第27話 馬鹿王女の使い方

 「そんな簡単に言われましても……。そんなこと本当に出来るんですの?」

 「大丈夫だ。安心しろ」

 私の心配もまるでどこ吹く風で自信満々といったようだった。

 どうしてこんなに自信があるのだろう?不思議に思って黙って伯爵を見つめた。


 「お前がこんなにも心配性だったとは意外だな。もっと大雑把で適当な奴だと思っていたんだがな」

 珍しいものを発見したような好奇の目で私は見つめられた。

 「失礼ね!私を一体なんだと思っているのよ!」

 さすがになめられ過ぎてている。

 確かに大雑把で適当なところはある。だが人並みに危機意識はちゃんと持っている。そこまで私は馬鹿ではない。

 それに『勘のいいガキは嫌いだよ』的な展開が起きるかもしれない。

 あんな痛い思いも苦しい思いはしたくない。だから慎重になるのは当然のことであり私は至って真面目だった。


 「何を今更そんなことで怒っているんだ?」

 「別に怒ってなんていませんわ!」

 口を尖らせ伯爵からプイっと顔を背けて抗議した。

 「はぁ、本当に女ってやつは面倒くさいな…。俺が言い過ぎた、謝罪する」

 伯爵は頭を下げた。

 前の言葉がなければもっとよかったのだが、あのガブリエル・フィードルに頭を下げさせたというのは少し気分がよかった。


 「だが本当に心配しなくていいんだ。それだけは言わせてくれ」

 「どうしてそんなことが言えますの?」

 少し上から目線で言ってみた。まるで悪役令嬢になった気分だ。

 「それは、俺がすでに幾度となく成功させているからだ」

 「はっ?成功させている?」

 意外な返答にすぐに元通りに戻ってしまった。


 「いつそんなことをしていましたの?」

 「思い返してみろ。3回目の時お前は今から2年後に起きたクーデターで殺された。5回目以降、今から1年近くは平穏な時間が流れていたはずだ。あれは俺がクーデターを企む勢力を抑え込んでいたから出来た時間なんだよ」

 「あの時間は貴方が作っていたと?」

 「そうだ」

 「クーデターを抑え込むって?」

 「クーデターを起こすヤツは様々だからな。貴族が裏で糸を引いていることもあれば国民の暴走の場合もある。国王軍の兵士が起こすことだってある。その時その時の状況によって起こそうとするヤツは変わってくる。だからその時の状況を見てそいつ等が事を進めるのを妨害していたんだ」

 「だから毎回起きるタイミングが違っていたのね…」

 「分かってもらえたならそれでいい」

 伯爵はどこか少し安心したように見えた。


 彼と私は一蓮托生なのだ。

 双方がきちんと理解していないとこれから行う作戦は成功しない。

 『天才』と呼ばれる彼の頭の中で組み立てられた作戦を『馬鹿』の私が理解しなければいけないのだから彼も大変だ。などと他人事のように思っていると、

 「だから問題となるのはお前の方だ」

 伯爵は不安げな表情で私を見た。


 「私?」

 「あぁ、お前がちゃんと役割を果たせるかという心配だ。失敗したらまた最初からやり直しだからな…」

 まぁ確かに私には荷が重すぎるくらいの大仕事だ。本当にうまくいくのだろうか?

