第28話 作戦開始

 「おはようございます」

 いつものメイドの声がする。しかし昨日より少し柔らかくなったような気がした。

 私は8回目となる16歳の誕生日パーティの翌朝を迎えていた。


 「おはようアリエル」

 眠い目を擦ってベッドから体を起こした。

 伸びをすると大きな欠伸が出た。

 結局昨夜は日が昇る直前までフィードル伯爵と言葉を交わした。

 お陰で完全に寝不足だ。


 「どうしたんですか。随分眠そうですけど?」

 「そうかしら?」

 何食わぬ顔をして答えた。

 昨夜私が城を抜け出したことに気づいた人はいるだろうか?

 アリエルの態度を見た限り気づかれていないとは思うが…。

 「何ですか?人の顔をそんなに見て?」

 「あぁ、ごめんなさい」

 これまでと変わらない素っ気ない態度のメイドに安堵した。



 「ねぇねぇ!アリエル!これ見て!」

 朝食を終えた後、私はこれまでと同じようにアリエルへのアタックを開始した。


 「何ですか?私は忙しいんです!必要ないことで呼ばないでください!」

 最初の時のそっけないアリエルの態度に懐かしさを覚えながらも私はこれまで通りにアリエルとの仲を深めることに集中した。


 『まずはメイドと仲良くなれ。あいつ等と仲良くなって損はないからな』

 それが最初に伯爵から私に対して与えられた指示だった。

 だが言われなくても最初からアリエルと仲良くなるつもりだった。

 彼女との仲を深めて嫌な思いをしたことはない。彼女は私にとって一番の友人となる人物なのだ。

 そんなものは必要ないと言われてしまったらどうしようかとも思ったが、伯爵はそんなことは言わなかった。

 「ねぇねぇ!アリエル!これ、どうしたらいいと思う?」

 これまでと同じように私はアリエルに声をかけ続けた。



 ◇◇◇



 「ねぇねぇ!アリエル!これ見て!上手く出来たと思うんだけど、ここが難しくて……」

 「どこですか?あぁ、ここはこうしたらいいんですよ。ちょっとこっち来て見ててください」


 あれから3カ月、私とアリエルとの仲は以前と同じものになっていた。今回もケーキ作戦は大成功だった。

 しかし前回までと違うこともあった。

 

 「あっ、あのユリア様!いつもケーキを私たちのために用意していただいてありがとうございます!」

 公務を終え部屋に戻ってきた私と入れ違いになったメイドが緊張気味に早口で声をかけてきた。そして返事を返す暇もなく駆け足でその場から走り去ってしまった。

 「?」

 嵐のような出来事に何事かと困惑した。


 「アニーですね。メイド長の私と違ってユリア様に必要のない言葉をかけていい立場ではありませんので、今の行為はメイドとしてはご法度。通常なら罰を受けても文句が言えない行為です」

 「えっ!?罰?」

 思いもがけない言葉に驚きの声が漏れた。

 言葉をかけただけで罰せられるだなんて…。そんなことを私は一切望んでなどいない。


 「私は別に何とも思っていませんし、寧ろ感謝されていい気分になったくらいですわ。褒美を与えてもいいくらいなのに、どうして罰なんて与えなきゃいけないのよ!」

 憤る私をアリエルはまぁまぁと諫めるような仕草でなだめた。

 「ユリア様ならそう言うと思ってました。実際にあの子を罰しようだなんて私も思ってませんから安心してください。ただあの子は例えそうなったとしても伝えたかったんでしょう。ユリア様への感謝を直接自分の言葉で…」

 そう言ったアリエルはまるで妹を見守る姉のように優し気な目をしていた。


 王城では毎月数回王族主催のパーティが行われいる。そのパーティ終了後、私は毎回メイドたちへの手土産として残り物として廃棄される予定だったケーキを包んでもらっていた。今では何も言わなくてもこっそりと準備したものを手渡してくれるようになっていた。

 不思議なことに今のところ父からのお説教はまだなかった。もしかしたら使用人たちが気を使って黙ってくれているのかもしれない。

 「本当ならケーキの差し入れなんていう物を与える行為ではなく、もっと彼女たちが喜ぶことをしてあげたいんだけど…」

 「そんな気にすることはありませんよ。彼女たちにとって今までしてくださっていることは普段では絶対に経験出来ないような特別なことばかりなんですから。みんなすごく喜んでいますよ」

 「そうかしら…」

 アリエルはそう言うがやはり彼女たちにはもっと何か恩返しがしたい。

 彼の計画にはないことだが私はある作戦を決行することを決めた。



 ◇◇◇

 


 「で、今の進捗具合はどうだ?」

 「アリエルとの関係は良好ですわ。メイドたちともすごく仲良くなりましたわ。貴方の方こそどうなんですの?」

 「こちらも順調だ、何の問題もない。だが相変わらず不穏な動きはあったな。まぁ、いつも通り取り潰したから大丈夫だとは思うが一応5日の夜は警戒しろ」

 「もちろんですわ」

 静まり返った深夜1時過ぎ。王城裏の森にある湖の畔で私とフィードル伯爵は密会していた。


 フィードル伯爵が王城へ招待されることは少ない。

 私の16歳の誕生日パーティから5カ月。今日は一番上の姉の誕生日パーティが行われていた。

 さすがに王族の誕生日バーティは毎月数回行われる貴族の権力と財力を見せつけ、厄介者を爪弾きするために開かれるパーティとはわけが違う。王国の貴族としてフィードル伯爵もちゃんと招待されていた。

