第29話 想定外
あの日から数日後、私たちは城下街にやってきていた。
「さぁ、今日は皆でお店を見て回りましょう」
傍にはアリエルのほかいつも私のお世話をしてくれているメイド4人の姿もあった。
「あの、本当に私たちもご一緒していいんですか?」
メイドの一人、アニーが恐縮しながら訊ねてきた。
「もちろん。今日は仕事ではあるけど仕事だということを忘れて楽しんで!」
にっこりと笑顔を浮かべてそう告げた。
アリエルの話では、下働きのメイドたちの休みはほとんどないそうだ。
年に数日休みがもらえる。それがすべてだ。
基本的に自由に買い物することも、おしゃれを楽しむこともない生活を送っているという。
そこで私は彼女たちの日ごろの労をねぎらうことにしたのだ。
名目上は荷物持ちといった私の買い物の手伝いとなっているが実際はそうではない。
さすがに品物の購入とまでは難しいが、一緒にウィンドウショッピングなど商品を見て回る分には問題ないだろう。もし何か気に入った商品があったようならこっそり購入してあげよう。そんなことも考えていた。
私の提案に最初驚いていたアリエルだったが、すぐに賛成してくれた。
そして今日、その日を迎えていた。
「すごい!すごいですよ。ユリア様!」
「そんなに慌てないでいいのよ。一緒に見て回りましょ」
アニーたち下働きのメイドたちは見るものすべてに目を輝かせていた。
はしゃぐメイドたちの姿に多くの人々の目が向けられていた。
よしよし。私とメイドたちが仲良く、楽しそうに行動しているという姿を多くの人たちに見せられている。ここまではいい感じだ。
しかしちょっと騒ぎ方がオーバー過ぎないか?
私を喜ばせるために演技している?嫌々、そんなわざとらしさは感じない。
だが少し彼女たちの行動に違和感を覚えてた。
「ちょっとはしゃぎすぎじゃない?あそこまでオーバーにしなくていいんだけど?」
アリエルにこっそり耳打ちした。
多少金額が張る商品を見てというのならわかるのだが、今見ている店の商品にそれほど高価なものはない。
やはり私を喜ばせようとする演技なのだろうか?
「しょうがないですよ。彼女たちは普段このようなお店に入ることすら許されませんからね。物語で聞いたことしかないような夢のような空間が目の前に広がっているんですから興奮してしまうのも当然かと…」
「えっ?どういうこと?」
アリエルの言葉に耳を疑った。
「世の中には身分というものがありますので…。その、彼女たちはこういう店に入る事すら許されないような身分の出身なので…」
少し悲しさの混じった声でアリエルは言った。
身分。
確かメイドたちは『平民』と呼ばれ、王族や貴族とは違う立場にいると伯爵は説明してくれた。
「国民はみんな『平民』っていう身分なんじゃないの?」
「いえ、違います。『平民』にも上級・中級・下級があってそれによって住める場所や行ける場所などに制限があるんです。公式にあるというわけではないのですが、慣習として今でも残っています」
「何よそれ!?」
これまた初耳の情報だった。
8回目のやり直しにも関わらずどうしてこうも新事実が出て来るのか。本当に自分の世間知らずさに恐怖すら覚えた。
「アリエルはどこなの?」
「私は上級ですのでこのような場所に来ることが出来ます。ですが、彼女たちは…」
言葉を濁した。
改めてメイドたちのはしゃぎっぷりを見ると、その慣習がいかに国民生活における大きな壁になっているのかということを実感させられた。
「本当に私って馬鹿王女ね。そんなことも知らなかったなんて…。本当に恥ずかしいわ」
「そんなことは……」
アリエルもそこまでしか言わなかった。
「でも今日は彼女たちにとってすごくいい思い出になりますよ。本当にありがとうございます」
アリエルは深々と頭を下げた。
何とかこの空気を換えようと思ったんだろう。
「いいのよ、そんなこと。もちろんアリエルと一緒の時も楽しかったけど、それ以上に大勢で来たほうが楽しいでしょ!」
気を使わせないように笑顔で返した。
しかし本当のところ、それは嘘だ。
前回、ここで私は薬物中毒者によって病気を貰い、そして死んだ。
もちろん今回は貧民街へ行くなんていうバカげたことは絶対にしない。
では、彼女たちを連れてきた意味とは?実はそれには3つの意味があった。
1つ目に私が平民であるメイドたちを親し気な様子を見せつけるため。
2つ目として彼女たちに感謝を伝えるため。
そして3つ目として最悪私が襲われた場合、これだけ人が回りにいれば誰かが盾になり逃げ延びることが出来るかもしれない。そう考えたからだ。
もちろん3つ目のことが起こらないに越したことはないのだが、安全策として彼女たちを利用しようとしたのだ。
