第9話 4度目の死

 結論から言うとアリエルへの猛アタックは失敗した。

 前回の経験からを元に同じように行動したのだが、結局彼女の心を動かすことは出来なかった。


 「ねぇねぇ!アリエル!これ見て!」

 「…………」

 

 16歳の誕生日パーティからまもなく半年になろうとしていた。

 この時期になってもアリエルからの返事は一切返ってこなかった。


 それどころか彼女は私の呼びかけがそもそもないかのように振舞った。

 つまり完全なる無視だった。

 今までのどのときよりもアリエルとの関係は最悪なものとなっていた。


 その理由は意外なところにあった。


 『ユリア王女は王族の恥さらし。礼儀知らずの我儘馬鹿王女だ』


 国王派の貴族の中からそのようなことを言う者が出始めると、その噂は瞬く間に国民の間にも広く知れ渡ってしまっていた。


 『ユリア王女のメイドなんて恥ずかしくて名乗れるわけないじゃないですか』


 彼女は幾度となく移動願いを提出した。

 しかし後任を引き受けるものは誰もいなかった。

 後任がいない以上彼女を移動させるわけにはいかない。

 父は彼女の移動願いを受理するとはしなかった。


 国王の意向を無視することは出来ないため、アリエルは私のメイドを辞めることが出来ず、今日までズルズルと私のメイドを続けていた。


 そもそも『王族の恥さらし』とは何か。

 それは16歳の誕生日パーティでの私の振る舞いだった。


 会談中にあくびを繰り返す私をプライドだけは一人前の貴族たちは許さなかった。

 完全に油断しきっていた。

 完全に身から出た錆だった。


 『ユリア王女は自分たちを蔑ろにしている。あれは王族たるものがとる態度ではない!』


 国王である父に対して苦言を呈する者まで現れ始めると公然と王族批判が起こり始めた。

 私は父から厳しく叱られ、王城からの外出を禁止されいわゆる軟禁状態に置かれることとなった。


 『しっかり反省して王族としての教養と態度を学びなおしなさい!』

 こうして私は気難しい教師と二人きりになってただひたすら王族とはという考えを学ばされ続ける日々を送ることとなった。


 このままではマズい。

 しかし非があるのはこちらの方だったため、貴族たちが口にする王族批判を力づくで止めさせるわけにもいかなかった。

 すると次第に国中に王族不審の雰囲気が漂い始めることとなってしまった。


 こうなると打倒王族を掲げる何者かがいつ出てきてもおかしくない。

 2回目の世界。

 フィードル伯爵がいなくても誰かがクーデターを起こした。

 この国では誰もがクーデターを起こせる可能性があるのだ。


 このままではあの時の二の舞になってしまう。

 そうは思っても私が何か出来るということもなく、ただ月日だけが虚しく流れていくだけだった。

 


 そしてある日、その恐れていたことがついに起きたのだ。

 クーデターの発生だ。


 「ユリア王女、あなたを拘束させていただきます」

 突然やって来た男たちに私は抵抗する暇もなくあっけなく拘束されてしまった。

 それはまるで2回目の処刑前と同じような展開だった。



 ◇◇◇

 


 「やっとあなたからおさらば出来ます。本当に迷惑でした」

 最後に面会に来たアリエルはどこかすっきりした顔をしていた。


 「しかし本当に神様っているんですね。こうもいいことが続くなんて、今日まで耐え続けていた甲斐がありました」

 何やらアリエルが意味深なことを言い出した。


 「いいことって何よ?」

 今まで見たことがないほどアリエルは上機嫌だった。

 「今日で王族は終わりになるわけですからね。これでやっと弟と一緒に暮らせるようになるんです。本当にあなたたちの存在は私にとって迷惑でしかありませんでしたよ」

 さきほどまでの上機嫌から一変してアリエルは少し怒りの感情のこもった目を私に向けた。

 

