第30話 襲撃、そして…
「貴方たち、一体何者?ここに誰がいるのかわかっているの?」
身を隠しながらアリエルは集団に向けて警告の言葉を叫んだ。
しかし黒ずくめの集団は一言も言葉を発することはなく、代わりに剣を鞘から引き抜いた。
「どうやらここにユリア様がいるということは知っているようですね」
「どういうこと?」
苦々しい顔をするアリエルに訊ねた。
「少し前に国家への反逆行為を画策している何者かがいると警備部門から連絡がありました。大部分は排除したと聞いていたんですが…」
「彼等はその残党ということ?」
「恐らくは」
伯爵も不穏な動きがあると言っていた。彼は排除したと言っていたのだが、さすがにすべては無理だったようだ。
「もしかしたら大通りの事故も私たちをここに連れ込むためだったのかもしれませんね。完全にしてやられました…」
「どういうこと?」
「大通りが通れなくなれば確実に南通りへ行くしかありませんから。まさか御者まで味方につけていたとは迂闊でした。申し訳ありません」
あの事故は偶然ではなかった。すべてが仕組まれていた。
前回の世界でも同じことは起こっていた。と考えると前回も同じことが起こるはずだったということになる。
しかし私は有無を言わさぬ早業でさっさと馬車を出て貧民街へ行ってしまった。
彼等にとっては予想外のことだっただろう。まさかの出来事に相当焦ったに違いない。敵ながら少し申し訳なく思った。
「武器を持っているっていうことは国王軍が関係しているとしたら厄介ですね」
「どういうこと?」
「警護兵も国王軍ですから、彼等と通じている可能性があります。となると…」
「!?……助けが、来ない……」
絶望感を感じた。
この国では治安維持とクーデター阻止のために武器の所有が厳しく制限されている。所持できるのは国王軍しかいないと2回目の世界で見張りの男は言っていた。
となると今私たちを取り囲んでいる賊は国王軍に何らかの形で関係があると考えた方がいいのかもしれない。
最近は回避出来ていたクーデターにまさかこんなところで遭遇するとは思ってもいなかった。
そんな私の気持ちなど関係なく黒ずくめの集団はジリジリと馬車へ滲み寄った。
『絶対に油断するなよ!』
伯爵のあの時の言葉が頭の中を駆け巡った。
言い訳が出来ないほど気を抜いていた。貧民街に行かなければいいとそこしか頭になかった。きっと次に会った時の第一声は『お前は本当に馬鹿王女だな』で確定だ。
「私が何とか引き付けます。その間に貴方たちはユリア様を連れて逃げなさい!何をしてもユリア様だけは守りなさい!」
「は、はい!!!!」
メイドたちの悲鳴にも似た返事を聞くとアリエルは立ち上がり隠していた護身用の警棒を抜いた。
一方でメイドたちは丸腰だった。私を守ると宣言したが、もしかしてわが身を犠牲にして私を守るつもりなのだろうか?
確かにここに来る際、私は何か起きたら彼女たちを盾にしようと考えていた。しかし実際にそんな状況が起こってしまうと、とてもそんなことなど出来なかった。
「ちょっと待って!きっと誰かが気づいてすぐに助けが来てくれるわ。だから早まらないで!それまでここで耐えましょう!?」
必死にアリエルを引き止めた。
このままでは私を逃がす隙を作るためにアリエルは捨て身で敵の中に飛び込むだろう。絶対に無事では済まない。
そんなのは嫌だ!
ここにいるみんなで帰るんだ!
またアリエルを失ってしまうなんて耐えられない。もちろん6回目のとき、絶望していた私を最後まで守ろうとしてくれてたアニーだって守りたい。
きっと大丈夫。自分に言い聞かせた。
お願い、神様。彼女たちを早まらせないで!
存在するかもわからない神様に助けが来てくれることを願った。
しかし私の願いも虚しくバンという大きな音とともに馬車の扉が乱暴に開かれた。
「きゃあああ!!!!」
メイドたちの悲鳴が響いた。
馬車の扉は片側にしかなく、その唯一の出入口の前に黒ずくめの人物が立ち塞がっていた。背後にも複数人の人影が見える。
目の前の人物を一人倒したところですぐに周囲から反撃に遭うのは明白だった。
逆側の窓を割るという選択もあったのだが、そちら側にも同じような格好の人影がすでに待ち構えていた。
逃げ道は完全になくなっていた。
扉を開けた黒ずくめの人物は何かを探すように馬車の中をキョロキョロと見渡した。その視線にメイドたちは身を寄せ合ったままビクリと体を震わせた。
しかし黒ずくめの人物はそんなメイドたちには興味がないようだった。
メイドたちをチラリと一瞥するとすぐに視線を彼女たちから外した。
さらに警棒を構えるアリエルの姿をチラリと見た。しかしこちらからもすぐに視線を外した。
そんな視線があるものを見つけると止まった。
私だ。
やはり彼等の狙いは私の命だった。
狭い車内で剣を振り回すことは出来ない。となると剣の使い方は一つしかない。
剣先を私に向けた。私を突き刺すつもりだ。
「きゃああああ!!!!」
メイドたちは堪らず悲鳴を上げた。
「そうはさせません!」
アリエルは剣を持つ人物目掛けて警棒を振り上げた。剣を叩き落すつもりなのだろう。
しかしあの体制では脇ががら空きだった。剣を横に振れば簡単にアリエルの体は真っ二つに出来てしまう状況だった。
「ダメよ、アリエル!」
お願い!誰か、誰でもいいから早く助けに来て!
心の底から願った。
そのときだった。
『うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーー!!!!!』
突然地響きのような叫び声が辺りに響き渡った。
あまりの大音量に思わず耳を塞いだ。
何だ?一体何が起こったんだ?
困惑しているとバキッ、ドサッ、バキッ、ドサッという鈍い音が相次いで聞こえたきた。
私に剣先を向けていた黒ずくめの人物も只ならぬ物音に後ろを振り返った。
すると、
バキッ
鈍い音がしたと同時に黒ずくめの人物は私の視界から突如消えた。
「えっ……!?」
何が起こったのかわからなかった。
あの人はどこへ行ったんだ?
突然の出来事に私を含め馬車の中全員が唖然とした。
日没を迎え点灯した街灯に照らされ、がっしりとした人影が立っているのが見えた。
助かった……。あれはきっと鎧を身に着けた兵士だ。
援軍が来てくれたんだ。
ホッと胸を撫でおろした。
『大丈夫ですか!ユリア様!助けに来ました!』
そんなことを言う警護兵の姿を想像していた。
のだが、そこにいたのは警護兵ではなかった。
ボサボサの白髪交じりの長髪を後ろで一つに結び、顔に無数の傷跡がある筋骨隆々の強面男が立っていた。
身長は高く薄汚れた衣類を着ていた。そして彼の拳には血がべっとりと付いていた。つまりこの男が黒ずくめの賊を殴り飛ばしたようだ。そして賊は遥か彼方まで吹き飛ばされ、私の視界から消えた。たった一撃で…。
男はギロリと鋭い視線を私たちに向けた。
「……」
これまで悲鳴を上げていたメイドたちでさえ、男の放つ異様なオーラの前では言葉を出すことが出来なかった。
あれ?この状況ってさっきの賊よりヤバくないか?
ふと気づくと賊に一人で立ち向かおうとしていたあの勇敢なアリエルでさえ、小刻みに手を震わせていた。
よく見ると男の後ろにも複数の男の姿がうっすら見えた。
これはさすがに援軍…じゃないよね……。
一難去ってまた一難。
私はこの事態にただただ絶望した。
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