第31話 想定外の展開

 「兄貴、姫様はいましたか?」

 私たちを睨みつける男の後ろから声が聞こえた。

 やはり狙いは私の首のようだ。


 この男もまた反国王派の反乱分子ということか…。

 しかし滅茶苦茶強そうだ。

 正直なことを言うと国王軍の兵士でさえとても敵いっこないように見える。こんな男がこの国にいたとは驚きだった。


 しかし一つ疑問が浮かんできた。

 同じ反乱因子だとしたら何故黒ずくめの人物を殴り倒す必要があったのだろうか?お互いに協力すればもっと効率よく進められたはずだ。

 もしかして仲間割れ?

 いやいや、今はそんなことはどうでもいい。

 頭を振って冷静になろうとした。

 

 「ちょっと待て、今探しているところだ」

 野太い声が辺りに響いた。

 その声は先ほどの号砲とよく似ていた。


 「あ、貴方たち一体何者?ここに王族の方がいるということがわかっているんでしょうね!?」

 少し震えた声でアリエルが叫んだ。

 その言葉に大男が反応した。ギロリとアリエルを見た。

 鋭い視線にビクリとアリエルの体が震えた。


 「ということは、ここにユリア様が乗っているということで間違いないんですね?」

 「そ、それに答える必要はありません!」

 地響きのような威圧的な低い声に臆せずアリエルは反論すると、震える手をもう片方の手で押さえつけ、警棒を男に向けて構えた。

 男の視線がより鋭くなり、殺気が急に増した。


 これはマズい!

 この先の顛末が何となくわかってしまった。


 「待って!ユリアは私よ!だから私以外には何もしないで!」


 咄嗟に声が出た。

 狙いは私なのだ。彼女が傷ついたり犠牲になる必要はない。

 今まで守られてばかりだった。今度は私がみんなを守る番だ。

 この状況下で彼女たちを守れるのは私だけだ。やれることをやらなくては……。


 そうは言うがいざ口にして見てから思った。

 あっ、これ確実に死ぬやつじゃん…。伯爵に怒られるだろうな…。

 そんなことを思いながら死を覚悟した。


 「!?ユリア様!?」

 アリエルとメイドたちは驚きの表情をしていた。

  

 怖い。ただただそれだけだった。

 しかし、


 「……あんたがユリア様か」

 アリエルたちの視線を見て男は静かに呟くと私に視線を向けた。

 いざ真正面からその鋭い視線を受けると、思わず気を失ってしまいそうだった。

 こんな殺気立った視線が向けられたのは処刑される時以来だった。


 あぁ、やっぱり私、ここで殺されるんだ……。

 死を覚悟し目を閉じた。

 


 「ご無事なようで何よりです。お怪我はありませんか?」



 「はっ……?」

 予想外の言葉に思わず閉じていた目を開け言葉を失った。

 男は片膝を地面についた。

 これって確か忠誠を誓った相手にするポーズだったはず。どうして私にしているんだろう?私は増々戸惑うことになった。


 「賊は俺たちが片付けましたんで、もう大丈夫です!なぁお前ら!ちゃんと拘束したか!?」

 「はい、兄貴!こっちも大丈夫です!」

 「こっちもOKです!」

 「全員取り押さえました!」

 「だそうです。もう心配いりません!」

 周囲にいた薄汚れた男たちが口々に返事を返すと、男はニッと黄ばんだ歯を見せて笑った。


 「あぁ……、それはどうもありがとうございます……。えっ?」

 どういうことだ?一体何が起こったんだ?

 まったく頭がついていかなかった。

 ポカンとしてアリエルを見た。

 アリエルも一体何が起こっているのか理解が出来ていないようで酷く困惑していた。


 「兄貴、そんな殺気立たせたまま睨みつけてたら誰だって怖がりますよ?女の子っていうもんはもっと優しく接しないとダメなんですから」

 男の後ろからほっそりとした短髪の男がひょっこりと顔を出した。

 

