第5話 2度目の死
私はいつも通りに部屋で寝息を立てていた。
すると突然部屋の扉が壊される音が響いた。
「何!?」
驚いて飛び起きるとすでに私の目の前には無数の剣が目掛けて突きつけられていた。
「ユリア王女ですね。拘束させていただきます」
「はっ?」
私は抵抗する暇もなくあっさり拘束された。
◇◇◇
「しかしあんたがフィードル伯爵がクーデターを起こすなんてことを言い出していなければ、こんなことにはならなかったのにな……」
投獄された地下牢の中、見張りの男は私を見下ろしながら吐き捨てるように言った。
薄暗くかび臭い牢獄の中で私はただうなだれながらその言葉を聞いていた。
「でもフィードル伯爵がクーデターを画策していたのは本当でしょ?」
消え入るようなか細い声で私は答えた。
彼は確かにクーデターを率いていた。
私はこの目で見たのでそれは間違いないはずだった。
「はぁ?あんた何言ってんだ?」
しかし、見張りの男は呆れたような声を上げた。
「フィードル卿がクーデターを画策?ないない。絶対にそれはないよ」
何故か男は自信満々に言い切った。
「ない?どうしてそんなことが言うのよ?」
私はすぐさま男に反論した。
だって実際に彼はクーデターを起こし、私の首を刎ねたのだ。
誰よりも一番私がそれを理解していた。
「確かにフィードル卿は代々反国王派だなんて言われてるよ。でもな、実際にクーデターだの暴動だの、そんなこと起こすことは出来ないんだよ。あんただって知ってるだるだろ?フィードル領の現状をさ」
「フィードル領の現状?」
男の言っている意味がよくわからず私は首を傾げた。
「おいおい、もしかして知らないのか?」
「知らないって何をですの?」
「あのな、あんたも知ってるだろうけど、フィードル卿は自身の領地の土地改良で私財をすべて使い果たしているんだよ。だから武器を揃えるような金はない。武器もないってのにどうやってクーデターを起こすっていうんだ?丸腰で突撃するのか?」
男は呆れたような顔で私を見るとため息をついた。
彼らは武器を持っていない?
何を言っているんだ?
そんなはずはない。
だって、
「私は無数の剣が突きつけられて拘束されたんですのよ?彼らは立派な武器を持っていたじゃない?」
私は自信が拘束されたときの状況を思い出しながら言った。
彼らが武器を持っていないというのならあの剣は一体何なのか。
私は男の話の矛盾をついた。
しかし、
「あれは城の兵士のものでフィードル卿のものじゃないぞ」
男の口から発せられたのは信じられない衝撃的な一言だった。
「えっ?城の……兵士……?」
とても信じられない言葉だった。
兵士は国王軍に所属している。
つまり彼らの目的は王族を守ることだ。
そんな彼らが私にその剣先を向けたということは、国王軍が裏切ったということだ。
「どうして……、どうして彼らも裏切ったの?裏切り者はアリエルだけじゃなかったの?」
新たな裏切り者の出現に私はひどく動揺した。
「アリエル?あぁ、それって確かあんたが告発したメイドだっけ?」
すると何故か男はアリエルの名を口にした。
その口ぶりから男はアリエルのことを知っているようだった。
「あなた、アリエルのことを知っているの?」
「あぁ、そいつのことなら知ってるぜ」
不思議だった。
国家転覆罪で処刑されたことは国民には知らされていないと聞いていた。
一メイドでしかない彼女のことを知るものなんでそうはいないはずだ。
男は一体どこで彼女のことを知ったのだろう?
