第9話 ヴォイドの真実
冷たい風が俺の顔に当たる。暗闇の中に渦巻いていたヴォイドの結界が消え、周囲の空気がわずかに軽くなった気がした。だが、心の中に残る重さは一向に消える気配がない。
「結界を破ったはずなのに……何かがおかしい。」
俺は周囲を見渡しながら、再び不安な感覚に囚われた。シャドウを倒し、ヴォイドコアを封じ、結界を壊した。だが、どこかでまだ何かが終わっていない――そんな感じがした。
「健吾、あれを……」
レイナの指差す先に目を向けると、そこには黒い霧が残っていた。結界が破壊されてもなお、ヴォイドの力は消え去っていない。その霧は、まるで意志を持っているかのようにゆっくりと動き、再び空中で渦を巻いていた。
「まだ……何かが残っているのか……?」
俺の声に応えるかのように、霧は次第に一つの形を成し始めた。それは、かつてシャドウが纏っていた異様な闇と似ていたが、明らかに何かが違う。霧の中から現れたのは、まるでヴォイドそのものが具現化したかのような不気味な存在だった。
「これは……」
「ヴォイドの残響だ……。シャドウが消えた今、ヴォイドの本質が表に出てきている。」
レイナの言葉には、いつになく緊張が走っていた。彼女もこの状況が異常であることを理解している。俺たちはシャドウを倒した。だが、それでもヴォイドの本質は封じられていないのだ。
「健吾、気をつけろ。このヴォイドの本質は、シャドウとは比べ物にならない力を持っている……」
レイナがそう言い終わる前に、ヴォイドの形を成した存在がゆっくりと動き始めた。その動きはまるで、重力そのものを支配しているかのようだった。地面が微かに揺れ、空気が歪んでいく。
「……何なんだ、こいつは!」
俺は剣を構え、咄嗟に防御の体勢を取った。だが、次の瞬間、ヴォイドが放つ強烈な波動が俺を押し返した。まるで、空間そのものが歪んでいるような感覚が全身に襲いかかる。
「ぐっ……!」
耐えきれず、俺は膝をついた。強烈な力に押され、まるで自分が異次元に引きずり込まれるかのような感覚だ。
「健吾!」
レイナが駆け寄ろうとしたが、ヴォイドの存在が彼女を妨げるかのように闇の触手を伸ばした。
「やらせるか……!」
俺は全身の力を振り絞り、剣を振るってその闇の触手を斬り裂いた。だが、それも一瞬に過ぎない。斬り裂いたはずの触手が再び形を成し、俺たちに襲いかかってくる。
「どうすれば……!」
俺は焦りの中で、頭の中を駆け巡る考えを必死にまとめた。ヴォイドコアを封じ、結界を破壊した。それでもなお、この力は止まらない。どうすれば、このヴォイドの本質に対抗できるのか?
