第16話 6度目の誕生日パーティ

 いつも通り朝食前に父からお祝いの言葉とサプライズプレゼントが送られた。

 腑抜けてはいられない。前回世界での衝撃を引きずらないよう私は出来るだけ冷静でいようと心掛けた。

 そして無事に前回中止となった16歳の誕生日パーティを迎えようとしていた。



 その前に、一度これまでのことを整理してみることにした。


 まずフィードル伯爵の存在だ。

 最も危険な人物だと思っていたのだが、彼が王族に直接手を下したのは最初の1回だけだった。その後起こったクーデターでも彼の名前を聞くことはなかった。裏で糸を引いている可能性も否定は出来ないがその証拠はない。

 そもそも2回目の世界では彼がいないにも関わらずクーデターが起きた。つまり彼がクーデターの首謀者であるとは限らないのだ。

 もしかすると彼は何も関係ないのかも知れない。

 しかし用心するに越したことはない。もしかしたら何かアクションを起こすかもしれない。それを見落とさないようにしなくてはいけない。


 次にアリエルの存在だ。

 今のところ彼女との関係が悪くなると私に待ち受ける運命も悪いものとなっていた。つまり、彼女との関係は良好に保つことが私にとって絶対的に吉ということになる。

 そして関係を劇的に良くするために必須と考えられるキーアイテムがある。パーティで出されているケーキだ。そのケーキを持ち帰ることでアリエルとの関係は急速に深まった。つまりケーキを持ち帰れるか否かが私の人生の豊かさを左右すると言っていいだろう。

 何より前回の世界で私は実感した。アリエルは私にとってとても大切な人なのだということを。だから彼女との関係は絶対に良くしないといけない。


 整理した結果、完遂すべきミッションは、パーティを怠けず乗り切り、アリエルたちにケーキを持って帰るということ。この二つを上手くこなすことが今回の世界を過ごす上が私の運命を大きく左右する。

 とりあえず一番順調だった5回目までは何とか行きたい。まずそこまでいかなくてはその後のことは一切わからないからだ。

 馬鹿な私は策略だのを巡らせ行動するような頭脳はない。だからひたすら尺取虫のように地道に少しずつ状況を打破するために死に戻りを繰り返し最善と思われる道を探すしかない。例えそれが最悪な結末を迎える回だったとしても…。

 本当に非効率的だ。きっと頭の人ならもっと効率的に死に戻りを利用して情報を得るのだろう。何ともうらやましいことだ…。


 しかしもう少し後の地点にセーブポイントがあってほしいものだと思う。

 もう何回同じパーティを過ごせばいいんだ?どうにかパーティの少しあとぐらいでいいから再開場所を移動してもらえないものだろうか。そしてこの死に戻りは一体いつになったら終わりを迎えられるのだろうか?

 足りない情報に見えないゴール。どれ一つとして光明は見えず少しげんなりとした。


 ◇◇◇


 「よし!」

 頬をパンと叩いて気合を入れた。

 身支度を整え、私はいよいよ6度目となる16歳の誕生日パーティに挑もうとしていた。


 「どうしたんですか?もしかしてどこか体調でも悪いんですか?」

 無駄に気合を入れ、鬼気迫る表情で自身の誕生日パーティに挑もうとする私を今回もアリエルは心配した。

 「体調?全然平気だよ!ほら!」

 前回同様その場でぴょんぴょんと跳ねて元気さをアピールした。そこまで同じことをする必要はなかったのだが、どうしてあれほど上手くいったのかという確信がない以上、下手に変えてしまうことにより別の何かが変わってしまうかもしれないことを恐れた結果だった。

 「ちょっと失礼します」

 アリエルはやはり私のおでこに手を当てた。

 ひんやりとしたアリエルの体温が伝わってきた。

 額に当てていいのは弓矢ではなくやはりアリエルの額だろう。しみじみそう思った。


 「熱はないようですね?もしかして頭とかぶつけたりしました?」

 「そんなことしてないわ。でも心配してくれてありがとう。本当に大丈夫だから気にしないで」

 「そうですか……」

 アリエルはどこか納得していないようだった。

 「では何かありましたら直ぐに戻ってきてくださいね」

 相変わらず心配したような表情で私を送り出した。

 

 ◇◇◇


 「ユリア王女。お誕生日おめでとうございます」

 「ありがとうございます」

 小太りで脂ぎった顔に悪趣味な服装をした中年男性と厚化粧と香水臭い中年女性が次々と祝福の声をかけに私の元にやって来ては同じ言葉を発した。

 私はにっこりと笑みを浮かべて感謝の言葉を返すと今回もまた来客一人ひとりとしっかり会話を交わした。


 「受け答えもしっかりとされていて、随分凛々しくなられましたね」

 「まだまだ子供かと思っていましたが、すっかり王族の一員という風格を感じますわ」

 「これなら王家もまだまだ安泰ですな」

 「えぇ、そうですわね」

 対面した貴族たちからの評判は上々だった。


 今のところ問題なし!

