第20話 7度目の誕生日パーティ
「何をやってるんですか。早く起きてください」
メイドは舌打ちをすると早く起きるよう急かした。
「あぁ、そうね」
私は寝転んだまま手を天井に向かって伸ばした。
「何してるんです?」
メイドは怪訝な表情で私を見ていた。
「もう少しこうしていたいの」
自由に手足が動かせる喜び、息苦しくない喜び、体中に激痛が走らない喜び……。当たり前のことが当たり前に出来る喜びを体全体で感じていた。
◇◇◇
「誕生日おめでとう、ユリア。今日で16歳だね」
朝食の席に姿を現した父は満面の笑みを浮かべ私の誕生日を祝福した。
「さぁ、ささやかなプレゼントだ」
父がパチンと指を鳴らすと、大量の薔薇の花束を抱えた執事達がぞろぞろとやって来た。
「どうだい?驚いただろう」
父は満面の笑みをたたえ、娘へのサプライズ成功を自画自賛しているようだった。
「ありがとうございます、お父様」
笑顔で感謝を伝えた。
ふと前回の死に際に見た父の顔が頭の中に浮かんだ。
嬉しそうな両親の姿に自然に涙が流れた。
突然涙する娘の姿を見た父は驚き慌てた。
「どうした!?もしかして薔薇は嫌だったのか!?」
「いえ、違います。私は本当にお父様に愛されているんだなと改めて思って」
「何だ、そんなことか。当たり前じゃないか。私は一度たりともお前のことを愛していなかった時なんてないぞ」
「えぇ、知っています。私は知っています…」
流れ出した涙は止まらなかった。
父は私に対して非常に過保護だった。
時折それが面倒くさく思うときもあった。しかし前回の世界での父は誰よりも私のことを心配し誰よりも深い愛情を持って接してくれていた。
「お父様。それにお母様、お兄様とお姉様。皆さんに愛されて、私は本当に幸せ者です」
にっこりと微笑んだ頬にまた一筋の涙が伝った。
私の涙を見て、父と母、それに姉たちはハンカチで目元を拭った。
「使用人の皆も本当にありがとう。文句が言いたくなることもあるでしょうけど、皆さんのお陰で私たちは何不自由なく過ごせているわ。いつも本当にありがとう」
執事やメイドといった使用人たちに向かって深々と頭を下げた。
その姿に支配人たちの間にどよめきが起こった。
◇◇◇
身支度を整え、私は7回目となる16歳の誕生日パーティに挑んだ。
朝食時は少し感情が入りすぎてしまった。あやうく5回目のときのようにパーティが中止されるところだった。
これまで通り頬をパンと叩いて気合を入れた。
「本当に大丈夫ですか?」
アリエルはどこか未知の生命体と対面したかのように何とも言えない表情で私を見つめていた。
「全然大丈夫よ。じゃあ、いってくるわ」
私はいつものように颯爽とパーティ会場に足を踏み入れた。
「ユリア王女。お誕生日おめでとうございます」
「ありがとうございます」
小太りで脂ぎった顔に悪趣味な服装をした中年男性と厚化粧と香水臭い中年女性が次々と祝福の声をかけに私の元にやって来ては同じ言葉を発した。
私はにっこりと笑みを浮かべて返事を返すと一人ひとりの貴族と談笑した。
「受け答えもしっかりとされていて、随分凛々しくなられましたね」
「まだまだ子供かと思っていましたが、すっかり王族の一員という風格を感じますわ」
今回も対面した貴族たちからの評判は上々だった。
パーティの開始からおよそ2時間が経った頃、会場が急に騒がしくなった。
「きゃあ!素敵!」
会場から女性たちの歓声が聞こえてきた。フィードル伯爵の到着だ。
いつも通り彼と無難に挨拶を交わそうと思っていると、こちらもいつも通りイケメン貴族は到着後すぐに私の目の間までやって来た。
「ユリア王女。お誕生日おめでとうございます」
「遠いところをありがとうございます、フィードル伯爵」
他の貴族たちと同じように、笑顔でお礼の言葉を返した。
「これは私から贈り物です。お気に召していただくと幸いです」
フィードル伯爵は今回も大量の薔薇の花束を私に差し出した。
すっかり忘れていた。前回彼は突然薔薇の花束を持って現れたんだった。
「まぁ、素敵!ありがとうございます」
少し驚きはしたがこれは一度経験済みだ。
にっこりと笑みを浮かべたまま花束を受け取ろうと手を伸ばした。私の動きに合わせてフィードル伯爵はゆっくりと花束を私の手に乗せようとした。ところが、
彼は足を前後に開き膝を軽く曲げるとそのまま花束を私の手に乗せた、かと思うと突然前傾姿勢になり自らの体を私目掛けて押し付けた。フィードル伯爵と私の顔がすれすれの位置まで近づいた。
もちろん真正面からぶつかったということはない。しかし丹精な顔が私のすぐ真横にあった。
首を少しでも動かせばお互いの頬だけでなく唇すら触れてしまう。それくらいの至近距離での急接近に心臓がドキリと跳ねた。
「あ、あの…」
さすがに恥ずかしくなり固まった姿勢のまま小さく声を出した。
すると伯爵は手首を返して花束を持ちあげた。伯爵の顔のある方と逆側の頬に薔薇の花弁が当たった。伯爵の顔と薔薇の花弁で私の顔はサンドイッチされていた。
「伯爵?」