ところがまさかメイドたちにそんな境遇があったとは知らなかった。
純粋に彼女たちは今を謳歌している。にも関わらず私は彼女たちを利用しようとしていた。そんなことが裏で行われているなんて露知らず、無邪気にはしゃぐ彼女たちの笑顔を見るのは少し心苦しかった。
◇◇◇
大通り沿いの建物の屋上に取り付けられた時計が夕刻を告げる鐘を鳴らした。
「もうこんな時間。早く戻らないと!」
音を聞いたアリエルが少し慌てたように呟いた。
しまった……。私は心の中で舌打ちした。
今回はもっと早い時間に戻るはずだった。
しかしつい楽しさに時間を忘れてしまっていたのだ。
時刻は前回と同じく夕焼け空が見えるころを迎えていた。
「急ぎましょう」
アリエルの号令に従い急いで馬車に乗り込み大通りを一路王城へと向かう。
しかし前回同様、突然馬車が急停車した。
「ちょっと見てきます」
アリエルは馬車を降りると状況の確認に向かった。
ここまで前回とまるで同じ展開だ。
しかし今回の私は冷静だった。
「事故でこの先通れないそうです」
「そう。じゃあ少し遠回りになってしまうけれど迂回しましょう」
戻ってきたアリエルの説明を受け私は迂回して帰ることを提案した。
「そうすると帰宅予定の時間に遅れてしまいますけど…」
アリエルの言葉にメイドたちの表情が強張った。
比較的自由な行動が出来る私ではあるがそれにはある条件があった。それは予定をきちんと知らせることだ。どこへ行くのか、誰と行くのか、何時に帰るのか。すべて事前に父に報告しなくてはいけなかった。帰宅時間が伝えて時刻より遅れた場合、メイドたちが厳しい罰を受ける可能性もある。彼女たちはそのことをわかっていた。
「大丈夫。これはトラブル、想定外の事態よ。だから誰も咎めることなんて出来ないわ。お父様には私の方からきちんと説明するから貴方たちは何も心配しなくていいわ」
私の言葉にメイドたちはあからさまにホッとした顔をした。
それに私は知っていた。私の行動はすべて見張られているということを…。
私は買い物中、常に監視されていた。正確には私の身に危険が迫ったとき対処するための警護兵が常に隠れて警護しているのだ。なので当然私たちに非がないことは彼等からも証言してもらえる。
このことは伯爵から聞かされた。前回も警護兵は見張っていたらしいのだが、彼等が動く前に私が先に動いてしまったためあの悲劇は起きてしまったのだ。当然警護兵は父から厳しい処分が言い渡されたという。
「では南大通り経由にルートを変更します」
アリエルは御者にルート変更を伝えた。すぐに馬車は方向転換をし来た道を引き返し始めた。城が徐々に遠くなっていく。
窓からチラリと薄暗い路地が見えた。貧民街の入り口だ。
今回は大丈夫。そもそも馬車から降りなければいいだけの話だ。
馬車は路地からドンドン遠ざかっていく。
心の底から安堵した。
ところがしばらくすると馬車が快適に走れるように整備されているはずの大通りを走っていたはずの馬車が突然ガタガタと激しく揺れだした。
「きゃあ!!!」
メイドたちの悲鳴が木霊した。
「これは一体何事ですか!?」
驚いたアリエルはすぐに御者に声をかけた。
「……」
しかし御者からの返事はなかった。
「ちょっと、どういうこと!すぐに止めなさい!」
必死に叫ぶアリエルの声にも御者は耳を貸さず、さらに悪路の道に馬車を進めた。
「きゃああああ!!!!」
さらに激しくなった揺れにメイドたちはお互いに抱き合って馬車から投げ出されないように必死に踏ん張った。
一方私は馬車の壁に取り付けられていた手すりを必死に掴んで何とか耐えていた。
すると突然馬車が急停車した。停車の反動で正面の座席に顔をぶつけた。
「…痛い」
背もたれ部分にもクッションが付いている王族専用馬車だったこともあり怪我はなかった。
何が起こったのかと窓から外を見ると、そこは大通りから数本外れた人気のない路地だった。
パリン
窓が突然割れた。
「きゃあああああ!!!!」
メイドたちのすぐ脇をかすねるように弓矢が飛んできた。矢はそのまま客室内の壁に突き刺さった。
馬の暴走かと思ったがどうやら違うようだ。
これは襲撃だ。私たちの馬車は何者かに襲われていた。
ふと外に人の気配を感じた。
恐る恐る割れた窓から外を見た。
「!?」
そこには全身黒ずくめの衣装に黒い眼ざし帽をかぶった人の姿が見えた。
それは一人や二人ではない。正確な人数まではわからないが10人以上はいるように見えた。
馬車は彼等に囲まれていた。
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