 「そんなこと言われたってしょうがないじゃないか。俺はそういうもんには縁がないんだ。ずっと男臭い中で生きてきたんだから、今更そんなことやるなんて無理な話だ」

 立ち上がった男は不服そうな顔をして細身の短髪男に反論した。


 「確かにそうですよねぇ~、兄貴は男の中の男ですから!でももう少し優しくしないとユリア様に嫌われちゃいますよ。ねぇ、ユリア様?」

 何故か突然私に話が振られた。


 「えっ……?あぁ……、そう…なのかしら…?」

 頭の中がグチャグチャになり、一体何を言っているのか自分でも理解できないまま返事を返した。


 「あ、貴方たち、一体何者なの!?何が狙いなの!?」

 我に返ったアリエルが震える声で男たちに訊ねた。

 何やら親しげに話しかけてきた男たちではあるが、彼らが何者なのかまだよくわかっていない。油断させて一気に首を刎ねるということも十分に考えられる。まだ安心するのは早いのだ。


 「ん?あぁ、そうでした。まだちゃんと名乗っていませんでしたね。こいつぁ失礼しました」

 男が再び片膝を地面についた。すると男に続いて周囲にいた男たちも片膝をついて私に忠誠を誓うポーズを取った。


 「俺はマーフィン。この辺のスラムのリーダーをしている者です。で、こっちがマルクス。お調子者で一見頼りなく見えますけど、やる時はやる男なんで安心してください」

 「スラム……?リーダー……?」

 スラムとはつまり貧民街のことだ。

 完全に関わりを立ったはずの貧民街は何故か簡単に私を離してくれなかった。


 「ユリア様!その者の言うことは聞かないでください!」

 「?どうしたの急に?」

 急に大声を出したアリエルに驚いた。彼女は何やら焦っているようにも見えた。

 

 「それは……」

 アリエルはそこまで言ったところで口籠った。

 「?」

 一体どうしたんだろう?

 今まで見たことのないアリエルの様子に増々疑問が深まった。


 「そいつぁ恐らくですけど、スラムの存在についてじゃないですかね?」

 「!?ちょっとあなた!何てことを!」

 マルクスがあっさりと真実を口にしてしまい、アリエルは顔を真っ赤にして怒鳴った。私に貧民街の存在を気づかせないようにしたかったのだろうが、その計画はあっさりと崩されてしまった。

 「この国には貧民街なんていうものはないの!ユリア様はそんなものは知らないの!余計な事を言わないで!」

 お~い、私ここにいるんですけど?全部聞こえてるんですけど!?

 すっかり私がいることを忘れてしまっているのかアリエルは大声で叫んだ。


 「大丈夫よアリエル。私はこの城下街に貧民街があるこということを既に知っているんだもの」

 「えっ!?……知っている?」

 信じられないことが起きたとばかりにアリエルは目を丸くした。

 「貧民街の人たちが劣悪な環境に置かれていることも、貧困から逃れようとして薬物に溺れ廃人のようになってしまっている人がたくさんいるということも…」

 「えっ、…どうしてそれを…」

 「あら?もしかして、私のこと本当に何にも知らない『馬鹿王女』だとでも思っていたのかしら?」

 驚き動揺するアリエルに対して少し自慢気に実は賢いんだぞアピールをしてみた。


 とはいえ実際のところ、事が起きるまでそんなことは一切知らなかった世間知らずだったわけで、あまり細かいことを突っ込まれると困ってしまう。

 どうやって知ったのか?など追及されないことを祈った。


 「まぁまぁ姉さん、そんな細かいことは別にいいじゃないですか?」

 お調子者と紹介された通りマルクスはおどけた様子で困惑しているアリエルにちょっかいを掛けた。

 「誰が姉さんですか!私はまだあなた達のことを信用していないんですからね。もしユリア様に危害を加えようとするなら容赦はしませんからね!」

 恐らくマルクスなりにまだ警戒心マックス状態のアリエルをリラックスさせようとしたのだろう。やるときはやる男とも言われていたが気遣いも出来るようだ。しかし今のアリエルには逆効果だった。


 「いやいや、そんなことはしませんよ。なんてたってユリア様は俺たちにとっては命の恩人。いや、女神様と言っても過言ではないくらいです」

 「女神様?ユリア様が?」

 女神という言葉にアリエルは流石に言い過ぎだろうというような表情をした。


 「ユリア様は俺たち貧民街の住民のためにいつも食事を届けてくださっていたんですぜ」

 「はぁ!?何ですって!?いつの間にそんなことされていたんですか?」

 アリエルは驚いた表情で私を見た。

 「ふぇ?」

 間抜けな声が出た。

 何だそれ?私にはまったく身に覚えがないことだった。


 「ユリア様はご自身の16歳の誕生日パーティ以降、王城でのパーティ翌日には必ず残った料理を俺たちの元に届けて下さっていたんです。残り物と言っても傷んでもいないし味が悪いということもない。俺たちにとっては一生口にすることが出来ないような高級品ばかり。それを毎回届けてくださっていたんですよ。あれは本当に驚きましたよ。腹いっぱいになることがあんなに幸せなことだなんて初めて知りましたよ」

