第15話 6度目の死

 「ユリア様、おやすみなさいませ」

 「おやすみなさい」


 アニーはいつも通りに夜の挨拶を私と交わすと静かに部屋の扉を閉めた。

 彼女が悪いわけではない。しかし私の落ち込んだ気持ちは数カ月経った今でも晴れる兆しは見せていなかった。

 


 ドン!



 突然聞き覚えのある大きな音がした。

 部屋の扉が勢いよく開いたときの音だ。

 ということは…。

 この後何が起こるのか、私はすでに知っていた。


 「逃げてください、ユリア様!」

 血まみれになったアニーが叫んだ。

 あぁ、何ということか…。アリエルだけではなくアニーまでこんな目に遭ってしまうとは…。

 運命を呪った。


 「そう、わかったわ。ありがとう。でも私は大丈夫だから、あなたはすぐにここから逃げなさい」

 「そんな!それは出来ません!」

 私の提案をアニーは拒否した。

 「今逃げれば助かるわ。だから早く逃げなさい!」


 彼らの狙いは私の命だ。だからメイドは関係ない。

 逆に彼らにとってメイドは自分たちと同じく王族に苦しめられている立場の人間であり仲間なのだ。

 「あなた死にたいの?敵の狙いは私なの!だからあなたは逃げなさい!そうすればあなたは助かるから」

 「嫌です!」

 それでも頑固なまでにアニーは私の提案を拒否した。

 そんな時だった。

 ブスリという音がするとアニーの胸から剣先が突き出した。


 「あっ……」


 アニーは胸元を見て自らに何が起こったのかを確認すると小さく声を発した。

 直後、剣先が引き抜かれると滝のように血が流れ出た。

 そしてアニーは膝から床に崩れ落ちた。

 アニーが倒れると一人の若い男が背後から姿を現した。

 男の手にはべっとりと血が付いた剣が握りしめられていた。

 アニーを殺害したのはこの男だった。


 剣についた血を振り払うと男は静かに室内に足を踏み入れた。

 「お初にお目にかかります、ユリア王女」

 男は殺気の籠った目で私を見つめた。

 「私を拘束しにきたの?それとも殺しにきたの?」

 「あなたを殺しに来ました。御覚悟を…」

 「そう。わかったわ」

 すでに覚悟は出来ていた。

 大人しく目を閉じて両手を広げた。


 理由はいまだにわからないが、どうせ私はまた死に戻る。アリエルなき世界にいても楽しくなんてない。ならばリセットしてしまえばいい。

 私は自暴自棄になっていた。


 「命乞いはしないんですか?」

 「そうね。もういいわ。早くやってちょうだい」

 「そうですか……」

 男は少し怪訝な表情をした。

 「随分肝が据わっておられますね。意外でした。泣き叫んで命乞いするものかとばかり思っていたのに…」

 「じゃあ助けてくれるの?」

 少し嫌味っぽく言ってしまった。まるで悪役令嬢のようだった。しかし決して悪気があったわけではない。すべてを諦めて自暴自棄になってしまった結果だ。

 自身の意外な一面に自分が一番驚いた。


 「助ける?まさか。僕はあなたを殺害するためにここに来たんですから助けるだなんていうことは絶対にありえませんよ」

 どうやら私はこの男に随分憎まれてしまっているようだ。

 私はこの男に何かしただろうか?

