第33話 馬鹿王女の乱心
「成人となる16歳を迎え、私もいよいよ本格的に皆様と関わる機会が増えることになります。王城から出て地方貴族の皆様の領地にお邪魔することも増えるでしょう。そこで新たに親衛隊を結成することにいたしましたので、本日は皆さまにお披露目させていただきたいと思います」
私は意気揚々と宣言した。
今日のパーティはいつもとは少し違っていた。半年に1回、経済界や文化界の人との意見交換や文化交流を兼ねたパーティが実施されていた。そして今日はまさにその回だった。
『貴族たちだけでは口裏合わせをされてしまっては情報が外に出回らないからな。だが貴族以外がいるとなると話は別だ。その中には面白い話が飛び出せば人に話したくて仕方がない、口が軽いヤツが必ずいるだろうからな』
伯爵の指示により、貴族以外が参加する貴重なこの場で私は貧民街の存在を口外することになっていた。
見かけて疑問に思った程度でいいと言われてはいたのだが、私は彼の計画を無視してもっと大々的なことをしようと思っていた。
「おぉ、いよいよユリア様も王政デビューか」
「やっぱりユリア様も王族としての自覚が生まれたのね」
「なら親衛隊が出来て当然か」
「誕生パーティの時もしっかりされていたし、これからが楽しみだな」
親衛隊を作るということは本格的に国政に関わるということ宣言したことになる。
とは言え序列5番位の女である私には出来ることはほとんどない。出来ることと言えば議会で提出された議案に賛否の票を入れられるというぐらいだ。それでも一切意思表示することが出来ない国民たちよりは遥かに上の立場にあった。
自由奔放で政治には一切関心がないと思われていた私の政治参加表明に、会場からは驚きと喜びの声が次々と上がった。
「それは紹介したいと思います」
合図を送ると会場脇の扉が開く。
ゾロゾロと強面で屈強な男たちが姿を現した。
「えっ……」
「ちょっと……」
「怖っ…。どうしてあんな風貌のヤツらを?」
「本当に大丈夫なの?」
彼らの姿を見た貴族たちの顔が一瞬にして強張った。
いわゆるドン引きというやつだ。
男たちもまた相当緊張しているのだろう。今にも人でも殺しそうなくらい険しい顔付きをしていた。いつもより何倍もヤバい空気を放っている。
見た目は明らかに堅気の人間とは思えない風貌をしている者も何人かいる。しかし直接話してみると皆物腰柔らかで心優しい男たちだった。
「彼らは私が城下町で道に迷ってしまったとき、親切に助けてくれた心優しき者たちです。見た目は強面ですがとても信頼できる素敵な方々です。決して怪しい危険な者たちではありませんので、どうぞお見知りおきください」
同行中、賊と勘違いされては大変だ。そんな風貌なのだからしょうがないと言えばそうなのだが…。まずは彼らのことを認識してもらう必要があった。
そして認識してもらうことが別の意味でも重要な意味を持つことになるため、しっかりと覚えてもらいたいところだった。
しかしあまりに場違いな風貌と雰囲気を醸し出す男たちに、貴族たちは目を逸らす者も多かった。関わり合いにならないようにしよう、という明確な意思がはっきりと分かった。
印象付けはばっちりだ。彼らの存在は恐らくこの場にいる全員に強く焼き付いただろう。私の中での作戦は大成功だ。
こうして私の親衛隊のお披露目は大きなトラブルもなく無事に終了した。
かのように思えたのだが、
「ユリア、これは一体どういうことだ?こんな危険な見た目をした男たちがお前の親衛隊などとは聞いてないぞ!?」
さすがに父が堪らず異議を申し立てた。
心配性の父のことだからきっと何か言ってくるだろうとは思っていた。
「大丈夫です、お父様。彼らは確かに見た目は強面ですが皆心優しい者たちばかり。それにお父様だって賛成してくれたじゃありませんか?」
「賛成?いつ私がそんなことをした?」
記憶にないことに父は首を捻った。
「少し前、私が城下街で買い物をしていた際、帰りが遅くなってしまった時のことです。あのとき親切に私たちを助けてくれた方がいたと申しましたところ、その者たちに褒美を与えないとと。そしてその権利を私に下さいましたじゃないですか?」
「うん?……あぁ、そうだ。確かにそうだったな」
父はあのときのやり取りを思い出し、頷いた。
