第26話 『死に戻り』を終わらせろ!

 「この先どう足掻いてもクーデターは必ず起こり、そして王族は糾弾され処刑される。そうなればまた最初からやり直しになる。だが例えばクーデターが起きたとしても糾弾されない王族が現れたらどうだ?そいつは王族で唯一生き残ることになる。そうなればこの国に掛けられた『呪い』が発動することはない。つまり『死に戻り』はもう二度と起きないということになる」

 「ちょっと待って下さい!」

 得意げに話す伯爵に待ったをかけた。


 「それってもしかして私に何度でも成功するまで『死に戻り』を繰り返せっていうこと?」

 私は『死に戻り』をしている。つまり失敗しても何度でもやり直すことが出来る。

 もしかしなくても彼は私が『死に戻り』をしている理由をそれだと認識したのではないだろうな?

 当然私は処刑されてたり死ぬことに快楽を覚えるような特殊性癖を生憎私は持ち合わせてはいない。好き好んで死んだり死ぬことに慣れている人間なんてこの世にはいないのだ。

 「そんなことするのは嫌よ!死ぬのは本当に最後の時の一回だけで十分ですわ!」

 このままでは何度も無駄死にを繰り返す羽目になりそうだ。

 必死に抗議の声を上げた。すると、


 「奇遇だな。その考え方は俺と同じだ」

 「えっ?同じ?何がですの?」

 私の抗議に伯爵が賛同を示した。

 数多の難題を次々に解決し『天才貴族』と呼ばれた彼と、我儘な振る舞いと世間知らずな言動で『馬鹿王女』と呼ばれた私。クーデターを起こした側と起こされる側。正反対の立場にいたため絶対に相容れない思っていた伯爵と意見が合致する日が来るとは思ってもみなかった。


 だが一体何についてだ?

 成功するまで『死に戻り』を繰り返すという非効率的な行動を止めることについてか、それとも死ぬのは最後の一回だけでいいと言った部分か?

 出来れば後者であって欲しい。願うような気持ちで伯爵の顔を恐る恐る見た。


 「『死ぬのは最後の一回でいい』という部分は俺も同感だ。それとさっきから何か勘違いをしているようだが、俺はお前に無駄死にを要求するというようなことは絶対にしないから安心しろ。そもそもお前に死なれてもらってはこの『死に戻り』を終わらせることが出来なくなってしまう。そうなれば俺も死ぬしか道はなくなる。俺だってもう二度とあんな目に遭うのは勘弁だからな」

 よかった。彼の言葉にホッと胸を撫で下ろした。

 どうやらこれ以上の無駄死にはしなくていいようだ。

 


 「さて、ここからが本題だ」

 「本題?」

 安堵する私が落ち着くのを見てから伯爵は話を元に戻すと核心部分とも言える本題について言及した。


 「俺とお前が一体何をどう協力し合うのか、ということだ」

 そうでした。

 伯爵はこの『死に戻り』を終わらせるためには私と力を合わせる必要があると言った。一体何をさせるつもりだろう?内容を聞くのが少し怖かった。


 「一体私に何をさせるつもりなんですの?難しいことは私、出来ませんわよ?」

 彼とは違って私は馬鹿だ。頭を使った高度な駆け引きや頭脳戦はさすがに無理だ。情けない話だがこんな私に出来ることなんてあるのだろうか?

 「心配するな。そんな難しく考えることはないし、難しいことをやってもらうつもりはない」

 そんな私の心配を知ってか知らずか、伯爵は少し口元を歪めて私を見つめこう言った。 

 


 「いいか、お前は王族でありながら王族らしからぬ自由人だ。時に我儘だの世間知らずの馬鹿だのして『我儘馬鹿王女』という肩書が付くほどだ。だが逆にそれを利用して馬鹿なフリをして貴族連中が必死に隠し続けているタブーというタブーに触れ回り、閉ざされているパンドラの箱を片っ端から開けまくってもらう」



