第11話 ケーキ大作戦
「本日はありがとうございました」
馬車へ乗り込む貴族たちを玄関前まで出て手を振って見送りをした。
最後の最後まで気を抜かない。
どこに落とし穴があるかわからないのだ。
来賓の貴族たちの全員の見送りを済ませるとドッと疲れが出てきた。
「とりあえず、甘いものでも食べて疲れを取りたいわ……」
ヨロヨロと誰もいなくなったパーティ会場をゾンビのように歩いた。
料理が並んでいた一角では執事やメイド、シェフといった使用人たちが料理の後片付けを始めていた。
「もし、まだいいかしら?」
ケーキ皿の前まで行くとデザートを片付けようとしていたシェフに声をかけた。
「ユリア王女殿下!一体なんの御用でしょうか?もしかして、何か不手際でもありましたでしょか!?」
シェフは酷く怯えていた。
「そんな怖がらないでください」
私は怯えるシェフに優しく微笑みかけた。
「ちょっと疲れてしまったの甘いものが食べたくなったの。ケーキがまだ残っていたら頂こうと思いまして」
私は目の前のテーブルの上を見た。
そこには色とりどりのケーキが大量に残されていた。
「あらまぁ?まだこんなにも残ってたの?」
大量に残る甘味たちに心がときめいた。
飲まず食わずで森の中を彷徨い歩いたり、ろくな食事が出されることがなかった牢獄での拘束生活を体験した私は食事があることの大切さを身に染みてわかっていた。
それに甘味は贅沢品だ。
それがこんなに残っているだなんて、なんていうことだ!
思わずよだれが出かかった。
「これってこのあと、どうされるんですの?」
ケーキを指差してシェフに訊ねた。
「あぁ…、すべて廃棄となります」
シェフは少し残念そうに言った。
「えっ!?今何と!?」
「あっ、いえ。残ってしまったものはすべて廃棄となります」
私が聞き返したことが自らの態度が悪かったからもう一度言い直させたのだと勘違いしたのか、シェフは今度はビシっと背筋を伸ばしてはきはきとした声で答えた。
しかし私が聞き返したのはそんなことが理由ではなかった。
「なんて事!?捨てるなんてもったいない!せっかくこんなに美しく、おいしそうに作られたというのに、誰にも食べられず捨てられるだなんて信じられないわ!それに、そんなことをするなんて作った方にも失礼だわ!」
「えっ!?」
私の言葉に目の前のシェフは目を丸くしていた。
しかしこのとき私はそんなシェフの様子なんて特に気にしていなかった。
ただこんなにおいしそうなケーキが捨てられるなんて許せない。という気持ちでしかなかった。
本当に貴族たちは甘味は贅沢品だということをもっと理解した方がいい。
少し腹が立った。
「このまま捨てられてしまうなんて…。何かいい考えがないかしら…」
私はない頭をフル回転させた。
そしてあることを思いつきポンと手を叩いた。
「そうだ!アリエルたちにも持って帰ったらいいんじゃない!」
そう。メイドたちへの手土産にすればいいのだ。
我ながらいいアイデアだと思った。
私にはアリエル以外にも一応4人の専属メイドが付いている。
彼女たちもまたアリエル同様一層懸命馬鹿な私のために日々頑張ってくれている。
私が寝てからも彼女たちの仕事は続く。
そんな過酷な毎日を彼女たちは過ごしているのだ。
そんな彼女たちに日ごろの労いを与えても罰は当たらないだろう。
それに生真面目なアリエルのことだ。自分一人だけケーキを渡されても彼女はきっと食べることはしないだろう。
だから彼女たちの分も持って帰ればこのケーキたちは無駄にならずに済む。
まさに一石二鳥ではないか。
「このケーキ、全部持って帰れないかしら?」
「全部ですか!?」
私の提案にシェフは目を白黒させて驚いた。
「えぇ、日ごろから頑張っている私のメイドたちへのお土産にしたいんです。だって女の子はみんな甘いものが大好きなんですから!」
ニコニコ顔の私に対して目の前のシェフはひどく戸惑った表情をしていた。
「大変申しあげにくいのですが、パーティ終了用のお食事ですので、お持ち帰りになるというのは……」
どうやらダメらしい。
何故だろう?
残飯も減るし、いいことだと思うのだが?
「どうして?何がダメなんですの?」
私の素朴な疑問にシェフは周囲に助けを求めるような視線を送った。
しかし周りはその視線に気づいていながら彼から目を逸らした。
その様子にシェフは観念したのか肩を落とし話始めた。
「いえ、ダメという決まりはないのですが……」
何とも煮え切らないシェフの態度に少しイライラした。
「あぁ、もう!王女の私が持ち帰りたいって言ってるんだから、それでいいでしょ?それに今日は私の誕生日パーティなんだから!すべての責任は私が持つわ!これでどう!」
私はビシッと言い切った。
『私たちはユリア様たちとは違って普段甘い物を食べるという機会はほどんどありませんから…』
前々回、仲良くなったアリエルは確かそう言っていた。
だからきっと彼女たちは喜んでくれるだろう。
別に食べ物で買収しようとかそういうわけではない。
単純な親切心なのだ。
本当だよ?