「しかしそれとこれがどう関係するんだ?まさかこの者たちをお前の親衛隊にすることが褒美だとでもいうのか?」
かかった。
心の中で一人ガッツポーズした。
逸る気持ちを抑えて冷静に言葉を発した。
「はい、そうです。実はあのとき私たちを助けてくれたのがこの者たちなのです。今まで黙っていたのですが、実はあの時暴漢に襲われていたんです」
「何だと!?」
父の血相が変わった。
「警護兵も来ず、もうダメだと諦めかけていたとき、自らの命を顧みず私たちを助けてくれたのがこの者たちだったのです。彼らの勇敢さと腕っぷしの強さは本物。私を見失って肝心な時に助けられない警護兵より警護役としてピッタリだと思ったんです」
この機を逃すまいと捲し上げるように私はすぐに次の言葉を続けた。
「話を聞くと彼らは城下街にある『スラム』と呼ばれる地域に住んでいるとのことでした。私はよく存じ上げないのですが、今は仕事がなくて困っているとのことでしたので褒美として仕事を与えようと思ったんです」
にっこりと笑顔を浮かべながら『スラム』の部分を意識させるように発音した。
私が襲われたことも衝撃的なことだったのだが、『スラム』発言の方が会場にいる人達にはもっと衝撃的な出来事だった。
「おい、今ユリア様、『スラム』って言ったぞ?」
会場が騒然となった。
「あら?どうしたんでしょう?私、何か変なことでも言いました?」
騒がしくなった会場を見回し、わざとらしく顎に指を当てて馬鹿なフリをした。
「おい、ユリア!お前今何と言った?」
そこに顔面蒼白になった父が掴みかかってきた。
「『スラム』だと?城下町にそんなのもがあるのか?」
「えっ、えぇ、そうですわ。お父様、何を慌てていらっしゃるの?」
「お前、『スラム』の意味を知って言ってるのか!?」
「もちろん知っております。貧民街のことですよね?それがどうかなさいましたか?」
あっけらかんと何を慌てているのだろうという風な不思議そうな顔を私はした。
「ユリア、お前、そんなことも知らなかったのか!?この国にはそのようなものは存在しないんだよ!」
「えぇ!?じゃああれは一体何だったんですの?薬物中毒でゾンビのようになっている方や医薬品の提供がなくて病で苦しんでいる方がたくさんいらっしゃる中を私たちは彼らに守られながら通過しました。ではあれは一体何だったというのですか?」
わざとらしくオーバー過ぎるリアクションを取ると、怒鳴り声を上げる父以上の大きな声を出した。
しかし実際あの日私たちを城まで送り届けてもらう最中に見た光景は相変わらず悲惨なものだった。それでも前回の世界で見た光景よりは幾分かマシだった。
「リマン公爵!これは一体どういうことだ!?」
父は真っ赤な顔になり激怒すると、すぐに公爵を呼びつけた。
「この国に、ましてこの城の目の前に広がる城下町に貧民街があるとは、私は聞いていないぞ!そこはお前の管理下だろ?詳しく説明してもらおうか?」
大激怒する父の元に公爵が飛んできた。
「もももも申し訳ありません陛下。私もそのようなものがあるということは今初めて聞きました。すぐに部下に確認させますので!」
額からはだらだらと脂汗が流れていた。
よくもまぁそんな見え透いた嘘を…。
しかし私がこの話をすれば必ず公爵は言い訳をする。部下にすべて押し付ける。そんなことはわかっていた。
真実を知っている身としては公爵のその態度が許せなかった。
「あら?知らない?それはおかしいですわね?」
「ん?どうしたユリア?」
父は私の言葉にすぐさま反応した。
「あの後城下町で偶然町のお医者様と話をする機会があったのですが、お医者様はリマン公爵に医薬品を取り上げられたと言っていましたわ。それが理由でスラムは病気が蔓延してひどい有様になってしまったとも。ですから、公爵自身が知らないというのはおかしくありませんか?」
「何だと?医薬品を取り上げていたとは本当なのか?」
父の目が鋭くなった。
「そ、そんなことはございません!本当に私は何も知らないんです!城下町の管理はすべて部下に任せておりますので…」
シドロモドロになりながら公爵は必死に弁明した。
本当に見苦しかった。
そこでとどめを刺すことにした。