その時、ふと頭の中にある言葉が浮かんだ。
「ヴォイドの力を完全に封じ込めるには……その力を制御するものが必要だ。」
それは、かつてシャドウとの戦いの中でレイナが口にした言葉だった。ヴォイドはただの力ではない。それは、意志を持つ力だ。そして、その意志を制御できるのは、ヴォイドそのものを見抜ける者しかいない。
「俺の……力……」
俺は目を閉じ、全身の感覚を研ぎ澄ませた。ヴォイドの力を見抜く力――それが俺にはある。シャドウとの戦いで得たものを、ここで活かす時が来たのだ。
「健吾、まさか……」
レイナの声が聞こえたが、俺は意識を集中させていた。ヴォイドの本質を見抜く――それが、この戦いの鍵だ。ヴォイドの動きがスローモーションに感じられ、その動きの裏に隠された真実が見えた。
「ここだ……!」
俺はその瞬間、剣を振り上げ、全力でヴォイドの存在に向かって突き進んだ。その刹那、ヴォイドが一瞬にして崩れ、空間が揺らぐ。
「何……?」
ヴォイドの存在がまるで霧散するかのように消え去った。だが、それは一瞬のことだった。すぐに再びヴォイドの力が形を成し、俺たちを飲み込もうとする。
「健吾……!これではいつまでも……!」
レイナが叫ぶ。俺たちはまるで出口のない迷路に迷い込んでいるような感覚に陥っていた。ヴォイドの力は止まることを知らない。シャドウを倒しても、結界を破っても、この力は何度でも蘇ってくる。
「どうすれば……」
絶望的な状況の中、俺は無意識に目を閉じた。その時、頭の中に再びある言葉が浮かんだ。
「ヴォイドは力ではなく、意志だ。力を封じるのではなく、その意志を断ち切るしかない……」
その言葉が、俺に答えを与えてくれた。
「そうか……」
俺は剣を再び握り直し、ヴォイドの本質を見つめた。これはただの力ではない。これは意志だ。そして、俺が見抜くべきはその意志――ヴォイドそのものの意志だ。
「見えた……!」
俺は目を見開き、ヴォイドの中心に向かって突き進んだ。そこには、闇の中に微かに光る核があった。それこそがヴォイドの本質――その意志の源だ。
「ここだ……!」
俺はその核に向かって全力で剣を振り下ろした。剣が核に触れた瞬間、全てが静止したかのような感覚に包まれた。
「終わった……のか?」
俺は息を切らしながら、剣を握りしめたまま立ち尽くしていた。ヴォイドの核が砕け、空間全体がゆっくりと消えていく。
「健吾……やった……!」
レイナが微かに笑みを浮かべ、俺の肩を軽く叩いた。俺も疲労で膝をつきながら、ようやく安堵の息を吐いた。
「これで……ヴォイドの力は封じられた……」
俺はそう呟きながら、空を見上げた。暗闇が消え去り、光が差し込んでくる。長い戦いがようやく終わったのだ。
だが――
「これで本当に終わりなのか……?」
俺の胸の中には、まだ不安が残っていた。ヴォイドの意志を断ち切ったとはいえ、ヴォイドそのものが完全に消え去ったわけではない。どこかで、その力が再び蘇る可能性がある。
「これからも、戦いは続くかもしれない。でも……俺たちは必ず立ち向かう。」
俺は静かに立ち上がり、レイナと共に歩き出した。ヴォイドの脅威は去ったが、この先には新たな試練が待っているかもしれない。だが、俺たちはもう迷わない。
冷たい風が頬をなでる中、俺は剣を握りしめ、かろうじて立っていた。レイナと共に長い戦いを繰り広げ、ようやくヴォイドの結界を破壊したはずだった。しかし、心の中にはまだ何かが燻っている。
「これで……終わったんだよな……?」
俺の声はかすれ、確信を持てずに響いた。結界を壊し、シャドウを倒したのに、それでも不安が拭えない。それは、あの不気味なヴォイドの残響が消え去らず、闇がまだこの空間に漂っているからだ。
レイナが一歩近づき、周囲を見渡す。
「……健吾、終わったかもしれない。でも、私はまだ感じる。ヴォイドの力は完全には消えていない……何かが残っている。」
彼女の言葉が不安をさらに掻き立てる。俺もまた、その異様な感覚を感じていた。まるで、ヴォイドの意志が完全に消え去らず、どこかで息を潜めているかのような――。
その時だ。闇が突然渦を巻き始め、黒い霧が漂いだした。それは、シャドウが消滅した場所から湧き上がり、形を成していく。