 「最初は毒でも入ってるんじゃないかって皆警戒したもんです。俺たちを消そうとしているんじゃないかって、おっかなびっくりしてましたんですぜ」

 当時のことを思い出しているのか二人は嬉しそうな顔をしていた。


 「一体どういうことですか?ユリア様?」

 「えっ!?あぁ、そうそう、そうなのよ。実はそんなことをしていたの!」

 動揺が悟られないよう出来るだけ冷静を装った。


 パーティの料理の残りを届けているだと?誰がそんなことをしているんだ?

 もしかして伯爵が裏で手を回して私の手柄にしてくれているとか?

 でもそんなこと、私は聞いていない。

 『貧民街』と『パーティの残り物』、この2つって何か関係あったっけ……?

 「あっ!?」

 ふとあることを思い出した。


 今回私はケーキ持ち帰り作戦中、うっかりある失言をしてしまっていた。

 それはケーキ詰め合わせを待つ間、残された料理の山を見たときの出来事だった。


 『捨ててしまうぐらいなら貧民街の方々にどうにかして配れないものかしら?』


 慌てて「忘れて」と使用人たちには言ったのだが、彼等はどうやらそれを暗に私がそうするように指示したと受け取ったのではないか?

 私は毎回パーティ終了後、こっそりメイドたちのために残り物のケーキを包んでもらっていた。

 もしかしたらこの行為を見た使用人たち私が残った料理を毎回貧民街に運べと暗に指示していると受け取ったのではないか?

 そう考えると彼等の話と辻褄が合う。

 

 「どうかなさいましたか?」

 「あっ、いや、何でもないわ」

 突然大きな声を出した私をアリエルは不思議そうな顔で見つめていた。

 迂闊にもとんでもない失言をしてしまったと反省と後悔をしていたのだが、まさかあの一言がこんなことに繋がろうとは…。

 

 「しかしあれには本当に助けられていますよ。もちろん毎日配給があればそれに越したことはないですけど、あれだけでも十分です。お陰で餓死するヤツは大幅に減りましたし、薬に手を伸ばすヤツも減りました。貧民街の治安も以前より随分良くなりました。本当にユリア様には感謝してもしきれないほどなんですぜ」

 「マルクスの言う通り。本当にその節は感謝してもしきれません。貧民街を代表してお礼を申し上げます」

 マーフィンとマルクスは深々と頭を下げた。

 「そんな、止めてください!私はそんなことしてもらいたくてやったわけじゃありませんから、どうか頭を上げてください」

 慌てて止めさせた。


 「危険なところを助けていただいたんですから感謝しなくてはいけないのはむしろ私たちの方なんですから!」

 本当に終わったと思った。

 あの恐怖は私の人生でもトップレベルにヤバいものだった。

 それから救ってくれたのだから逆に彼等は私にとって命の恩人なのだ。


 「そんなことはありません!恩人でもあるユリア様の身に危険が迫っているのなら助けるのは当然のこと。なんならここにいる連中は皆、ユリア様の為なら命すら惜しまない覚悟ですよ」

 そうだ、そうだ。当たり前だろ!

 男たちは嬉々として声を上げた。

 みんな死などまったく恐れていない様子だった。

 しかしそれに私は強い違和感を覚えた。


 「命を懸けるだなんてそんなこと、簡単に口にしてはダメ!」

 「えっ?」

 意気揚々と声を上げていた男たちは突然叫んだ私の声に驚いたように固まった。

 さっきまでの喧騒が嘘だったかのように辺りに静寂が流れた。


 「いい、王族であろうとも貧民であろうとも命の重さは同じです。あなた達にも大切な人や仲間がいるでしょ?もしあなた達が死んだらその人たちはみんな悲しい思いをするの。その心意気は嬉しいけど、こんな私の為に命を懸けようだなんてしないで。あなたの命は自分自身やあなたの大切な人のために使って!」

 私は頭を下げた。


 前回の最期、命の灯がまさに消えゆく私を見ながら、その場にいた全員が涙を流していた。王族である家族も平民であるメイドたちもみんなが私の死を悲しんでいた。

 私は『死に戻り』を繰り返すことにより、死と言うものに対しての恐怖心を失っていた。死んでもまたやり直せばいい。危機に陥ったときついそんな風に考えるようになっていた。しかしそんなことは普通の人には出来ないことなのだ。

