第32話 ユリア・ベラス親衛隊
「ユリア、行方不明になったと聞いて本当に心配したんだぞ。一体何があったんだ?」
「ご心配をおかけして申し訳ありません。事故で大通りが通れず大きく迂回を余儀なくされてしまいまして。御者が近道をしようとしたのか裏道を通ろうとしたところ馬車が動けなくなってしまいまして…。それで歩いて帰ることになりましてこのような時間になってしまいました」
「怪我はないか?」
「はい、大変親切な方々に助けていただきましたので」
「そうか、それはよかった」
父は心底安心したような表情をした。
私たちが乗った馬車が行方不明となっている。
私の帰りを待っていた父の耳に衝撃的な情報が伝えられていた。
最悪の事態も頭をよぎり、王城内に重苦しい空気が漂った。
しかしその直後、私たちは無事に帰宅を果たした。
あの後マーフィンたちの先導により私たちは最短ルートである貧民街の中を抜けることで最速で王城へ帰ることが出来たのだ。
門の前まで送り届けようとしてくれた彼等には申し訳なかったのだが、後日必ずお礼をすると約束して途中で帰ってもらった。
その風貌や殺気立った雰囲気のまま城に近づくのは要らぬ誤解を招く可能性があったからだ。
彼らは貧民街の人間。父は貧民街の存在をまだ知らない。
他国では貧民街の人間は危険で野蛮と言われている。確かにそのような人間もいるのかもしれない。しかし少なくともマーフィンたちはそうではないことを私は理解していた。だが父も私と同じように彼らのことを理解してくれるとは限らない。
結果父にはまだマーフィンたち貧民街の住民のことは話せずにいた。
「しかし、警護兵は一体何をしているんだ!お前を守るのが仕事だというのに姿を見失うとは信じられん失態だ」
父は私たちを見失った警護兵を強く叱責した。
どうやら私たちが襲われたということは知らないようだ。
「しかも連絡がつかない者が複数いるというではないか。一体何が起こっているというんだ?」
「さぁ、そこまでは…」
返事に困る。
実は警護兵に裏切られて殺されかけました、なんて言えない。
連絡がつかない警護兵がいるということは、恐らくそれが自害した賊の正体なのだろう。
結局遺体からは正体は何もわからなかった。目撃者は私たちしかおらず、下手に届ければマーフィンたちが逮捕されるかもしれない。警察の仕事は軍が担っているからだ。
私が襲われ、貧民街の人間に助けられたとなれば、国中が大騒ぎになるだろう。
多くの目が私に向くことになるだろうが、それでは伯爵の計画が遂行出来なくなってしまう。
結果、遺体の処理はマーフィンたちに全面的に任せることになった。
『任せてください!』
と慣れた手つきで布を被せれた遺体を貧民街の男たちは手際よく運んでいた。
どうしてそんなに慣れているの?複雑な気持ちになった。
国王軍は確実に反逆行為に加担している。にわかには信じられないことだがそれが真実だ。クーデターの備えますます周囲を警戒する必要が出てきた。
「ところでお前を助けてくれた者がいると言ったな?」
「えぇ。とても親切な方々でした」
「では何か褒美を与えないとな」
父は腕組みして考え始めた。
その姿を見ていたところ、あることを思いついた。
「お父様。その褒美、私に考えさせてくださいませんか?」
「ん?別にそれは構わんが、何をするつもりだ?」
「えぇ、そんな大層なことではないのですが、彼らがすごく喜ぶ褒美を思いつきましたので」
「そうか。ならお前に任せよう」
こうして私は父から公式に彼らに褒美を与える権利を得た。
◇◇◇
「兄貴、似合ってませんね」
「うるせぇ!お前だって人の事言えねぇじゃねぇか」
マーフィンたちはこれまでの薄汚れた姿ではなくさっぱりとした小綺麗な格好をして緊張気味に王城の控室にいた。
ボサボサだった髪や伸びっぱなしだった髭は綺麗に整えられ、異臭を放っていた体も入浴したことによってすっかりなくなっていた。
くすんでボロボロになっていた衣服はコチラが用意した清潔で真っ白なものに取り換えられた。
今の姿だけを見ると、とても彼らが貧民街の人間には見えなかった。
「静かにして下さい。ユリア様に恥をかかせないよう、くれぐれも失礼のないようにお願いします」
アリエルはビシッと強面の男たちに注意した。
「おう!」
力強く男たちは拳を突き上げた。
「おう、じゃなくて『はい』でしょ!」