「まだ……何かが残っているのか?」
俺の呟きに応じるかのように、霧は異次元の存在として姿を表す。それは巨大な影――ヴォイドそのものが具現化した、途方もない力を持つ存在だった。
「これは……ヴォイドの本質そのもの……!」
レイナが震える声で言った。俺も目の前の光景に言葉を失っていた。シャドウやヴォイドリーパーズの幹部たちが扱っていた力とはまるで次元が違う。この影は、異次元の力そのものであり、何者にも止められない存在だった。
「ヴォイドの……意志だ……」
俺は息を詰まらせながら、そう呟いた。ヴォイドの残響ではなく、これは意志そのもの――そして、それが俺たちに向かって迫ってきている。
「健吾、気をつけろ!あれは、ただの存在じゃない……あの影には、シャドウたちが持っていたヴォイドのすべての力が詰まっている……!」
レイナの警告が響くが、俺の体は硬直していた。目の前でうねる闇の波動が、すべての空気を押し返し、まるで世界そのものを飲み込むかのようだった。
「こいつをどうやって……止めればいいんだ……」
俺は剣を構え直し、必死に心を落ち着けようとした。だが、影は動きを止めることなく迫ってくる。重力そのものが歪み、時間すらも狂い始めたように感じる。
「見えない……何も見えない……!」
俺は力を振り絞って叫び、剣を振り下ろすが、影はその一撃を吸収するかのように形を変える。まるで俺の攻撃が無意味なものだと嘲笑っているかのようだった。
「どうすれば……!」
絶望が押し寄せる。だが、その瞬間、俺の頭の中にある言葉がよぎった。
「ヴォイドの力は……意志だ……」
シャドウが最後に言い残した言葉――ヴォイドはただのエネルギーではなく、意志を持つ存在だと。力ではなく、その意志を断ち切らなければならないのだ。
「レイナ、俺に……力を貸してくれ。」
俺の決意に、レイナはすぐに反応した。彼女もまた、この闇を止めるために全力を尽くす覚悟をしていた。
「健吾、私たちなら……できる。」
俺は頷き、目を閉じた。ヴォイドの残響に対抗するためには、ただの力ではなく、その根本にある「意志」を見抜く力が必要だ。俺が持っている「隠されたものを見抜く力」が、その答えを導いてくれるはずだ。
「ヴォイドの意志……」
俺は再び目を開き、影の中心を見つめた。そこには、かすかに光る核が存在していた。それこそが、ヴォイドの意志――その源だ。
「見つけた……」
俺はその核に向かって全力で駆け出した。剣を掲げ、その光を断ち切るべく、全ての力を込めて振り下ろす。
「これで……終わりだ……!」
剣が核に触れた瞬間、闇が弾けた。巨大な影が消滅し、周囲に漂っていたヴォイドの力が一瞬で霧散した。世界が再び静寂に包まれる。
「やった……のか……?」
俺は剣を握りしめたまま、膝をついた。全身に広がる疲労感が一気に押し寄せる。だが、すぐにレイナの手が俺の肩に触れた。
「健吾……よくやった。」
彼女の声には安堵が含まれていた。俺たちはようやく、この戦いに終止符を打つことができたのだ。
---
だが、その時だった――
「……まだ終わっていない。」
突然、冷たい声が響き渡った。目の前に立っていたのは、アルベルト――リグレア王国の宰相であり、ヴォイドリーパーズの黒幕。
「アルベルト……!」
レイナが驚愕の表情で声を上げる。俺も目を疑った。彼はヴォイドリーパーズの計画が失敗したことを知りながら、なぜここに現れたのか?
「ヴォイドの力は、これで終わりではない。お前たちが思っているよりも、この世界に深く根付いている。」
アルベルトの目には、確信と不敵な笑みが浮かんでいた。
「ヴォイドの意志は、この世界そのものに組み込まれている。シャドウや私たちはただの駒に過ぎない。この世界を創り変えるための真の力は……まだお前たちの知らない場所に眠っている。」
彼の言葉に、俺の胸に再び緊張が走った。ヴォイドの力を封じたはずなのに、それでもまだ……終わっていないのか?
「さあ、羽瀬川健吾。次の試練が待っているぞ……」
アルベルトの笑みが、薄暗い空間に不気味に響き渡った。
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