 「はぁ!?」

 まったく意味がわからなかった。

 そんなことで本当にこの『死に戻り』が終わらせられるのか?そもそもそんなことをしたら国中がパニック状態で収集が付かない状態になってしまうではないか。


 「確かに私は『馬鹿王女』ですから馬鹿なフリをしてそういうことが出来るかもしれないわ。でもそんなことをしたらそれこそ王族や貴族の求心力が落ちてしまってクーデターが起きてしまうわ。そうなれば私も含めて王族はみんな処刑されてしまい国は滅んでしまう。そう言ったのは誰でもない貴方じゃないの?」

 矛盾を指摘した。

 しかし伯爵は私の指摘にもまったく動じる様子は見せなかった。

 まるで予め私がそう指摘してくることが分かっていたようだった。


 「なぁ、クーデターって一体どうして起きていると思う?」

 「はい?」

 伯爵からの静かな問いかけにさっきまでの勢いが削がれ、間抜けな声が出てしまった。

 「別に何の不満もないのに殺されるかもしれない危険を冒してまでクーデターなんてするような奴はいないだろ?」

 「えぇ、…それはそうですけど…」

 「だったら何か不満があるから起こした、ということになる。その不満は一体何だと思う?と聞いているんだ」

 伯爵はジッと真剣な眼差しを私に向けた。


 「それは…、やっぱり王族や貴族が国民のことをまったく考えず私腹を肥やすことだけ考えているから?」

 これまでの経験から国民が抱いている不満について分かっているつもりではあったのだが、改めて一言でいうのは難しい。というより不満を抱かせる要素がありすぎる。

 「ほぅ、お前にしては上出来だな」

 伯爵は少し意外そうな表情をした。

 もしかして私がそんなことに気づいていないとでも思っていたのだろうか?さすがに気づくから!と心の中で抗議した。

 

 「重税に人権の侵害、それに貧困。貴族連中は国民から搾り取るだけ搾り取る。一部は王族へ献上され残りを使って贅沢三昧に過ごしている。本来なら奴らはそららの問題を解決し国民がより良い生活が出来るようにしなければいけない。だが奴らは自らの生活を変えたくない一心から解決することなく放置している。そして状況は日に日に悪化し酷さを増している。そんな貴族たちの上にいるのが王族で、貴族から分け前を当然のように貰って貴族よりも贅沢三昧に過ごしている。国民からしたら貴族も王族も真面目に働かず、自分たちから色んなものを巻き上げるだけの存在だ。巻き上げられても手元に十分残る分があればそれほど文句は出ないだろう。だが手元に残るどころか足りないとして不足を要求されたらどうなる?土地や建物、仕事を奪われ、場合によっては子供を売りに出してまで支払いを要求される。これが今のこの国の現状だ。不満を抱かない者なんていないだろう。つまりすべての始まりは王族貴族の振る舞いだ。そこさえもう少しまともならクーデターなんてものは起きることはないんだ」


 まさかそこまで酷いことになっていたとは思ってもいなかった。

 それはあれだけ怒るのも当然だし、もっと怒ってもいいくらいだ。

 改めてこの国の王族貴族の酷さを理解した。


 「正直に言ってまだ王族はいい方だ」

 「いい方?どういうこと?」

 「王族はその現状を知らないだけで、その事実を知れば改善しようとするからな。もちろん貴族の報告を一切疑うことなく鵜呑みにするのはどうかと思うが、問題は貴族の方だ」

 「貴族の方?」

 「奴らは王族にバレないよう不都合なことをひた隠しにする。『貴族のプライド』を守るとでも言った方がいいのかもしれないな。お前も前回の世界で十分実感しただろ?」

 「あっ!?」

 前回の世界。私は隠されていた貧民街という場所で襲われ、そのときのことが原因で死んだ。リマン公爵は貧民街の存在を隠していた。そして私の怪我によってそれがバレた。一部では公爵が自らの領地運営が出来ていないことを隠すために貧民街の存在を隠蔽したと噂されていた。