しかしその疑問はすぐにわかった。
「そいつってあれだろ、確か親は先代のフィードル卿に仕えていたんだけど、先代に反逆の疑いがかけられたとき、あっさり犯人として売られ処刑されたっていうヤツだろ。可哀そうにな。信頼していた先代フィードル卿にあっけなく裏切られたんだからな。そんでもって反逆を企てたっていうことで処刑。一方で先代フィードル卿はお咎めなし。そりゃないぜって話だ。まぁせめてもの救いは子供たちは助かったことなんだろうけど、条件として『王族に一生の忠清を誓え』って宣言させれたって話だ。その子供の一人がそのアリエルっていうメイドらしいじゃないか。弟も一緒にいたらしいけどそっちの方は別の国王派の貴族のところに預けられて扱き使われているって噂を聞いたことがあるな。しかもどちらかが約束を破れば連帯責任として兄弟も処刑するって脅されてたって話だ。随分兄弟仲が良かったらしいから、お互い誤解されないよう慎重な行動をしていたらしいから、そんな王族自身に見つかるようなヘマはさすがにしないだろうって皆言ってるよ」
「はぁ!?何、それ?」
男の口からアリエルのとんでもない身の上話が飛び出した。
そんな話彼女の口から聞いたことなど一度もなかった。
「先代とは言え、フィードル卿に裏切られて両親が処刑されたんだから、協力どころかむしろ顔を見るのも嫌だろう。親の仇だぞ。そんなヤツに協力なんてするか普通?しかもそんなことがバレたら弟も処刑だぞ?あんただったらそんなことやるのか?」
「それは……」
これ以上の言葉が出てこなかった。
もしそれが確かならとても王族を裏切るなんてことをするわけがなかった。
いつも嫌そうにしながらもひたむきにメイド仕事をこなしていたいたアリエルにそんか秘密があったとは……。
知らなかった事実に驚愕した。
「本当にあんた知らなかったのかよ…。まぁ確かにそんなこと直接口に出せるようなものじゃないもんな。それは王族への悪口と捉えられ兼ねないしな。実際あんたは国王にチクっているわけだし、言わなくて正解と言ったところだろうな」
男の何気ない一言が胸に突き刺さった。
しかし男の『口撃』はまだ終わっていなかった。
「しかしあれで国王軍にも動揺が広がったんだよな。そのメイドの身の上話は王城に勤める人間の間じゃ知ってる人も結構いたからな。あれだけ忠清を誓っていても王族の一言であっさり殺されるってことがわかったんだから。そりゃ皆不安にもなるってもんだ。特に武器の所持が許されている軍人は気が気じゃなかっただろうな。ある日突然『お前は今持っている武器でクーデターを起こそうとしている』とか告発されたらたまったもんじゃない。皆戦々恐々としていたよ。だからやられる前にやってしまおうってな……」
男は今回のクーデターのきっかけの話をした。
私はそれを驚きながら黙って聞いていた。
もし男の話が真実なのだとしたら、アリエルは裏切っていないしむしろ彼女を処刑したことがすべてを誘発させてしまったと言うことになる。
しかし私は納得がいかかなかった。
そんなはずはないのだ。
だって、
「嘘よ!私は彼女がフィードル伯爵の紋章の入った甲冑をつけた男と話していたんだもの!私は見たの!この目で見たの!兵士が不安にかられて行動を起こした?そんなのでまかせよ。きっとフィードル伯爵かその部下が裏で糸を引いているに決まっているわ!」
鉄格子を掴んで叫んだ。
しかし男はそんな私を冷たい態度であしらった。
「いやいや、あんた何寝ぼけたこと言ってんだ?」
「寝ぼけたですって!?」
男の言い方に腹が立った。
「私は真実を言っているの!違うっていうのなら証拠を出してよ!証拠を!」
そう言って喚き散らす私に男はため息をついた。
「本当に知らないようだから教えてやるよ」
そう言うと男は私が求めた証拠を話し始めた。
「あのな、そもそもこの国では治安維持を名目にしたクーデター対策として武器はもちろん武具や防具の所有を厳しく管理している。抜き打ちで一斉捜索が行われ、徹底的に調べれらるって話だ。だからこの国で武器なんてもんを持てるのは王国軍の兵士だけしかいないんだよ。だから甲冑?そんな大層なもんをフィードル卿が持てるはずがないんだよ」
「えっ!?何それ?」
今日何度目になるかもわからない新事実だった。
そんな話一度たりとも聞いたことない。
確かに父は日ごろ『我が国のクーデター対策は万全だ。だからお前は何も気にせず過ごしなさい』と言って私を自由に過ごさせてくれていた。
実際王族が襲われるとかそういうことは今まで一度たりともない。
それはつまり武器を取り上げるという対策が功を奏していたということなのだろう。
裏側ではそんなことが行われていたとは、私はまったく知らなかった。
「じゃあ私は一体何を見たっていうの……?あれは一体なんだったの……?」
ひどく混乱していた。
私は見たのだ。
はっきりと、鮮明に…。
なのに……、
「夢だったんじゃないのか?全部…」
男は渋い顔をして吐き捨てるように言った。
夢?本当に?
あれは全部夢だったの?現実ではなかった?