 今回襲撃に遭い、アリエルやメイドたちの命が危機に晒された。

 彼女たちは私たちとは違い、一度死んだらやり直せないのだ。もし今回すべての事が上手く行った場合、彼女たちの死は確定することになってしまうのだ。


 「ユ、ユリア様!?」

 アリエルの悲鳴のような声がした。

 と同時にマーフィンや背後にいた貧民街の男たち、さらにはメイドたちからもどよめきが起こった。


 「?どうしたの?」

 「王族ともあろう方がこんなはるかに身分が下の者たちに頭を下げるなんて…」

 アリエルは慌てたように説明した。


 「なんだ、そんなこと」

 説明を聞きどよめきの正体を理解した。それは本当にくだらないことだった。

 「身分なんて関係ないわ!私は命を軽く見ていることが嫌なの。それは貴方もよ、アリエル。さっき、私を助けるために自分を犠牲にしようとしたでしょ?あんなことは止めて。私は誰も死んでほしくないの。だから私が頭を下げることで必要のない犠牲が出なくなるのなら安い物じゃない。私はみんなにいつまでも笑顔でいてほしいの」


 「……申し訳ありませんでした」

 「もう、そんなものはいらないわ!わかってくれれば十分よ」

 私の言葉を聞き謝罪するアリエルを抱きしめた。

 「私はもう貴方を失ってしまうのは嫌なの」

 「……はい」

 アリエルの声は震えていた。もしかして泣いているのだろうか?

 ふと視線を感じそちらに目をやるとメイドたちが皆涙を流していた。

 見られていると思ったら何だか急に恥ずかしくなった。



 しかし泣いていたのはアリエルやメイドたちだけではなかった。

 「うぅ…、ええ話や…」

 「まさかこんな俺たちにそんな言葉をかけてくださるなんて…」

 「ユリア様は本当に女神様だ!」

 「俺一生、ユリア様に付いていきます!」

 マーフィンをはじめ男たちは皆男泣きしていた。

 失礼だがちょっとむさ苦しかった。


 「俺、間違ってました。ユリア様を助けたら褒美とか貰えるんじゃないかってことばかり考えてました。なのにユリア様は俺たちのことを真剣に考えてくれていた。本当に自分が恥ずかしいッス」

 マルクスは自らの拳を地面に殴りつけた。


 「あのマルクスが反省している…」

 周囲からどよめきが起こった。

 「俺、ユリア様の力になりたいッス!」

 目元を擦ったマルクスはこれまでとは違った真剣な目をしていた。


 「俺たちは常に死と隣り合わせで生きてきました。仲間なんざ数えきれないくらい失ってきた。その痛みは誰よりも分かっていたはずだったんですがね…。本当、マルクスの言う通り、お恥ずかしい限りです……」

 マーフィンは沈痛な面持ちをしたまま呟いた。

 そんな時だった。


 「大変だ兄貴!拘束してた賊が自殺しやがった!」

 「何だと!?」

 男たちの中の一人が異変に気付いて叫んだ。

 紐でぐるぐる巻きに拘束されていたはずの賊の一人が口から血を流し、白目を剥いて倒れているのが見えた。

 「見ちゃダメです!」

 咄嗟にアリエルが私の目を両手で塞いだ。


 「何が起こった?舌を噛み切らせないようにしろと言っただろ?」

 「もちろん兄貴の指示通りにしてましたよ!」

 「じゃあどうしてこんなことになってるんだ?」

 マーフィンたちは混乱していた。


 「予め毒薬を口の中に入れておいて、何かあったときに飲み込む。諜報部門の人間がやる手段ですね」

 アリエルがポツリと呟いた。

 彼女は警備部門と私の警護状況について密にやり取りをしていたと言っていたことから、軍に諜報部門があることを知っていた。そして彼等がどのようなことをしているのかということも…。


 「諜報部門ってことは、やっぱり……」

 「そうですね。軍が関係していると考えるのが普通かと…」

 賊はやはり国王軍と繋がっていた。

 しかし自害してしまったため明確な証拠がない。


 「生き残りは?」

 「ダメです。全員死んでます」

 「クソ!」

 報告を受けマーフィンは悔しそうに地団太を踏んだ。

 見事なまでの証拠隠滅。絶対に正体を知られてはいけないという意思を感じた。

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