「まぁ、貴族であろうという方が部下にすべての責任を押し付けるんですの?その方が勝手にやったということであれば、それは貴方が部下を管理出来ていなかったということ。それってつまり貴方の責任ではないんですか?」
「そ、それは……」
公爵はそれ以上何も言えず口籠ってしまった。
「どうした?反論があるなら言ってみろ?」
「……」
「ないのか?つまりユリアの話を認めるということでいいんだな?」
「!?そ、それは違います!」
「違うだと?では何が違うと言うんだ?」
「そ、それは……。お、恐らくユリアは襲われた恐怖のあまり色々なことを混乱されていらっしゃるのではないかと?そうです!その助けられたという者たちに騙されているんです!」
必死の言い訳だった。
頭をフル回転させているのだろう。瞳孔は開き切り、衣装がぴしゃぴしゃになるほど汗で濡れていた。
明かに公爵はおかしかった。
「つまりユリアが嘘を付いていると言うのか?」
「は、はい、そうです!そうとしか考えられません!私が陛下に隠し事をするなんてそんなことは決してありません!」
気持ちの悪い笑みを浮かべて公爵は父にごまをすった。
「ユリア?本当にお前の言うことは正しいことなのか?証拠はあるのか?」
父は困惑した表情で私を見た。
「私は本当のことしか言ってはおりません。証拠はありますわ」
「何?証拠があるだと?」
父は驚き、公爵はビクリと体を跳ねさせ怪訝な表情をした。
「だって私がスラムと口にしたとき、ここにいる皆さまはまるでその存在を知っているような反応をしたではありませんか?もしなんでしたら王族に誓わせて『この国に、城下にスラムがあることを知っているのか』ということをお聞きになったらいかがですか?」
「!?」
会場が静まり返った。
王族に誓うということは絶対に嘘は言えないということを意味する。
誓いに反して嘘をつけば死罪となる。
「タマリン伯爵、お前は知っていたのか?」
父は近くにいた側近の一人、タマリン伯爵に声をかけた。
「そ、それは……」
「どうした?何故はっきり言わない?知っているかいないかという簡単な質問だろうが!?」
「……。申し訳ありません。スラムは…存在します」
「!?」
伯爵はうつむき、公爵から目を逸らした。
「おい、公爵!貴様私に嘘を付いたな!しかもユリアのことまで嘘つき呼ばわりしたな!」
父は大激怒した。
「お、お待ちください陛下!」
公爵はその怒りを何とか治めようとしたが、とてもそんなことが出来るような状態ではなかった。
「詳しい話はあとでしっかりと聞くことにする!牢へ連れていけ!」
父の怒鳴り声が静まり返った会場に響き渡った。
公爵もこれで万事休す。誰もがそう思った。
しかし、
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
突然叫び声を上げた公爵は胸元から一本のナイフを取り出した。
そして父にその刃を向け突き刺そうとした。
「きゃーーーーーーーーー!!!!!!」
悲鳴がこだま会場はパニック状態となった。
しかしその騒ぎはすぐに収束した。
父に向って全力で突進する公爵の巨体が突然宙に舞ったのだ。
そのまま背中から地面に叩きつけられると、手に持っていたナイフが地面を転がった。
マーフィンだ。
彼は公爵の腕を横から掴むとそのまま力任せに背負い投げしたのだ。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」
公爵が悲鳴を上げた。腕が曲がってはいけない方向を向いていた。
「大丈夫ですか?お二人ともお怪我はありませんか?」
侯爵の悲鳴をかき消すように地響きに似た低温ボイスが私と父の安否確認をした。
「えぇ、大丈夫よ。マーフィン、本当に助かりました。さすがは私の護衛役です」
にっこりと笑顔を浮かべて感謝の言葉を述べた。
「とんでもない。これが俺の仕事ですから」
マーフィンは恐縮するようにペコリと頭を下げた。
そこでやっと父の警護兵が現場に駆け付けると、公爵は兵士に連行されていった。
警護役よりも素早い動きで刃物に臆することなく立ち向かった男に、周囲の彼らを見る目が変わった。
『ユリア姫の乱心』。
これが後に貴族たちに恐れられるベラス王国大転換の始まりだった。
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