 心の中でガッツポーズをした。


 

 そんなこんなでパーティの開始からおよそ2時間が経った頃だった。突如会場が急に騒がしくなった。

 「きゃあ!素敵!」

 会場から女性たちの歓声が聞こえてきた。フィードル伯爵の到着だ。

 今まではとりあえず過度に身構える必要はなさそうだ。過去の経験から私はそう判断した。

 彼とは無難に挨拶を交わしておけばよい。そんなことを考えているうちに、イケメン貴族が私の目の間にやって来た。


 「ユリア王女。お誕生日おめでとうございます」


 これまでと変わらない同じ言葉が彼の口から発せされた。

 やはり彼は何も関係なかったんだ。心の中で安堵すると他の貴族たちと同じようにお礼の言葉を返そうとした。

 しかしこのあと私は大いに困惑することとなった。


 「これは私から贈り物です。お気に召していただくと幸いです」

 フィードル伯爵は大量の薔薇の花束を私に差し出した。


 「えっ!?はっ!?」

 突然のことに私は呆然と花束とフィードル伯爵の顔を交互に見た。

 どういうことだ?こんなこと今まで一度もなかったぞ?

 戸惑う私にイケメン貴族は困ったような顔をした。

 「もしかして、薔薇の花はお嫌いでしたか?」

 「いえ、そんなことはありません。あまりに突然のことだったので驚いてしまって…。本当に綺麗なお花、ありがとうございます」

 少し顔を引きつりながら私は彼から薔薇の花束を受け取った。

 パーティ会場にいたすべての貴族の視線が集まっているのを感じた。

 この光景を見て何やらひそひそと内緒話をしている貴族も多くいた。一体何を言われているのだろう。これまでにない大きな変化に汗が噴き出した。


 とりあえず花束を仕舞おう。いつまでも花束を抱えているといらん誤解を招きかねない。後ろに控える使用人に花束を手渡そうとした。

 「ユリア王女を想って手紙を書かせていただきました。のちほどゆっくりご覧になってください」

 まるで手紙を見ろと言わんばかりの圧力を彼の言葉から感じた。確かに花束にはパースデーカードのようなものが取り付けられていた。


◇◇◇


 薔薇の匂いが好きだ。

 しかしそのことを知るものはそう多くない。だからそのことを知っている父はサプライズプレゼントとして朝から大量の薔薇をプレゼントしたのだ。


 「ふん。私への当て付けか、忌々しい」

 会場の雑踏の中に消えたフィードル伯爵の背中を目で追っていると突然父が背後で呟いた。どうやら自分以外の人が私に薔薇の花をプレゼントしたのが気に入らなかったようだ。

 「どうやってユリアの好きなものを知ったのかは知らんが、手紙まで付けるだと?ふざけた真似をしおって」

 使用人から花束を奪うとバースデーカードを取り外した。花束は地面に投げ捨て、バーステーカードは私が見る前にその場でビリビリに破り始めた。

 「お父様!?」

 突然の父の奇行に驚きを隠せなかった。

 「心配するな。どうせ碌なことなんて書いていない。お前は何も気にすることはない。それより次の方が待っているんだ。しっかり挨拶しなさい」

 それだけ言い残すとパーティ会場の中へと消えていった。

 私は突然の父の豹変具合にただ驚き唖然としていた。



 その後、いつもの如くフィードル伯爵が私に近づくということはなく、私の6度目となる16歳の誕生日パーティは無事に終わりを迎えた。


 ◇◇◇


 「お疲れ様でした。って何ですかその大荷物?」

 大量の荷物を抱えて自室へ戻ってきた私をアリエルは驚いた表情で出迎えた。

 「いっぱいケーキが余っていてね。」

 「えっ。それは……嫌いじゃないですけど。さすがにこれは少々量が多すぎるんじゃないですか?」

 「あなただけの分じゃないわ。あなた以外のメイドたちの分よ」

 「えっ!?彼女たちの分……ですか?」

 アリエルは戸惑いと驚きの声を上げた。

 「えぇ、だって彼女たちいつも頑張ってくれているじゃない?私はこれくらいしかお礼が出来ないけど、喜んでくれるかしら?」

 「それはきっと喜ぶとは思いますが……。本当に今日はどうしたんですか?もしかして、悪魔にでも取り憑かれてるんじゃないですよね?」

 アリエルは少し怯えるような素振りをして私を見た。

 「失礼ね!そんなことないわよ!私はただ単純に私のために頑張ってくれているメイドたちに感謝を伝えたいと思っただけのことよ」

 すこし頬を膨らませて抗議した。

  

 「それは失礼しました。彼女たちも小躍りして喜ぶと思いますよ。ケーキなんて食べたことない子も多いですから。本当にありがとうございます、ユリア様」

 アリエルは私の話に納得したのか珍しくメイドっぽく主人に頭を下げた。


 「何よそれ。私はあなたたちに感謝しているから、当然のことをしただけよ」

 私はこれまでと同じように感謝の言葉をアリエルにかけた。



 その後身支度を終え夜の挨拶を交わすとアリエルは一礼して部屋を後にした。

 ただいつもと違うのは彼女は大量のケーキが入った箱を抱えていた。

 ミッションはすべて完璧にこなせたはずだ。

 あとは5回目の世界と同じことになることを心から祈った。

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