確かにあの後、私は死んだはずだ。
しかし、今私は元気に生きている。
当たり前のことではあるが、そんなことはあり得ない話だ。
もしかして本当にあれは夢だったのか?
真実だと思っていたことが音を立てて崩れ落ち始めた。
どうしてこんな当たり前のことに今まで気づかなかったのだろう。
頭の中が真っ白になった。
しかしそんな放心状態の私に男は更なる衝撃の事実を告げた。
「でもあんたの一番の悪手はフィードル卿を処刑してしまったことだな」
「えっ?処刑?今誰が処刑されたって?」
思わず耳を疑った。
「誰って、フィードル卿だよ。お前が告発したガブリエル・フィードルだよ」
「はっ?嘘でしょ?」
フィードル伯爵が処刑された?
信じられなかった。
思ってもいなかった事実に私は呆然とした。
すべての元凶は彼だと思っていた。
いくら男が否定の言葉を言おうともそれだけは譲るつもりはなかった。
例え彼が武器を持っていなかったとしても、天才と呼ばれた彼なら裏で糸を引き、今回のクーデターを扇動していると思っていた。
なのに彼はすでに死んでいた。
「彼は国民最後の希望だったからな。そんなフィードル卿を処刑してしえばこの国の行く末はお先真っ暗だからな。そりゃみんな自暴自棄になって暴動も起きるよ。二つの不安が合わさってついに今回の事態になったってわけさ、っておい、俺の話聞いてるか?」
あんぐりと口を開けたまま呆然と話を聞く私に男は怪訝な表情をした。
私はアリエルとフィードル伯爵を糾弾し排除することばかり考えていた。
それが最善策だと思っていた。
しかしそれはあくまで私の都合でしかなかった。
我儘な行為でしかなかった。
そしてそれは逆に私を破滅へと追い込んだ。
その原動力は悲惨で惨めな死を避けたいという一心だった。
あんな最期だけは嫌だ。
それを私が一番よくわかっていた。
しかし私は自分の都合でその一番嫌な最期をアリエルに受けさせてしまった。
彼女は最後まで無実を訴えていた。
しかし私は彼女の声に耳を傾けることは一切なかった。
そして彼女は処刑された。
無実の罪で……。
ここでようやく私はアリエルを殺したという罪の重さを理解した。
その場に崩れ落ちると涙が溢れた。
「私って本当に馬鹿……」
そうポツリと呟いた。
そんな私を見て見張りの男は深いため息をついて言い放った。
「本当にあんたは噂通りの我儘馬鹿王女だな」
◇◇◇
数日後、私の刑が執行される日がやってきた。
両親と兄、姉の拷問方法は同じだった。
私も同じくギロチンを落とされて終わる。
そう思っていた。
しかし、今回は違っていた。
私は素っ裸にされると金属製の板に貼り付けられ手足をが固定された。
足元には麦わらや大量の木材が置かれ、そこに大量の油が注がれた。
そこに一人の男が松明を持って近づいてきた。
この男がこの後この国の指導者となるのだろうか?
最期の時が迫っているというのにそんなことを考えていた。
「ユリア王女。これで終わりです。最後に何か言い残すことはありませんか?」
少しニヤつきながら男が声をかけた。
言い残すこと?
そんなこと一つしかない。
「助けて……」
私は最後の力を振り絞り、必死に助けを求めた。
処刑は嫌だ。
あれは確か夢だったはず。
しかし何故かあのときの光景ははっきりとまるで真実ように鮮明だった。
「残念ながらそれは無理です」
男は私の最後の訴えを退けると満面の笑みを浮かべ松明の火を私の足元に投げ入れた。
途端に激しい炎が立ち上り、私の体に炎が襲い掛かった。
「いやーーーーーーーーー!!!!!!!!」
熱い、痛い、苦しい。
立ち昇る炎を吸い込み気管が焼け、息が出来なくなった。
叫び声すら上げることが出来ない。
どうしてこんな目に遭わないといけないのか?
気分は最悪だった。
「いいぞー!もっと苦しめー!」
「フィードル卿の仇だー!死んで詫びろー!」
「地獄に落ちろー!」
何がそんなに嬉しいんだろう。
火炙りになり苦しむ私の姿を見て、国民達は歓喜の声を上げていた。
それが私の最後に見た景色。
のはずだった……。
◇◇◇
「おはようございます」
ぶっきらぼうな声が聞こえる。
目を開けるとそこには不機嫌そうな顔をしたメイドの姿があった。
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