伯爵が何をしたいのかその意図が分からず再び小さな声で抗議をしようとしたときだった。
「今夜1時、王城裏の湖の
それだけ言うとすぐに体を元に戻すと肘を伸ばして花束を私の体に押し付けた。
何が起こったのかいまだに理解出来ず口をポカンと開けたまま呆然と伯爵の顔を見つめた。
囁かれたのが愛の言葉ではないということだけはわかった。
「きゃあ!もしかして、あのお二人、今口付けをされてたんじゃない!?」
「まぁ!?こんな場所で大胆!」
「あの二人、もしかしてお付き合いでもされてるのかしら?」
会場にいた女性たちから悲鳴のような声が次々に上がった。
突然のことに私は困惑したのだが、フィードル伯爵は顔色一つ変えていなかった。
「おい、貴様!今娘に何をした!」
怒りで顔を真っ赤にした父が急いで私たちの元に駆け寄ってきた。
「何とは?」
「惚けるな!今、娘に口づけをしただろ!」
「く、口づけ!?」
父の言葉に誰よりも私が大きな声を上げてしまった。
実はあのとき、会場の中にいた人たちからは真っ赤な薔薇の花弁と私たち二人の顔がちょうど重なっていた。重なった部分の後ろで何が行われていたのかは全くわからないのだが、男女が顔と顔を近づかせてすることと言えば一つしか思い浮かばない。
「貴様!寄りにもよって今日という日にそんな破廉恥なことを娘にするとは…!」
顔を真っ赤にするだけではとどまらず、ついにはプルプルと小刻みに震え始めた。血管が切れてしまわないかとそちらの方が心配になった。
しかしフィードル伯爵はそんな父に動じることはなかった。
「申し訳ありません。普段このようなことに慣れていないもので、少々距離感を測り損ねてしまいました。体は軽くぶつかってしまいましたが、それ以外ユリア王女には指一本触れてはおりません。ですので陛下、どうかご安心を」
謝罪するとともに淡々と事の経緯を説明した。
「本当か?」
興奮のためか父の瞳孔は完全に開いていた。
「は、はい。伯爵の言う通りです。私は何もされていませんわ」
今までに見たことのないような父の表情に戸惑いや驚きというよりもドン引きに近い感情を抱いた。
「本当だろうな?」
私への確認を終えると首を横に振って後ろで控えていた使用人たちにも同じ質問をした。
「はい。見ておりましたがお二人の顔は一切いておりませんでした。ですので恐らく接触はなかったと思います」
使用人たちがいたのは会場の反対側。つまり私たちの顔は花弁で隠れておらず使用人には丸見えの状態だった。フィードル伯爵はまっすぐ前を向いたまま、至近距離でしか聞き取れないくらいものすごい小声で私に囁いたため、使用人たちは伯爵と私との間に何かやり取りがあったということに気づいていないようだった。
「もう一度聞くぞユリア。本当に何もされてないんだな?」
「はい。何もされていません。というよりあの状況になったら何かしてもらいたいぐらいでしたのに…」
正直口づけがあるのではと少し期待してしまった自分もいた。一度殺された憎き相手と言えども、フィードル伯爵は超絶イケメンである。女子なら一度くらいはそんな妄想にふける事はあるというものだ。
「そうか…。そうか…。そうか…。何もなかったのか。そうか…」
父は安心するとその場にへたりこんだ。
「大丈夫ですか、陛下?」
「もとはと言えばお前が紛らわしいことをするからだろ!?」
心配して手を差し伸べた伯爵に父は罵声を浴びせかけた。再び顔が少し赤く紅潮していた。
それでも差し伸べ続けていた伯爵の手を取ると立ち上がった。
「以降気を付けます」
フィードル伯爵は頭を下げるとそそくさと会場内へと消えていった。
何とか一件落着といったところのようだ。
ホッと胸を撫で下ろした。
「お前も少し油断しすぎだ。もう少し王族として自らの身を守るということも考えろ」
「はい。申し訳ありませんでした」
「確かにお前は継承権から遠い第3王女だ。しかし王女であり王族の一員であるという立場に変わりはない。そのことをゆめゆめ忘れるな」
「はい」
怒られた。しかし父が怒るのも無理はない話だ。
「しかも何だ?何かしてもらいたいくらいだっただと?私はそんなこと認めんぞ!」
それでも結局最後は私への溺愛で終わった。やはり父は父だった。
「まったく…。薔薇の花まで用意しているとは私への当て付けか、忌々しい」
苦々しい顔をすると私から花束を乱暴に奪い取った。
そして前回同様花束を地面に投げ捨てるとそのまま会場へと立ち去って行った。
投げ捨てられた薔薇を見つめているとあることに気がついた。
今回の花束にはバースデーカードが付いていない。
あの囁きが前回のバースデーカードの替わりということだろうか。
だとしたら何と恐ろしいことが書かれていたんだ…。確か『殺す』とまで言われた覚えがある。
思わず会場にいるフィードル伯爵を見た。
彼はいつも通り近寄ってきた貴族令嬢たちの相手をしており、こちらの視線に気づく様子は一切なかった。
その後、いつもの如くパーティは無事に終わりを迎えた。
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