第3話 思わぬお願い

「聞きたいことですか?」


「そう。君は聞いたかな、今年はどの家の田畑も不作だっていう話」


 階段から落ちた、あの日に父も呟いていた。


「父から聞きました。今までにないほどの不作で、どこの家も困っていると」


「やっぱりそうなのか。実は悩みの種がその不作なんだ。うちは自家栽培していないから、もし本当だったらどうしようかと困っていてね。まあ今、事実だと判明したばかりなんだけど」


 話を聞いて納得する。確かに、新緑の国では農業をしていない人も一定数いる。今年だけならまだしも、これが長期化するのは避けたいだろう。今までにここまでの不作はないと聞いている。

 

 また、新緑の国はこの世界の食材流通のある意味、要とも言える国だ。この国から他国、城に食材を輸出しているため、それこそ国際的な問題に発展するだろう。


「長期化するとは限らないけど、何が原因かははっきりさせておきたいと思うんだ。だから独自に調査をしてみようと考えてる。でも、私一人だけだとできることに限りがある」


「……それはつまり」


「君にもこの調査の手伝いをして欲しいんだ」


 どう言う発想で私なのだ。


「君なら農業に関する知識もあるし、知り合いも多いだろう。なにより、こういった未知なるものへの知的探究心が備わっていると感じたんだ」


 先ほどとは打って変わって、笑顔で、言ってやったと言わんばかりに満足感に溢れた表情をしている。

 とても期待されているらしいが、あいにく私にはそのような才能はない。ましてや調査だなんてもってのほかだ。


 断ろうと口を開くと、


「お願いだ、君にしか頼めないんだ!その顔は断る顔だろう!少しだけ協力してくれるだけでいいから!」


突然頭を下げられ、必死に頼み込んでくる姿に思わず身を引く。しかし、断るためしっかりと答えた。


「私はその道に秀でているわけでもないので、何もお役に立てることはありません。ごめんなさい」


「そこをなんとか、お願いします。本当に君にしか頼めないんだ」


 頭を上げる気配のない店主に、頭を抱えそうになる。きっぱり断ろうと思ったが、それでは埒があかない。


 その道に秀でているわけではないと言ったが、多少の経験はある。無論、何か成果を残せたわけではないが。切っては切り離せない運命なのか。仕方がない。さっさと引き受けてこの問答を終わらせよう。

 悩みながらも受け入れようと口を開く。


「分かりました。私にお手伝いできることがあればやりましょう。でも、本当にお役には立てないと思いますよ」


 店主はやっと顔をあげ、ありがとうと呟く。


「早速だが、君には調査に行ってもらいたいんだ。商業エリアでいろんな人々に話を聞いて、具体的な状況を把握したい。君の知り合いだけでもいいから。」


 調査を進めるには、情報収集が肝心だ。探偵業をしていたときにも幾度と経験している。疑り深い人々から必要な情報を手に入れるために身分を少しばかり偽っていたこともあったが、この国では必要ないだろう。温和で、平和的な国民性なのはこういう時に助かる。


「分かりました。やるだけやってます。」


 だがしかし不安が残る。情報収集は基本先生と共に行動することが多かった。一人では数回しか行ったことがない。ともかく、知り合いから少しずつ調査の対象を広げていこう。


「引き留めて悪かったね。今日は遅いから、また改めて調査してみてくれ。くれぐれも気をつけて。」


「はい。遅くまで長居させていただきありがとうございました。」


 店主に見送られ本屋を出る。


 すっかり暗くなった森の中は全てを覆い隠すように常闇を作り出している。持ってきていたライターで光を灯そうかと考えたが、これでは逆に目立ってしまい危険だろう。仕方なく来た道を思い出して、なるべく平坦な所を通るよう歩みを進める。

自分がどこを歩いているのかさえ分からないが、早歩きで帰途に着いた。


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