 今まで我儘放題で過ごして来た。なので無意識に何か恨まれるようなことをしてしまっていたのかもしれない。

 否、王族というのはいつだって憎まれていた。

 そう考えると男の怒りは当たり前なのだろう。


 「それはごめんなさい。多分悪気はなかったの。それが王族として当たり前のことだと思っていたから……」

 とりあえず謝罪した。

 しかし何についてかまではわからないので反省までは出来ない。理由がわかれば別なのだが…。


 「王族として当たり前のことをした?」

 「えぇ、そうね」

 「では姉にしていたことも貴方にとっては当たり前だったということですか?」

 「姉?」

 そこで初めて目の前の男の顔をしっかりと見た。

 切れ長な目。少し尖った輪郭。少し癖のある前髪。誰かによく似ていた。

 「あっ!……アリエル?」

 髪を伸ばせばますますよく似ているだろう。彼からアリエルの面影を色濃く感じた。

 確かアリエルには王族派の貴族の元で扱き使われている生き別れの弟がいると2回目の世界の見張りの男が言っていた。

 ではもしかして…、

 「あなた、アリエルの弟さんなの?」

 男の動きが止まった。


 「そうです。アリエル・マグネルは僕の姉です。世界でたった一人の大切な姉であり唯一残された家族です」

 男はそう言うと下唇をギュッと噛みした。

 男が私の命を狙う意味がようやくわかった。


 「ごめんなさい……」

 途端に大粒の涙がポロポロと流れた。

 アリエルが糾弾されて以来感情のない抜け殻のような毎日を送ってきた。それが嘘だったように一気に感情が溢れ出した。

 「泣いたって、もう遅いんですよ…」

 男も泣きそうな顔をしていた。


 すべては私の焦りからだった。

 一番大切な人を窮地に追い込むようなことをしただけなく、この手で抹殺してしまった。本当に私は馬鹿王女だった。


 「許してくれとは言わないわ。すべて私が悪いの……。アリエルを、あなたのお姉さんの命を守れなくて本当にごめんなさい」

 静かにその場に土下座した。

 「!?」

 王族が平民にひれ伏すなんてこの国では絶対にありえない。天と地がひっくり返ってもありえないとされていた。しかし私はそれをいともあっさりとやってのけた。

 その光景に男は動揺を隠せずにいた。

 

 「さあ、首を刎ねて。ちゃんと骨と骨の間を狙ってね」

 頭を下げたまま剣先を落とす位置を指示した。

 昔読んだ書物でどこかの国では処刑されるとき剣で首を刎ね飛ばすと聞いたことがあった。しかし高度な技術が必要で失敗することも多いと書かれていた。失敗した場合処刑人はとてつもない痛みに苦しみ藻掻き、周囲は血しぶきのシャワーが降り注ぐことになる。まさに地獄絵図。そのためあまりにも野蛮で残酷な処刑方法とされていた。

 私の行いはそれくらの罰を受けても余りあるものだと思った。だから大人しく首を差し出すことにした。

 首が飛ぶのは慣れている。それにあれほど怒りを持っているのなら躊躇いもなくサクッとやってくれるだろう。


 男は静かに剣を振り上げた。あとは重さに従って振り下ろすだけだ。

 これが今回の私の最後。そう覚悟し目を閉じた。


 カランカラン


 剣が地面に落ちる音がした。

 「僕には出来ない……」

 男は剣を床に落とし膝から崩れ落ちた。

 「僕にはやっぱり命を奪うだなんてことは、出来ない…」

 涙が頬を伝っていた。

 

 どういうわけか私は彼に殺されずに済んだ。

 彼は相当の覚悟を決めていたはずだ。しかしその覚悟と思いを留めさせたのは一体何なんだろう?

 「本当にごめんなさい、姉さん…。俺、やっぱり怖いよ…」

 ワンワンと声を上げて男は泣いた。


 あぁ、なんとなくわかった。この男は優しいんだ。優しすぎるんだ。

 それは姉でもアリエルにも通じるものがあった。

 今回の世界では見ることが出来なかったのだが、彼女もまた心優しい女性だった。常に相手の立場に立って気配りの出来るよく出来た人間だった。彼はそんな彼女の弟だ。ならば姉と似たような性格であったとしてもおかしくはない。

 彼だけは守らなくてはいけない。そうでないとアリエルに顔向けが出来ない。

 何とかして国外に逃がそう。

 体を起こし、話を持ち掛けようと床に蹲って泣く男に静かに近づこうとした。

 その時だった。


 ブスリ


 「はっ!?」

 私の眉間に弓矢が刺さった。

 矢尻は額から後頭部へと抜け、私の頭を貫通していた。

 全身の力が抜け、受け身も取れず大の字になって倒れ込んだ。

 途端に周囲に血の海が広がった。

 男は泣くのを止め口を開けたまま唖然とその光景を見つめていた。

 どうやらこれは彼にも予想外の出来事だったらしい。


 「まったく折角機会をやったというのに、このヘタレめ!」

 どこか聞き覚えのある声がした。

 「も、申し訳ありません」

 謝罪する男の声がすると同時にパチンと何かを叩くような音が響いた。


 「お前は王族を殺してこの国の英雄になるんだ。なのに無力な小娘一人殺せなくてどうする!?」

 再びパチンという大きな音がした。

 「申し訳ありません!」

 悲痛な男の声がした。恐らく何者かに男は殴られているようだ。


 しかし私はもうそんなことを考えることも出来なくなっていた。

 流れ出した血と損傷した脳はまもなくすべての機能を止めようとしていた。

 視界が暗くなり今まではっきり聞こえていた音が徐々に籠ったものとなり聞こえなくなっていく。

 瞼が自然に閉じ、私は絶命した。



 ◇◇◇



 「おはようございます」

 ぶっきらぼうな声が聞こえ、目が覚めた。


 そこには不機嫌そうな顔をしたメイドの姿があった。

 よかった、帰ってきた……。

 今回ほど死に戻ってきたことに安堵したことはなかった。

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