 不安は尽きない。


 「だが大丈夫だろう。お前はすでに人心を掌握して他人の評価を変えることに成功しているからな。あれと同じようにすれば国民のお前への評価だって変えられるさ」

 「ちょっと待って!」

 思わず待ったをかけてしまった。


 「どうした?」

 「今、何と言いました?」

 「ん?『お前はすでに人心を掌握して他人の評価を変えることに成功している』と言ったんだ」

 「何それ?私いつそんなことをしたの?」

 人心掌握などという聞きなれない言葉まで飛び出した。それって詐欺師とかが使う言葉じゃなかったっけ?さすがに犯罪行為をした記憶はない。


 「何を言っているんだ?お前は未来を変えたじゃないか。本来なら絶対に起こることなどなかった出来事を起こすことに成功したじゃないか?」

 「へっ?」

 滅茶苦茶褒めらているのはうれしいことではあるのだが、私にはそんなことをやったという記憶がまったくなかった。


 「お前、自身のメイドを懐柔しただろ?あれのことだ」

 「懐柔!?」

 懐柔だなんて人聞きが悪い。そんな風にアリエルのことを扱おうと思ったことなど一度もない。

 「私は単純にアリエルと仲良くなりたかっただけよ!決して懐柔しようだなんて思っていないわ!」

 「だとしてもだ。最初の世界でメイドはお前に対してどういう態度を取っていた?」

 「それは……」

 いつも面倒くさそうに、迷惑そうに、嫌そうにしていた。

 会話は必要最低限。関わるのも必要最低限。それが最初の世界での私とアリエルの関係だった。


 「当時と比べてお前たちの関係はどうなった?」

 「すごく良くなりましたわ……」

 「そうだ。あれは勝手にそうなったのか?」

 「いえ」

 「では何故あぁなったんだ?」

 「それは私がアリエルに話しかけて…。そう、ケーキを上げたりして、それで仲良くなったの!」

 「ということはアイツは物に釣られたのか?」

 「えっ!いや…、そんなことは……」

 違う。そうではない。

 親しくなるきっかけはそうだったのかもしれない。だがアリエルとの関係が深まったのは決して物をプレゼントしたからというわけではない。


 「私が積極的に話しかけたの!相手にされなくてもずっと。そうしたら少しずつ心を開いてくれたの」

 「だがお前たちは会話も最低限しかしないような間柄だったはずだ。何をきっかけに話しかけたんだ?」

 「それは…、何でもないことやどうでもいいことをいちいち馬鹿なフリをして…」

 「それだよ!」

 「へっ?」

 「それがお前の人心掌握術だ」

 「はぁ!?」

 それだと言われても意味不明だった。


 「お前、自分が実は相手の懐に入るのが上手いっていうことに気づいているか?」

 「へっ?相手の懐に入るのが上手い?」

 「いいように言えばお前は純粋無垢。悪いように言えば無神経。何も考えずズケズケと土足で相手の心に平気で踏み込んでくる」

 「ちょっと!それのどこが懐に入るのが上手いっていうのよ!」

 聞いていれば最悪な奴じゃないか。もし私の周りにこんな奴がいれば絶対に関われいあいにはなりたくない。


 「普通なら遠慮したりこれ以上は言ってはいけない、やってはいけないと思うこともあるだろう。だがお前はそんなことなどまったく考えず、自分が思っていた通りに事が運ぶまで決して諦めない」

 「ぐぬぬ……」

 思い当たる節は…たくさんあるような気がする。これが私が『我儘』と呼ばれる所以なのだろう。改めて思い知らされた。


 「だがそれは悪いことばかりではない」

 「はい?どういうこと?」

 「人間と言うのは相手に遠慮してしまうものだからな。だが本心では言いたいことがあったとしても実際に口に出すことはなく自らの心のうちに呑み込んでしまう。だからお前のようにそんなことなど考えず、思ったことをすぐに口に出し行動出来る人間に憧れる者は意外と多いんだ。相手は最初、嫌々相手をする羽目になるわけだが、お前のその無邪気で裏表のないまっすぐな人柄に嘘偽りがないということに直ぐに気付くだろう。そしてお前の言葉に耳を傾け始めたら最後、気づいたときには完全に懐に入り込まれているのさ。お前のメイドがそのいい例だ」

 「あっ……」

 確かに私はアリエルと仲良くなろうと執拗なまでに話しかけるという行動を取り続けた。最初は確かに嫌そうにあしらわれていた。しかし執拗なまでに続ける私に根負けしたのかあるときからちゃんと受け答えしてくれるようになった。それから親しくなるのはものすごく速かった。失敗してしまった時もあったがほとんど成功している。知らず知らずのうちに私はアリエルの懐に上手く入り込んでいたらしい。


 「憧れというのもあるだろうが、何よりもお前は他の王族のように偉そうにしないからな。思い出してみろ、お前の兄姉はメイドたちにどういう風に接していた?」

 メイドは多くの国民と同じく平民という身分だ。王族貴族は特権階級と呼ばれ普段平民が話しかけることすら出来ない立場だ。そのため明確な主従関係が王族とメイドの間には存在していた。

 「普通のメイドは主と一緒にお茶を飲んだり買い物に行ったりはしない」

 「それは……」

 お兄様やお姉様のメイドはまさに召使いだった。基本的に返事は『はい』であり意見をするなんてもってのほかだ。必要な時以外会話もしない。常に伏し目がちで緊張感が漂っていた。

 しかし私のメイドたちはまったく間違っていた。間違っていれば『違う』と言うし、寝る直前まで会話を楽しんでいた。楽しければ笑うし馬鹿なことを言えば呆れたような目で見られた。


 「普通あんなことはあり得ない。貴族の間でも眉を顰める者は多い。だがメイドや使用人といったお前と関わりがあるヤツ等の中にはその関係を羨ましいと見ているヤツは多かった。つまりお前のメイドだけではない。お前と関わり合いのあるヤツは少なからずお前に対して好意を持っているということだ」

 「えっ!?ウソ!本当に?」

 にわかには信じられない話だった。そんなことってあるのか?だって私は『我儘馬鹿王女』なんだぞ?

 「疑っているようだが、前回の世界でお前が死ぬ直前のことを思い出してみろ」

 「死ぬ直前のこと?……、あっ!?」

 「思い出したか?」

 そうだ。あのときメイドたちはみんな涙を流していた。

 演技のようには見えなかった。心から無念に思い、現実を受け入れたくない。そう思っているように見えた。


 「あの経験は今回行う作戦でも必ず役に立つ。細かいことは俺が考えて指示を出すからお前は難しく考えず馬鹿なフリをしていればいい。今こそ『我儘馬鹿王女』の本領発揮だ」

 

 こうして私はフィードル伯爵と共に『我儘馬鹿王女』と呼ばれたことを利用して、この国を救うための一大作戦を決行することになった。

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