嬉しそうではないように見えた。
やはり自らの計画よりも最善の方法があったということがショックだったのだろう。
猿も木から落ちるという諺があるように、天才も失敗をすることはあるのだ。
きっと彼は今そんな挫折を味わっているのだろう。
こういうときってやっぱり慰めてあげた方がいいのだろうか?
「どうかされました?先ほどから元気がないみたいですけど?」
「いや、大丈夫だ。色々と先のことを考えていたんだが、それもすべて無駄になってしまったなと思ってな…」
伯爵は深いため息をついた。
やはり少し慰めてあげた方がよさそうだ。
「無駄なことだなんてそんなこと決してありませんわ。幸運にもここまですべてのことがたまたま上手く行っているだけ。そもそも貴方がこの計画を立ててくれていなければこういうことにはなっていないのだから、落ち込むことなんてまったくありませんわ」
私は今国民から『女神』と呼ばれている。
落ち込む伯爵を励ます私。その振る舞いはまさに『女神』のようだ、と勝手に自画自賛した。
我儘馬鹿王女と天才イケメン貴族のやり直しストーリー ~死に戻りしているのは私だけじゃないんですか!?~ 北川やしろ @nr846
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