 「お前の死後、お前に怪我をさせた人物が特定できない以上そこに住むすべての人が容疑者だとして全員殺されることで貧民街は消滅した。しかしこれが発端となり貴族たちは今まで隠してきた不都合な真実の隠ぺいに一斉に走った。しかし長年に亘ってその仕組みが続いていたということはすでにその仕組みがその土地では当たり前になっていた。それを突然奪うということはそこに暮らす人々の暮らしを奪うということになる。そんなことが積み重なりついに国民の怒りが爆発し、クーデターは起きた」

 ちょっと近道しようと脇道に入っただけなのに、まさかこんな大ごとになってしまっていたなんて。それに関係のない貧民街の人たちも巻き沿いにしてしまったなんて…。もっと慎重に行動するべきだった。さすがに少し反省した。


 「だがそれで中々面白いことがわかった」

 「面白いこと?」

 私にとっても国民にとっても面白いことなんて一つもない。しかし随分伯爵は愉快そうだった。


 「お前、一部の国民からは感謝されていたんだよ」

 「へっ!?感謝?私が?」

 いつ?誰に?

 懸命に看病してくれたメイドたちに感謝はすれども、逆に国民から感謝されるようなことをした覚えなど一つもない。

 「実はお前が病にかかったおかげで別の領地でも医薬品の取り上げが起こっていたことがわかったんだ。国王はすぐにそれを禁止させた。それで市中に薬が行きわたるようになり、多くの命が救わることになったんだよ」

 「ウソでしょ?そんなことが……」

 怪我の功名とはまさにこのことだ。死んだことに納得はしていないが、決して無駄死にではなかったことはよかったと思う。しかし意外な顛末に驚きを隠せなかった。


 「そこで思ったんだ。お前は後先考えず思い付きでイレギュラーな行動を取る。だがそれが『死に戻り』にお前が選ばれた真実だとな」

 「はぁ?どういうことですの?」

 馬鹿にされているとしか思えない言い方ではあったが、私が『死に戻り』に選ばれた真実と言われてしまえば話の続きを聞かざるを得ない。

 伯爵から発せられる次なる言葉に耳を傾けた。


 「お前の馬鹿気た行動は国民の支持を得ることになる。損得も忖度もない。時には自分の首を絞めることもあるかもしれない。だがそんなこと関係なしに繰り出されるお前の奇想天外な行動は意図せず国民の声を代弁することになるということだ」

 「いやいや。どうしてそうなるんですの?」

 「お前は腐っても王族だ。王族であるお前の言動を貴族はむやみに無視することは出来ない。つまりもし貴族が隠し通してきたタブーにお前が触れることがあったならば貴族はそれに対応せざるを得なくなるということだ。貴族連中がタブーとしていることは自らが富を得る反面国民を苦しめることでしかない場合がほとんどだからな。それも理不尽で到底容認できるようなものではないことばかりだ。親馬鹿がお前の父親もお前の言うことになら簡単に首を縦に振るだろう。つまり国民にとってはお前の存在は今まで誰も触れることのなかったタブーに切り込む救世主となる。であれば例えクーデターが起こったとしてもお前を処刑することに異議を唱える者も出て来るだろう」

 確かにその理屈通りに事が進めば私は命を奪われずに済む。だが、

 

 「隠された真実を暴けば当然貴族たちの反感を買うと思うんですけど…」

 逆上した貴族に始末されてしまっては元も子もない。

 それにそもそもそう上手くタブーに切り込めるほど私は立ち回りが上手いわけでもないし、咄嗟の時に機転を利かせるような頭脳もない。伯爵が常にそばにいてフォローしてくれるわけでもないし。絵に描いた餅であって上手く実行出来るとは思えなかった。


 「安心しろ。そこで俺とお前が互いに力を合わせるという話だ」

 そう言えば彼はそんなことを言っていたっけ。

 「私が何をしたらいいのかはわかりましたけど、貴方は何をしてくれるの?」

 「俺は貴族や国民の不満を抑えクーデターが起こるのを阻止するための時間を作る。その間にお前が貴族連中を引っかき回して国民からの支持を得ろ」


 まるですでに自分はやったことがあるかのようにあっさりと伯爵は言い放った。

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