「ユリア王女がそうおっしゃるのでしたら」
ちゃんとした許可が下りたからかシェフは私の指示通りケーキを持ち帰り用の容器に移し換え始めた。
その間、空腹だった私は当初からのお目当てだったケーキを食べることにした。
とりあえず、すぐ目の前にあったショートケーキを摘んだ。
パーティ中は各所への挨拶周りで食事を摂る暇なんてなかった。
甘い物であれば何でもいい。
今はそんな気分だった。
一口食べると疲労困憊の体と頭に糖分が染み渡った。
「まぁ、すごく繊細な味」
私は素直にケーキの感想を口にした。
「スポンジが口の中でとろけてクリームの甘さもちょうどいいわ。フルーツとスポンジの甘さを生かすためにあえて甘さを控え目にしているのね。このパティシエは相当いい腕を持っているわね。素晴らしいわ!」
上機嫌でもう一口ケーキを頬張った。
「あ、ありがとうございます!」
突然ケーキを移し変えていたシェフが手を止めると深々と頭を下げた。
何故か彼の体が小刻みに震えていた。
「!?どうしましたの?」
私はシェフの突然の行動に驚いた。
「はい、実はこちらにありますケーキはすべて私が作りました。まさか王族の方から直接そのような感想をいただくなんて、本当に料理人冥利につきます。本当にありがとうございます!」
シェフかと思っていたらパティシエだった。
しかし今はそんなことはどうでもいい。
彼は涙を流して喜んでいた。
そんな泣くほどのことなのだろうか?
しかしありがとうと感謝の言葉を言われて悪い気はしない。
「まぁ、そうでしたの。それじゃあ私の方からもお礼を言わないと。こんなに素敵なケーキで私のパーティを彩ってくれてありがとうございます。準備も大変だったでしょ?お疲れ様でした」
にっこりと笑みを浮かべ、泣いているパティシエの肩に手を添え労いの言葉をかけた。
「あ、ありがとう……ございます……」
パティシエは大号泣していた。
その様子を後片付けをしていた使用人たちは手を止めて見ていた。
しまった。変に注目を集めてしまった。
急に恥ずかしくなり私は持ち帰り用のケーキを受け取ると急いで会場を後にした。
◇◇◇
「お疲れ様でした。って何ですかその大荷物?」
パーティを終え、大量の箱を抱えて自室へ戻った私をメイドのアリエルは驚いた表情で出迎えた。
「いっぱいケーキが余っていてね。ほら、アリエル甘いもの好きじゃない?」
「えっ。それは……嫌いじゃないですけど」
突然の出来事にアリエルは戸惑いの表情を隠せずにいた。
「でもさすがにこれは少々量が多すぎるんじゃないですか?」
テーブルの上に箱を移動させながらアリエルは困惑していた。
「全部あなたにってわけじゃないわよ。ほら、アリエル以外にもメイドたちがいたでしょ。あの子たちの分よ」
「えっ!?彼女たちの分……ですか?」
アリエルは驚きの声を上げた。
「えぇ、だって彼女たちもみんな頑張ってくれているじゃない?今日もまだこれからお仕事が残っているんでしょ?私にはこれくらいのことしか出来ないけど、みんな喜んでくれるかしら?」
私の言葉をアリエルはひどく関心した様子で聞いていた。
「それは喜ぶとは思いますが……。本当に今日はどうしたんですか?」
すぐにパーティ開始前と同じような表情になった。
これは心配の表情だ。
「ずっと言ってるじゃない。別に何でもないって」
「いやいや。もしかして悪魔にでも取り憑かれてるんじゃないですよね?」
そう言うとアリエルは少し怯えるような素振りを見せた。
「ちょっと失礼ね!そんなことないわよ!」
どうしてそうなるのか?
普段の私って彼女にはどう見えているんだろう?
少し怖くなった。
「私はただ単純に私のために頑張ってくれているメイドたちに感謝を伝えたいと思っただけのことよ」
すこし頬を膨らませて抗議した。
これは本音だ。
見栄や虚勢ではない。
純粋にそう思っているのだ。
「それは失礼しました」
するとアリエルは急に真面目な顔になって頭を下げた。
どうやらその気持ちはアリエルにも無事伝わったらしい。
「彼女たちも小躍りして喜ぶと思います。ケーキなんて食べたことない子も多いでしょうから。本当にありがとうございます、ユリア様」
再びアリエルは頭を下げた。
何だかちょっぴり恥ずかしい気持ちになった。
「何よそれ。私はあなたたちに感謝しているから、当然のことをしただけよ」
私はこれまでと同じように感謝の言葉をアリエルにかけた。
アリエルともう一度仲良くなりたい。
最初はそれだけのはずだった。
しかし今はそれとは違う思いが芽生え始めていた。
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