 彼と直接会える貴重なこの機会に、ここまでの状況報告とこれからすべきことについての指示を受けることになっていた。


 ◆


 『パーティの後こっそり会うなんて、どうしてそんな面倒なことをするの?』

 事を明かされた時、次回以降の連絡方法について彼からの説明に疑問を持った。

 直接密会するのは見つかるリスクがある。それにその計画なら私と彼が会える機会は年間3、4回しかない。あまりにも少なすぎた。

 『手紙でも送ってくださればよろしいのに?』

 『残念だがそれは無理だ』

 『無理?』

 『あぁ。俺はお前にこれまでも何回か手紙を送っている。知っていたか?』

 『えっ!?そうなんですの?』

 彼からの手紙?そんなものは一通も届いていない。

 思わず首を傾げた。

 『だろうな』

 すると伯爵は大方予想通りだったというような反応の後、ため息をついた。


 『7回目のパーティの時、花束につけたバースデーカードをお前の父親は破り捨てていただろう。あれを見てわかったよ。お前宛の手紙はすべてお前の父親によって阻止されているとな』

 『はっ!?お父様が!?何故そんなことを?』

 『お前に悪い虫が付くのが嫌だったんじゃないか。お前は末っ子で一番かわいがられているからな』

 『あぁ…』

 あの時の父の奇行の裏にはそんなことが隠されていたとは…。だがそうと分かれば父の行動に理解が出来た。


 こうして連絡手段がないことが分かった私たちは、少し危険で面倒ではあるが機会に乗じて直接会うことになった。そして今日がその第1回目だった。

 

 ◆


 「今回は他のメイドたちも一緒に城下へ行こうと思うの。人が増えれば勝手に人目につくでしょうし、そこで街の人たちに私とメイドたちは対等な関係だっていう姿が見せられると思うの」

 「なるほど。お前にしてはいい考えだ」

 少し関心したような表情をした。

 どうだ。私だってちゃんと色々考えているんだぞ!と言わんばかりに胸を張った。


 「だが貧民街には行くなよ。もう一度言うぞ、絶対に貧民街には近づくな、足を踏み入れるな!」

 「わ、わかってますわ」

 「いいか、絶対に油断するなよ!」

 何故かいつにも増して真剣な表情と語気を強めて伯爵は私に強く警告した。


 私が死んでしまえばすべての計画は失敗しまた振り出しに戻ることになる。彼の運命は私の行動にかかっていると言っても過言ではない。だから彼がここまで必死になるのは当然だろう。

 それにもうあんな思いはしたくない。だからあの場所に近づくつもりなど、初めから毛頭なかった。


 「貧民街の存在を明るみするのは次のパーティの時だ。全員に聞こえるようにこの買い物の際に城下でそんなものを見たがあれは何のか?と城下街を領地を管理している公爵に訊ねろ。恐らく空気は凍るだろうがそこからがお前の『馬鹿』の見せ所だ。空気を読まずにガンガン質問攻めにしろ。医者が話していた医薬品取り上げの話もそこで出せ。そうすれば、お前の父親は黙っていないだろうからな。まずは実績のあることで国民の関心をこっちに向けさせるんだ」

 「わかったわ」

 こうして私に最初の作戦内容が伝えられた。


 あまり長居しているとバレる危険性がある。

 そそくさと私たちは闇夜に身を紛れさせて解散した。



 ◇◇◇



 「おやすみなさいませ」

 「うん。おやすみさない」

 10月4日。姉たちとの演劇を観覧した日の夜。

 アリエルと夜のあいさつを交わした後、そそくさと最初のミッションを開始した。

 心配はないとは言われたが用心するに越したことはない。


 事前に用意していた脱出用のロープを窓から外へ垂らす。

 寝巻きから動きやすい服装に着替え、食料の入ったカバンを傍らに置き、ベッドに腰掛けた。

 アリエルやって来たら有無を言わさずすぐに脱出する。

 前回は使わなかった装備一式を並べ準備万端整えた。


 「これでもし失敗しようものなら、彼になんて言われるのかしら……」

 冷たく見下した視線で見つめる伯爵の姿が簡単に想像出来た。


 「さぁ、どこからでも来なさい!」

 前回は寝てしまったが、今回は絶対に起きていよう。

 そう強く心に誓った。


 ◇


 朝日が昇る。

 結局襲撃はなかった。

 「よかった……」

 途端に眠気が襲ってきた。


 しかしこんな格好と装備一式をアリエルに見られたら変に思われてしまう。

 前回の時も説明に大変苦慮した。

 「よし、片付けるか」

 一人呟くとロープを素早く回収し鞄をクローゼットに仕舞い、いつもの寝巻に着替えてベッドへダイブした。

 するとすぐに夢の中へ落ちていった。



 ◇◇◇



 「おはようございます」

 アリエルの声が聞こえた。

 「ふぁ~。おはよう」

 大きな欠伸をして挨拶を返した。


 「ねぇ、ところで今日って何月何日?」

 大丈夫だとは思うが、一応確認してみることにした。

 これで私の16歳の誕生日の日の朝になっていたなんていうオチは勘弁だ。

 少し答えを聞くのが怖かった。 


 「今日ですか?今日は王国歴1008年10月5日ですけど?」

 「王国歴1008年10月5日……」

 よかった。心から安堵した。


 「どうしたんですか?今日って何かありましたっけ?」

 不思議そうな顔をしてアリエルが訊ねてきた。

 「ううん。何でもないわ。今日も素晴らしい一日よ」

 笑顔を浮かべてアリエルに答えた。

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