第10話 5度目の誕生日パーティ

 「何をやってるんですか。早く起きてください」

 いつものように不機嫌そうな顔をしたメイドは舌打ちした。


 「あっ、うん。ごめんなさい」

 私は言われるがまま素直に急いでベッドから飛び降りた。


 「いつもはもうちょっととか言って駄々を捏ねるのに、今日はやけに素直ですね」

 メイドはどこか不思議そうな表情を浮かべていた。

 「あら、そうかしら?私はいつも素直だと思うけど」

 私はにこやかな笑顔を浮かべた。


 あの蔑むような目でもう二度と見つめられたくなかったから。



 ◇◇◇



 いつも通り朝食の場での父とのやり取りはいつものものと変わらなかった。


 身支度を整え、私はいよいよ前回失敗を犯した16歳の誕生日パーティに挑もうとしていた。


 「よし!」

 頬をパンと叩いて気合を入れた。

 どこに落とし穴があるかわからない。

 少しの油断が命取りなのだ。


 「どうしたんですか?もしかして、どこか体調でも悪いとか?」

 無駄に気合を入れ、鬼気迫る表情で自身の誕生パーティに挑もうとする私の姿に、さすがのアリエルも違和感を覚えたようだ。

 なんだかとても心配そうに見つめられた。


 「体調?全然平気だよ!ほら!」

 私はその場でぴょんぴょんと跳ねて元気さをアピールした。


 「ちょっと失礼します」

 すると突然アリエルは私のおでこに手を当てた。


 「熱はないようですね?頭とかぶつけたりしました?」

 「してないわよ!もう、失礼ね!」

 どうやら本気で心配してくれているらしい。

 普段ならこんなこと絶対にしてくれないのに…。

 「本当に体調が優れないようでしたらすぐに引き上げて来たくださいね」

 アリエルは心配そうに言った。

 

 きっと主役である私に何かあった場合、その管理が不十分だったと言われてしまうのを恐れてのことだろう。そう思うことにした。

 「心配してくれてありがとう。でも本当に大丈夫だから」

 「そうですか……」

 まだどこか納得していないような表情でアリエルは私を見ていた。


 ◇◇◇


 「ユリア王女。お誕生日おめでとうございます」

 「どうもありがとう」


 小太りで脂ぎった顔に悪趣味な服装をした中年男性と厚化粧と香水臭い中年女性が次々と祝福の声をかけに私の元にやって来ては同じ言葉を発した。


 前回はこの繰り返しに飽きて大失態を演じることとなってしまったため、今回は気合を入れこの退屈な繰り返し地獄に挑んだ。

 同じようなことの繰り返しだったからいけなかったんだ。

 一人ひとりと会話でも交わせば退屈なことにはならないだろう。

 来客一人ひとりとしっかり会話を交わした。


 「受け答えもしっかりとされていて、随分凛々しくなられましたね」

 「まだまだ子供かと思っていましたが、すっかり王族の一員という風格を感じますわ」

 「これなら王家もまだまだ安泰ですな」

 「えぇ、まったくですわね」


 意図せず対面した貴族たちからの評判は上々だった。

 とりあえずこれで私が恥さらしだの、馬鹿王女だのと言われることはなさそうだ。


 

 そんなことを繰り返しているうちにパーティの開始から2時間が経っていた。

 会場が急に騒がしくなった。


 「きゃあ!素敵!」

 会場から女性たちの歓声が聞こえてきた。

 フィードル伯爵の到着だ。

 

 彼は前回、今までとはまったく違う挨拶を投げかけてきた。

 しかしあれは一体何だったんだろう?

 今回もまた違う挨拶で来るのだろうか?

 周囲にまとわり着く令嬢たちには見向きもせず、イケメン貴族はいつも通り私の目の前まで来た。


 「ユリア王女。お誕生日おめでとうございます」


 あれ?これは3回目までのと同じ言葉ではないか。

 身構えていた側からすると完全に肩透かしを食らった形となった。


 前回のは一体なんだったのか?

 頭の中に「?」が大量に浮かんだ。

 しかしまずはきちんとした作法で礼儀を示さなくてはいけない。

 作法がなっていないとか言われる可能性がある。

 どこに落とし穴があるかわからないのだ。


 「遠いところをわざわざありがとうございます。フィードル伯爵」

 私はにっこりと笑みを浮かべて祝福の挨拶に応えた。


 「王女殿下のご生誕祭となれば駆けつけるのはこの国の貴族として当然の勤め。本日はご招待いただき、まことにありがとうございます」

 フィードル伯爵はまるで舞台役者が芝居をしているかのようにスラスラとそのセリフを口にした。まるで一度口したことがあるかのようだった。

 少しばかり違いはあるが、今のところ彼におかしい点は見当たらなかった。


 その後フィードル伯爵が私に近づくということはなく、終始自らに近寄ってきた貴族令嬢の相手をしていた。

 

 こうしていつも通りの展開のまま私の誕生日パーティは終わりを迎えた。

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