第18話 城下町
「ねぇねぇ!アリエル!これ、どっちの方がいいと思う?」
「私はこっちの方がいいと思います。その方がユリア様の魅力が引き立つと思いますよ」
あれから数日後。今日はアリエルと一緒に城下へ買い物に出かけていた。
私は生きていた。何故だかわからないが、今回はすべてが上手く行っていた。
アリエルとの仲も良好だ。
私は幸せな日々をただただ謳歌していた。
こんな時間が永遠に続けばいい。悲惨な最期を経験する度、その思いは強くなる。
しかし楽しい時間はあっという間に過ぎていった。
「そろそろ帰りましょう。あまり遅くなるのは危険です」
「そうね。そうしましょう」
陽が傾き夕焼け空が見え始めたころ、アリエルの号令を受け帰ることにした。
馬車に乗り込み大通りを進む。徐々に城の姿が大きく見え始めたときだった。突然馬車が止まった。
「どうしたのかしら?」
「ちょっと見てきます」
窓から外の様子を窺うと大通りに人だかりが出来ていた。
状況を確認したアリエルが馬車に戻ってきた。
「事故でこの先通れないそうです」
「まぁ大変。けが人は?」
「いないようです」
「そう。それはよかった」
大きな事故ではないようで安心した。しかしこの事故により私たちは最短ルートで城へ帰ることが出来なくなってしまった。
「馬車だと一度南の大通りまで出ないといけないですね。結構時間がかかりそうです」
アリエルは地図を見ながら言った。
「夕食前には戻らないとお父様が心配してしまうわ」
「そうですね。困りました」
父は私に対して非常に過保護だった。特に外出には厳しく、目的地はもちろんのこと、帰宅時間も報告しなけば許可してくれなかった。そして帰宅時間が少しでも遅れるようなことがあればその後しばらくは外出を許可してくれなかった。
例え事故だったとしても約束を守れなかったとなれば、次に買い物に出かける許可が出るのがいつになるかのはわからない。絶対に予定の帰宅時間までに城に帰らなければいけなかった。
アリエルが持つ地図を覗き込んだ。地図には路地や小道が無数に書き込まれていた。今自分がいる場所はどこだろう?あっ、ここだ。現在地を見つけるとあることに気が付いた。
「この道を歩いて行くのはダメなの?」
現在地から横に伸びる小道を進めば、通行止めを迂回して最短で城に辿りつけそうだった。馬車は通れなさそうだが歩きでなら問題なさそうに見えた。幸い今日はほとんど買い物はしなかったのでほとんど荷物はない。
「この道ですか?確かに近道になりそうですね。…でもこんな道ってありましたっけ?」
アリエルは首を捻り地図を再度確認した。
「馬車は任せて私たちはこの道を行きましょう。遅くなると大変だもの」
「ユリア様!?」
アリエルの話も聞かず私は馬車から飛び降りた。
「ごめんなさい。私たちは歩いて帰るからあなたは迂回して帰ってちょうだい」
操車に声をかけ私は小道を目指して歩き出した。
「ちょっと、ユリア様!?」
アリエルは慌てて鞄と地図を手に私の背中を追いかけた。
◇◇◇
歩き始めて数分、すぐに異変に気が付いた。
人気がなく陽が当たらない通りはとても薄暗く、嗅いだ事のない異臭が漂っていた。
思わず鼻を手で覆った。なんだろうこの臭い。嗅いだことがある。
どこだっただろう。歩きながら思考を巡らせていると心当たりに行きついた。
あの場所は陽も当たらずかび臭くジメジメしていた。犯罪者を収容する地下牢の臭い。それがまさにこの場所と同じ臭いを放っていた。
もしかして近くに犯罪者がいるのだろうか?しかし地図にはこの近くに囚人を収容するような施設があるとは描いていなかった。
ではこの臭いの正体は一体何なんだろう…。そう思うと途端に怖くなった。
緊張感を感じながら歩みを進めていると、いつの間にか先頭を歩いていたアリエルの足が突然止まった。危うく背中に顔から激突するところだった。
「どうしたの?」
アリエルに訊ねた。しかしアリエルは黙ったまま険しい顔つきで正面を睨んでいた。
私も視線を前に向けた。そこには真っ白な顔をして空ろな目をした男が数人、フラフラした足元でこちらに向かってゆっくり近づいて来ていた。
男たちから生気は感じない。まるでゾンビのようだ。
「この人たちは一体?」
恐ろしくなりアリエルの背中にしがみついた。
「しまった。ここは貧民街だったのか……。すぐにここから離れましょう」
アリエルは険しい顔のまま来た道を引き返すことを提案した。
「そうしましょう」
兎にも角にも善は急げだ。いち早くこの場から離脱するのが一番だ。
急いで踵を返す。しかしすぐに再びアリエルの足は止まった。
「どうしたの?」
「……ダメです」
「えっ?」
アリエルが震えていることに気づいた。まさかと思いながら進行方向を見た。
そこにも先ほどと同じような男たちがいた。私たちは完全に挟み撃ちにあっていた。
「ウソ!こっちにも!?どうしたらいいの!?」
ゾンビのように生気のない男たちが迫る。
アリエルは太腿に潜ませていた護身用の警棒取り出した。
「走ります。絶対に手を離さないでください!」
私の手を強く握って引っ張ると猛ダッシュした。
今助かるためにはこれしか手段がなかった。
スカートを手繰り上げ、必死に後に続いた。
私たちが一斉に駆け出すと、男たちも一斉に私たちに向けて手を伸ばた。まるで私たちに触れようとしているようだ。
アリエルが警棒を振り回す。時折バチンと言う音がすると一人の男が壁に向かって吹き飛んだ。
「早く!今のうちに!」
道が出来た。急いで駆け抜けようと懸命に足を前に出した。
その時突然チクリと背中に痛みを感じた。しかし、立ち止まって確認しているような余裕はない。今は気にせず必死に大通りまで一気に駆け抜けた。
◇◇◇
「申し訳ありません。私がちゃんと確認していればこんな危険な思いをさせずに済んだのに……」
息を切らせながらアリエルは謝罪した。
「そんなことないわ。この道を勧めたのは私だもの」
日ごろの運動不足がたたりまともに息が出来ない。血の味がする。明日から運動の時間を作ろう。
大通りの片隅で壁に手をついて汗だくになり息を切らせている私たちに、周囲の人たちは不思議そうな視線を向けていた。
「本当に『急がば回れ』ってあるのね。最初から南の大通りに行けばよかったわ」
壁から手を離した途端、急に立ちくらみがした。
「ユリア様!?」
驚いたアリエルは駆け寄った。
「大丈夫。ちょっと立ちくらみがしただけよ。普段からもう少し運動しておくべきね」
額に脂汗が浮かぶのを感じ袖で額の汗を拭った。
何だろう。さっきからずっと気持ちが悪い。吐き気がする。
そう感じた瞬間、その場に嘔吐した。
すぐにアリエルは背中を擦って介抱しようとした。しかし彼女の動きが突然止まった。
「その背中、どうしたんですか!?」
「背中?」
そういえば逃げる途中で少しチクリとした。あれは何だったんだろう?
壁を手すり代わりにして立ち上がると店先のガラスを鏡代わりにして背中を見た。
「あれ?何これ……?」
背中には注射器の針が刺さっていた。
「すぐに医者のところに行きます!」
血相を変えたアリエルは私をお姫様抱っこすると大通り沿いにある診療所へ向かって一目散に駆け出した。
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