第22話 胸の高まり

 「それでは、おやすみなさいませ」

 「おやすみなさい」

 入浴を済ませ就寝の支度を終えると大量のケーキ箱を抱えたアリエルは静かに部屋を後にした。


 コツコツと足音が遠ざかる。それを確認するとベッドに倒れこんた。

 「ふぅ。ここまでは何とか大丈夫そうだ」

 今回も順調にミッションをこなせた。ホッと胸を撫で下ろした。


 パーティが行われる日の夜はいつもより就寝時間が遅くなる。ドレスを着るのもそうだが脱ぐのにも時間がかかる。お化粧を落とすのだって大変だ。

 時計を見ると針は12時30分を指していた。

 

 『今夜1時、王城裏の湖のほとりにある銅像の前に一人で来い。あと、誰にも気づかれるな。絶対にだ。もし来なければ俺はお前を殺すことになるということを忘れるな』


 フィードル伯爵の言葉を思い出した。

 こんなことは今まで一度もなかった。

 『来ないと殺す』とは何とも物騒なことを言われたものだ。

 実際一度私は彼に殺されているので冗談とは思えなかった。

 「あれ?」

 ふとある疑問が浮かんだ。


 『もし来なければ俺はお前を殺すことになるということを忘れるな』

 …?『また』とはどういうことだ?まるで一度したことがあると言っているようではないか。

 「まさかね…」

 考えすぎだろう。彼の頭の中を我儘馬鹿王女と呼ばれた私が知ることなんて出来るわけがない。彼は自領地の収入を先代の倍近くにまで伸ばした天才イケメン貴族と呼ばれる人物だ。私がどれだけ思考を巡らせたところで時間の無駄だ。考えることを放棄した。


 「行かなかったら殺されちゃうんだったら行くしかないわよね……」

 何となくだが彼が本気で言っているように思えた。

 どうして突然あんなことを言い出したのだろう?ずっと軽い挨拶程度だったではないか?彼の身に一体何がったのだろう?行動の急変のわけが気になるところではあるが、私には皆目見当がつかなかった。


 「まぁ行ってみればわかるか…」

 何を企んでいるのかはわからない。しかし一度彼の思惑に乗ってみることにした。失敗したとしてもどうせまた死に戻るだけだ。

 それに貧民街の存在について口を滑らせてしまうという失態を犯してしまっている。父やリマン公爵の耳に入るのも時間の問題だろう。

 先行きが怪しくなってしまった今回の世界に早くも諦めの気持ちを持ち始めていた。

 ベッドから起き上がり、クローゼットを開けた。寝巻から動きやすい服を取り出し着替えると誰にも気づかれないように慎重に部屋の扉を開けた。



 ◇◇◇



 相変わらず夜の城の中は薄暗くひんやりとしていた。慎重に足音がならないように慎重に長い廊下を歩いた。

 使用人に会うことも、巡回する警備兵に会うこともなかった。城の警備は大丈夫なのか?と少し不安になった。


 暗い廊下が続く中、僅かに光が部屋から漏れていた。どうやら誰かが中にいるようだ。慎重に部屋の前を通過しようとしたときだった。

 「落ち着きなさい!」

 聞きなれた声に思わず足が止まった。つい扉の隙間から中を覗いてしまった。

 見覚えのあるメイド服を着た女性が5人部屋の中にいた。その中にアリエルがいた。どうやらこの部屋は私のメイドたちの控え室のようだ。

 

 「ちゃんとユリア様に感謝していただきましょう」

 「「「「はい!」」」」

 メイドたちは嬉しそう満面の笑みを浮かべて返事をした。

 「!?これ、すごくおいしいです!アリエル様!」

 「こんなにおいしい食べ物、私初めて食べました!」

 「どうしましょう。幸せ過ぎて泣いちゃいそう…」

 「生きててよかった…」

 

 メイドたちはケーキを頬張ると口々に感想を述べた。

 ワイワイとお互いのケーキを交換したり、終始賑やかな声を上げていた。

 その様子をアリエルはにこやかに優しい目で見つめていた。その姿は全員の姉のように見えた。

 これまでアリエルからメイドたちの感想を聞いていたが、直接彼女たちの口から感想を聞くのは初めてだった。

 少しオーバーすぎだろと思うところもあったが、まさかこれほど喜んでくれていたとは思ってもいなかった。


 「ありがとうございます、アリエル様」

 「私じゃなくてお礼はユリア様に言いなさい」

 「でもユリア様に直接言葉を交わすのは…」

 「そうね、じゃあ喜んでいたと伝えておくわ」

 「「「「ありがとうございます!」」」」

 メイドたちは全員が飛び切りの笑顔を見せていた。

 

 こんなに喜んでくれると、次のパーティでもまた持って帰ってあげたくなる。

 私はチョロかった。

 なんていい子たちばかりなんだろう、と満足して聞き入っていたときだった。


 「そういえばユリア様、フィードル伯爵に口付けされたんじゃないかって」

 「私も聞きました!薔薇の花束を渡されたときに交わしてたって」

 「ってことはフィードル伯爵はユリア様に好意を持たれてるっていうこと?」

 「ユリア様もまんざらでもなさそうだったって、見てた使用人の一人が言ってましたよ」

 「まぁ!じゃあお二人は両想いってこと!?」

 

 何だって!?

 衝撃的な言葉に思わず叫んでしまいそうになった。

 口づけなんて交わしていない!確かに彼の顔が急接近したとき心臓が飛び出そうなほどドキリとしたのは事実だ。その時顔がゆるんでいたかもしれない。しかし彼は私を一度殺した男だ。そんな彼に好意を抱くだなんて考えられない。

 猛抗議したいが出て行くわけにもいかない。静かにその場で地団太を踏んだ。

 

 「アリエル様は知ってましたか?」

 メイドの一人が嬉々とした様子でアリエルに訊ねた。

 「そんなのウソよ。ありえない」

 紅茶のカップを傾けてピシャリと言い切った。

 「あのフィードル伯爵があんな我儘お姫様に恋するなんて、天と地がひっくり返ってもありえないわ」

 そっけない態度で答えた。いいぞいいぞと応援したいところではあるが、少し棘のある言い方が引っかかった。

 「そうなんですか?」

 「当たり前です。だってユリア様ですよ。あなた達だってあの我儘っぷりと世間知らず具合は知ってるでしょ?」

 「でもユリア様って見た目はすごく可愛いらしいじゃないですか。やっぱり殿方はああいう方が好みなんじゃないんですか?」

 「そうね。は可愛いらしいと人気みたいですね。


 酷い言われようだった。アリエル、あなたそんな風に私のこと思っていたの……。

 少し悲しかった。しかしまだこの世界では彼女との関係は十分に出来ていない。

 これからその評価、逆転させてやるんだから!

 密かに闘志を燃やした。


 しかし、まさか私とフィードル伯爵が両想いだなんて……。

 そこでハッとあることに気付いた。


 『今夜1時、王城裏の湖のほとりにある銅像の前に一人で来い。あと、誰にも気づかれるな。絶対にだ。』


 人気のない夜の湖。そこに一人で来いと言う。

 それってもしかして……!

 この後起こるかもしれない展開を想像して胸がざわついた。


 もしかして『殺す』というのも彼なりの照れ隠しだったんじゃないのか!?

 途端に顔に熱を感じた。

 アリエルたちに気付かれないよう、静かにその場を後にした。

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