 「しかも裏切り者のフィードル伯爵までいなくなってしまったんですから、私にとってはこんな幸運なことはありませんよ。まぁ、多くの国民にとっては悲劇的な出来事なんでしょうけど、結局彼がいなくなってくれたお陰でこのクーデターが起こったわけですから、きっと彼も喜んでいるでしょう」

 アリエルが口にした言葉に私は驚愕した。


 「ちょっと待って!フィードル伯爵はいなくなったってどういうことよ!?」

 わけがわからなかった。


 「フィードル伯爵はあなたに対する侮辱行為を先導したとしてすでに処刑されています」

 「私に対しての侮辱行為?」

 一体彼は何をしたのだろう?

 私には一切心当たりがなかった。

 ますます何を言っているのか意味がわからなくなってきた。


 「パーティであくびを繰り返すあなたの姿を見て、『王族の恥さらし』だの『礼儀知らずの我儘馬鹿王女』だのと国中に触れ回っていたそうですよ。最初はあなたに全面的な非があったことなのである程度は容認していたそうなんですが、ちょっとやりすぎてしまったようですね。さすがに容認出来ないとして城に呼びつけられ注意を受けることになったそうです。しかしその場で反王族の演説を始めてしまったため国王が激怒。その場で彼を殺してしまったんですよ。でもそれが発端として各地で反国王の動きが活発になったんです。国王派の貴族も次々に寝返りあっという間に城は落ちたというわけです」

 私は言葉を失った。

 知らないところでまさかこんなことになっていただなんて……。

 

 「もしかしたらこうなることをフィードル伯爵はわかっていたのかもしれませんね」

 唖然としている私に対してアリエルは突然ポツリと言葉を漏らした。


 「どういうこと?」

 聞き返さずにはいられなかった。


 「だって国王はあなたには甘いですからね。あなたの悪口を言われればすぐ激怒するでしょう。そしてその矛先を自分に向けさせた。そうすれば国民の怒りが爆発し、必ずクーデターが起こる。本当に嫌な人です。自分の命まで使ってこの国を立て直そうとしていただなんて…。国民にとっては彼は英雄なんでしょうけど、私にはただの偽善者としか思えません。だって彼は私たちに謝罪の言葉を述べることなく死んでしまったんですから」

 唇をかみしめてアリエルは苦々しい表情をした。

 

 先代に両親が裏切られたという過去も持つアリエルにとってはそう思うのは当然なのかもしれない。


 すべての始まりは私のパーティでのあくびが原因だった。

 ただあくびをしただけなのに、まさかこんなにもいろんなことを変えてしまっていたなんて思っていなかった。

 王族という地位に生まれたことの重責を、今更ながら身にしみて思い知らされていた。



 ◇◇◇



 『この国のことを誰よりも思っていたフィードル伯爵の思いを私は受け継ぎ、今日ここに新たな国を始めたいと思う。さぁ、我らを苦しめてきた王族の最後をしかと目に焼き付けようではないか!』

 国民の前に立った男は高らかに新たな国の設立を宣言した。


 「おー!フィードル伯爵の恨みを思い知れー!」

 「王族なんて大嫌いー!」

 「苦しめ苦しめ苦しめ!」


 熱狂する国民の大歓声を浴びながら私は2回目の火炙りの刑を受けることとなった。


 「これで最後です。今までお疲れ様でした」

 小太りで脂ぎった顔の男が最後の言葉をかけるとすぐに足元に火を点けた。

 せめて最後に一言ぐらい言わせてくれてもいいだろうに…。

 男の性格の悪さがよくわかった。


 「ウヒョヒョヒョヒョヒョ!」

 男の気持ち悪い笑い声を聞きながら、私は最悪な気分のまま炎に身を焦がた。



 ◇◇◇



 「おはようございます」


 ぶっきらぼうな声が聞こえ、目が覚めた。

 そこには不機嫌そうな顔をしたメイドの姿があった。

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