第2話 プロローグ:終わりのはじまり その2

 フィードル伯爵。本名をガブリエル・フィードル。

 王都から最も離れた場所に領地を有する貴族だ。

 フィードル領は豊かな土地を生かしたこの国随一の農作物産地として知られている。

 しかし今から7年前先代が急逝し、まだ幼かった一人息子が跡を継ぐこととなった。

 それはガブリエルがまだ15歳の時のことだった。



 まだ若く経験のなかった彼は当初、領民からの絶大な支持を受けていた先代の業績を継げるのかという疑問の声の中にいた。

 しかしそれは完全に杞憂に終わった。


 父親譲りの指導力とその父をも凌駕する的確な判断力。

 高い先見性に裏打ちされた緻密な計画。

 彼はあっさり先代の業績を越えると、さらに領地を発展させたのだ。


 強力なリーダーシップに端麗な容姿。

 指導者として優れた判断力。

 『ガブリエル・フィードルが国王だったらいいのに』と冗談を言う国民出てくるほど彼は領民以外の国民からも絶大な信頼を得ていた。


 ◇◇◇


 「まさかこれほど単純だとは思いませんでしたよ。後先などまるで考えていない。これほど間抜けな人を私は初めてみましたよ。世間知らずな我儘馬鹿王女などと言われているのは本当だったようですね」


 暗くかび臭い牢獄の中。

 捕らえられた私に向かってガブリエル・フィードルは愉快そうに言った。


 単純?後先考えていない?間抜け?世間知らずな我儘馬鹿王女?

 処刑を待つだけの極限状態の日々。

 すでに精神的にも崩壊寸前なところに、ダメ押しとばかりに数々の暴言がさらに浴びせかけられた。


 「それは一体何のことですの?」

 私は力なく答えた。

 それが今の私の唯一の抵抗だった。


 「あなたの行動パターンは実に単純だということです。すぐに捕まえることも出来たのですが、面白そうなのであえて泳がせてみたのですよ。どうでしたか?毎日十分に食べるものがない国民の苦しみがわかりましたか?」

 そう言うとフィードル伯爵は冷たい視線を私に向けた。


 「国民の苦しみ?何のこと?私は王族よ。どうして国民の苦しみを知らなければいけないの?」

 私は本心で答えた。

 王族の喜びが国民の喜び。

 王族が何不自由なく楽しく暮らしていることが国民の何よりの幸せだと聞かされて育ってきた。

 両親から聞かされてきたその言葉を私は今まで一度たりとも疑うことなどはなかった。

 彼が言っている言葉の意味がまったくわからなかった。


 「……本当に、あなたは馬鹿王女だ!」

 フィードル伯爵は語気を強めて私を睨みつけると地下牢から外へ続く扉を荒々しく閉め出て行った。

 よくわからないのだが、どうやら私は彼を怒らせてしまったらしい。


 一体何がいけなかったのか、このときの私はまったく理解できていなかった。


 ◇◇◇


 処刑の日はすぐにやって来た。


 「あなたはモノを知らないだけのただの馬鹿。まぁ、そんなことは国民全員が知っていますし、誰もあなたに期待などしている者はいませんでしたけど」

 処刑会場へ向かう前、私のメイドだったアリエルは私に罵声を浴びせた。


 「あなたがもう少し国民のことを考えてくれていたのなら、処刑までされることはなかったかもしれませんね……」

 ポツリと呟いたアリエルの言葉を私はうなだれたまま、黙って聞いていた。


 ◇◇◇


 多くの国民が私の処刑を見ようとすでに広場に集まっていた。

 断頭台に私の体が固定されると大きな歓声が上がった。


 「あなたが最後です。これで1000年続いたべラス一族が統治するべラス王国の歴史は終わりとなります」

 フィードル伯爵の言葉に集まった国民から歓喜の声が上がった。

 これほど王族が嫌われていたということを私はこのとき初めて知った。


 「どのような拷問をしようかと募集をかけたのですが、どうやら皆王族が拷問され苦しむ姿を見るのに飽きてしまったようです。なので、あなたはただ首を刎ねられて終わりです。よかったですね。何も苦しまずにあの世に逝けて」

 フィードル伯爵は特に何の感情もない声で淡々と言った。


 ギリギリと音をたてて、刃が私の頭上に引き上げられた。

 キラリと光る巨大な刃物を目にした途端、恐怖が跳ね上がった。


 「嫌!助けて!」


 私は最後の力を振り絞って必死に助けを求めた。

 しかしそんな私の最後の抵抗の叫びは湧き上がる国民の歓声ですべてかき消された。


 「やれ!」

 フィードル伯爵は何の躊躇もなく言った。


 ギロチンの刃が真下に落ちる。

 ガンという強い衝撃を感じると私の首と胴体は二つに分かれた。


 これが私ユリア・べラスの最期、のはずだった……。

 

 処刑され死んだはずの私は何故か16歳の誕生日の朝に目を覚ましたのだった。

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