青筋を額に浮かべアリエルが再び注意した。
「あっ、はい。すいません…」
男たちはペコペコと小さく頭を下げて恐縮した。
『それは紹介したいと思います』
私の呼びかけを合図に扉が開かれると男たちは控室から外に足を踏み出した。
◇◇◇
「皆様がよろしければ、私の警護兵として働いてもらいたいの」
「はっ?」
後日再び彼らと再会した私は開口一番そう提案した。
国王軍の兵士による警護には再び襲撃される不安があった。となると国王軍以外の人物に警護してもらいたいところだ。
警護してもらう以上、私の信用が置ける人であって欲しい。
貧民街の住民の主な仕事は工事現場での日雇い肉体労働がほとんどだ。
しかしその仕事も年々数を減らしており、仕事を奪い合う日々が日常となっていた。しかも彼らに支払われる給金は不当に安い金額だった。これがますます彼らの貧困に拍車をかけていた。
そこに私は目を付けたのだ。
「皆様の私への忠誠心、そして腕力と組織力。それは本物です。ですから是非その力をお貸しいただきたいのです」
「力を貸すとは、どういうことですか?」
マーフィンは戸惑ったように訪ねた。
「言葉の通りです。私は心から信用出来る警護兵をして下さる方を探しているんです。御存じのように国王軍の中には私を亡き者にしようとする者がいるようです。そんな方たちに警護してもらうというわけにはいきません」
私の説明に男たちはお互いの顔を見合わせていた。
「その役目を俺たちにということですか?」
「はい、そうです」
「何故です?俺たちは貧民街人間ですよ?」
マーフィンをはじめ男たちは突然の私の申し出に困惑していた。
「確かに俺たちはユリア様を助けましたが、そんな大層な役割を任せられるような身分ではありません」
国の最底辺。そもそも国民として認識されているのかも怪しい身分である彼らが国の最上位である王族に直接仕えるなんてことなどあり得ない話なのだ。
「申し出は大変ありがたいのですが、俺たちみたいな最底辺の身分ではお受けすることが出来ません」
マーフィンの言葉に他の男たちもうな垂れた。
この国には身分がある。
アリエルが言っていたがそれによって住める場所や入れる店、出来る仕事でさえも限定されることがあるのだという。
しかしその身分による規制はあくまでこれまで何となく続いていた慣習であって、公式に定められたものではなかった。
「何を言っているんですか?身分制度はあくまで古くから残る慣習に過ぎません。法律を確認しましたけれど、どこにも身分によって就けない職業があるだなんて書かれていませんでしたよ。それに私、前にも言いましたよね?王族も貧民も同じだって。私は一人の人間として皆様のことを信用・信頼して頼んでいるんです。それじゃダメでしょうか?」
「……」
男たちは無言で涙を流していた。
彼らを縛る規制は本来存在していない。なので彼らが断った理由は理由にならないのだ。
しかしとても異例なことであることには変わりはなかった。恐らく前代未聞の出来事だろう。普通なら絶対にありえない。
周りから見れば私の我儘で彼らを採用したとしか見えないくらい異例中の異例の出来事だった。
しかしそれでいいのだ。だって私は『我儘馬鹿王女』なのだから。
「俺、やります!やらせてください!」
一人の男が静寂を打ち破って力強い大声を上げた。マルクスだった。
『俺、ユリア様の力になりたいッス!』
彼は以前真剣な顔でそう言ってくれた。私に心からの忠誠を誓ってくれた。
あの言葉が真実であるのならば、必ず彼は手を上げてくれると信じていた。
そして実際に彼は真っ先に手を上げてくれた。
「俺もやるぜ!」
「俺も!」
マルクスの真剣な顔を見て次々と男たちの手が上がった。
「ユリア様。本当に俺たちでいいんですか?」
「はい。私は貴方たちがいいんです」
マーフィンの問いかけににっこりと微笑んで答えた。
「わかりました。ではここにいる全員、謹んでお受けさせていただきます」
マーフィンは片膝をついて忠誠の意を示すと、集まってくれた男たちも同じ行動を取った。
「ありがとうございます。これからよろしくお願いしますね」
こうして貧民街の住民は私の新しい警護兵となることとなった。
◇◇◇
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